第48話:学園の危機
酒場の片隅、旧友リッチモンドから話を聞いていく。
周りの客に聞かれないように声をおとす。
「実はオードル。先日、王都の国王から使者がきたんだ。ルーダ学園に特別課税を実施すると……」
「特別課税だと?」
「そうだ、オードル。かなりの高額だった。とてもじゃないが今の学園に支払える額じゃない……」
リッチモンドはかなり深刻な顔をしていた。
教育期間であるルーダ学園は、今まで低い税金しかとられていなかった。だが、今回の連絡は常識ではあり得ない重税だという。
「断ることはできないのか、リッチモンド?」
「学園長とも相談して、一度は拒否した。だが国王は激怒して、強硬手段に出てきそうだなんだ」
「強硬手段だと?」
「ああ。来週、国王はルーダの街に来るという。この学園の“現状調査”のために近衛騎士団と共に……」
「近衛兵団と現状調査だと?」
近衛騎士団は王国でも屈指の騎士団。多くの戦場で数々の武功を上げている。国王の虎の子とも言える集団。
「つまり相手は“脅し”という訳か?」
拒否した学園に対して、国王は強硬手段に出たのであろう武力をもって逆らえないようにするのだ。
「その通りだよ、オードル。こうなってしまったら、うちの学園は国王に従うしかなくなる……このままでいけば国王に経営権を握られてしまうかもしれない……学園は金集めの手段にされてしまうかもしれない……」
リッチモンドは深いため息をつく。
副学園長として……一人の教育者として、悔しいのであろう。国王という巨大な権力に、子どもたちの未来を消されてしまうことが。
「だが安心してくれ、オードル。2ヶ月後の卒業式までは、何とか学園を持たせてみせるよ! 例えボクの私財を売り払ってでも!」
教育機関を運営していくには、多額の金が必要となる。貴重な文献などを売り払ってでも、リッチモンドは維持しようとしていたのだ。
「お前の集めた文献や書物は、命の次に大事だったんだろう?」
「そうだね、オードル。でも今のボクはルーダ学園の副学園長なんだ……今は生徒たちの未来の方が、何倍も大切なんだ!」
リッチモンドは固い意志で語る。たとえ国王の権力に屈しようとも、教育者としての意地があると。
たとえ負けるかもしれない戦いに、この男は挑もうとしていたのだ。
「なるほどな。リッチモンド、お前というヤツは、相変わらず熱い奴だな」
この男は剣を振るうことを出来ない学者。
だが大陸の中で、オレが最も尊敬する強者の一人。昔からどんな苦難にも、自分の意志を決して曲げない、本物の戦士なのだ。
「おっと。せっかくの酒の席なのに、暗い話をしてしまったな。さあ、明るい話題で飲み直そう、オードル!」
自分の中で気持ちを、無理やり切り替えたいのであろう。リッチモンドは明るい顔で杯を持つ。
「ああ、そうだな。飲み直すとするか」
オレも旧友に合わせて乾杯をし直す。たしかに今回の話は理不尽なこと。
だが学園の経営に関しては、オレは部外者。余計な口出しをして、リッチモンドを困らせたくなかったのだ。
◇
次の日となる。
安息日の今日は、授業や仕事がない。
オレたち一家も、家でゆったりした朝の時間を過ごしていた。
そんな中で、庭で剣の鍛錬をしていたエリザベスに、声をかける。
「近衛騎士団の連中を知っているか?」
昨日のリッチモンドの話に出てきた名前。元王国騎士であるエリザベスに尋ねる。
「急にどうした、オードル? まあ、一通りは知っているぞ」
「連中は強いのか?」
「王国でも腕利きの騎士を揃えているから、“守る”ことに関しては、王国でも随一の力をもっている」
なるほど……国王を守る力か。
オレたち傭兵団は、基本的に攻める役割が多い。守る戦いは得意な者は少ない。
それに比べて近衛騎士団は、防御力に特化しているのであろう。
「それに噂では今の近衛騎士団には、“あの騎士”がいるはずだ、オードル」
「あの騎士だと?」
エリザベスが珍しく意味深な呼び方をしている。
一体誰であろうか。
「あのガラハッド卿だ」
「なんだと? あの男が?」
オレは王国の騎士に興味はない。だがガラハッドという騎士はよく知っていた。
「ああ、そうだ。剣聖ガラハッド卿が、近衛騎士団に入団したのだ」
ガラハッドという騎士は、大陸の中でも特別な存在。“剣聖”と呼ばれる剣豪であった。
だからこそオレも知っていたのだ。
「あの男は国王と不仲だったのでは?」
「その理由は私も分からない。でも近衛兵団の団長として就任したみたいだ」
オレが王都を去った後に、何かあったのであろう。
これらの情報は、エリザベスはルーダの街で聞いていたという。
無職なことを彼女なりに気にして、小まめに情報収集していたのであろう。今回は有り難い情報である。
(あの剣聖ガラハッドか……)
意外な人物の名前が出てきた。
恐らく今回の学園の視察にも、同行してくるであろう。何しろ国王は臆病者で知られている。自分の命を守るためには、最大級の戦力を護衛に置くであろう。
(さて、困ったな……)
昨夜のリッチモンドの話を聞いて迷っていた。
娘が世話になっている学園の手助けをしたい。解決策は国王に直訴するのが一番であろう。
だが近衛騎士団に加えて剣聖が、国王の身辺警護にあたっている。隠密で直訴するのは難しそうなのだ。
荒事になったらリッチモンドに迷惑をかけてしまう。
ルーダの学園は難しい問題に直面していたのだ。
◇
「あっ、パパ! ここにいんだね!」
そんな時、中庭にマリアがやってきた。
無用な心配はさせたくない。エリザベスとの難しい話は、今日はここまでにしてこう。
「そういえばパパ、今マリアたち、卒業式の準備をしてるんだよ!」
「卒業式だと?」
マリアは嬉しそうにクラス内の話をしてきた。
内容は2ヶ月後の卒業式について。偶然にも昨日リッチモンドと話をしたいた内容だ。
「内緒だけど、マリアは卒業生の代表の、あいさつをするんだ!」
「それは凄いな。大抜擢だな、マリア」
「ありがとう、パパ。マリア、頑張るね!」
マリアは本当に嬉しそうな顔だ。
仲良くなったクラスメイトと過ごす最後の2ヶ月。悔いのないように精一杯、頑張っているのであろう。
「パパも卒業式、楽しみしててね」
「ああ、分かった。ところでマリア、学園は好きか?」
「えもちろんだよ、パパ! クラウディアちゃんたちクラスのお友だち、あと、先生も全員、大好きだよ!」
これまでの10ヶ月はあっとう間だった。幼いマリアにとって、初めての学生生活。掛け替えのない思い出なのであろう。
「そうか、マリア……卒業式を楽しみにしているぞ」
マリアの話を聞いて答えが出た。
ああ、そうだったな。
子どもたちの未来は消させてはいけない。
マリアのように眩しい次世代を育てる学園は、何としても守らないといけないのだ。
(さて、近衛騎士団と剣聖か。今回ばかりは骨が折れそうな相手だな……)
こうして数日が経つ。
ルーダの街に国王一団が到着する朝がやってくるのであった。
 




