第42話:誘拐犯のアジト
マリアのクラスメイトが誘拐される現場に直面する。
「マリアはここで待っていろ」
「うん、わかった、パパ! クラウディアちゃんをお願い!」
パン屋で働いているリリィに、マリアを預けていく。
ちょうどエリザベスがパンを買いに来ていた。この二人がいればマリアは大丈夫であろう。
《という訳だ、フェン。いくぞ》
《わかったワン!》
白魔狼のフェンの鼻は頼りになる。
誘拐されたクラウディアを助けるために、オレたちは誘拐犯を追跡するのであった。
《オードル、その子の匂いは、こっちだワン!》
フェンを先頭にして、裏路地を駆けていく。
誘拐現場に落ちていた、クラウディアのカバンの匂いを頼りにしている。
《さすがだな、フェン》
《まかせてワン!》
狼の上級魔獣である白魔狼族は、嗅覚に優れている。
オレの闘気術の感知でも、クラウディアの追跡は可能。今回のような市街地では、時間がかかる。
フェンの鼻の方が何倍も正確性なのだ。
《この先だワン。それにしても、オードル。なんか、感じの悪そうな所まできたよ?》
《そうだな、フェン。この辺は下級街だ》
誘拐犯を追って、街の外れまできた。
ここはスラムと呼ばれる貧民街。街の憲兵の範囲外であり、治安も悪い。
《オードル、ここだワン!》
《ああ……そのようだな》
ボロい宿屋の前にたどり着いた。
気配を消して周囲の様子を伺う。
“休業中”の看板板が張られているが、中から人の気配がある。
《あの宿屋の地下室にいるな》
《凄いねワン。そんなことまで分かるの、オードル?》
《ああ、人の気配が複数ある》
宿屋の地下から集団の気配を探知する。
人数は十数人といったところ。先ほどの闘気術の使い手もいる。
《ここからは、どうするワン?》
《あの様子では、クラウディアは気絶しているだけであろう》
今回の誘拐班は身代金が目的である。
だから、いきなり人質の少女の命を奪うことはないであろう。
《それならひと安心だね、オードル》
《だが誘拐を生業にする連中は、時には残虐な奴らもいる。例えばさらった娘の小指を、親に送りつける奴らとかな》
貴族の中には強気な者も多い。身代金を払わない。
そんな親に対して、誘拐犯は時には残虐行為で先制攻撃をしかけるのだ。
オレの傭兵時代から、そんな嫌な連中を相手したこともある。
《じゃあ、どうするの、オードル? 見張りもいるから、忍び込むのも難しいよ?》
フェンの言う通り。廃墟の宿屋の各所には、人の気配がある。
誘拐犯の監視役なのであろう。
気配も消してあり、相手もプロなことが伺える。
《人質の安全が最優先だ。時間が惜しいから、先に行っているぞ》
《えっ? オードル?》
唖然とするフェンの虚をついて、オレは動き出す。
懐に入れてある民族衣装の仮面を取りだし、顔につける。こいつは変装に最適で愛用していた。
気配を殺気の全てを消して、真っ直ぐ歩いていく。
その先にあるのは廃墟と化した宿の正面入り口。
「ん? なんだ、お前?」
「酔っ払いか? ここは立ち入り禁止だぜ!」
宿屋にフラフラと入ってきたオレに、二人の男が中から近づいてきた。
酔っ払いだと思って、ナイフをちらつかせて警告してきた。
「奮!」
そんな見張りの腹部に蹴りを食らわす。
同時に二発の連撃。
「「う……」」
見張りの二人は声を出すこと出来ず、その場で昏倒する。
(おっと。音は出すなよ)
倒れる二人を支えて、そっと床に寝かせる。
これで今の音を、誰にも聞かれていないであろう。
(さて、この先か)
宿屋の奥へと進む。
まるで散歩をするように歩いていく、
「なんだ、てめぇは? うっ……」
更に奥から、数人の賊どもが出てきた。
そいつらも先ほどと同じ様に昏倒させる。
一撃必中。
「うっ……」
さらにまた数人。
音を立てることなく、次々と賊を倒していく。
殺すと面倒だから、気絶させておく。といっても二日間は目を覚まさないがな。
(さて、この部屋の中か?)
地下への秘密の階段を発見。
ゆっくりと降りて、扉の前に到着する。
予想通り、中から数人の賊の気配がする。そして少女の気絶した気を察する。
(さて、ここから先は一気にいくか)
室内にいる相手の人数配置を、全て確認した。
ここから先は荒くいくぞ。
「奮!」
オレは一撃に扉を蹴り破り、中に侵入していく。
粉々になった扉を隠れみのにして、一気に間合いを詰めていく。
「な、なんだ⁉」
「なんだ、この仮面野郎は⁉」
「上の奴らはどうした⁉」
いきなり侵入してきた仮面の大男に、賊どもは混乱していた。
奇妙な祭り仮面は、こうしたかく乱にも役立つ。
「そこか」
だがオレはそんなザコに構わない。
一直線に気絶している少女の元に、駆けていく。
「商品に触るんじゃねぇ! うぐ……」
見張りの賊を吹き飛ばし、昏倒させる。
よし。これでクラウディアの身の安全は確保された。
ここから先は大きな音で暴れてもいいであろう。
「てめぇ! 死にやがれ!」
地下室にいた賊が、一気に襲いかかってきた。
何かの液体を塗ったナイフで、斬りかかってくる。
色と臭いからして恐らく猛毒であろう。
掠っただけで致命傷になる、危険なものだ。
「だが当たらなければ、大したものではない。覇っ!」
襲いかかってきた賊の三人を、同時にまわし蹴り吹き飛ばす。
傭兵は武器を失った時も戦う術が必要。
オレの蹴り技も東方出身の仲間から教わり、身につけていた。
「砕!」
後続で襲いかかってきた賊も、同じように吹き飛ばしていく。
さて、これで雑魚は全て片付いたな。
「残りはお前一人。お前が首謀者だろ?」
闘気術の使い手の賊だけは、あえて残しておいた。
雰囲気的にこいつがボスなのであろう。
「ちっ、化け物めえ!」
ボスは二刀流のナイフで襲いかかってきた。
先ほどまでの雑魚とは違う、凄まじいスピードの攻撃である。
二本の毒ナイフが、蛇のように迫ってきた。
「いい腕だ。だが相手が悪かったな。勢っ!」
攻撃したてきた相手の両腕を、同時に蹴り折る。
動けないように、足も骨も砕いておく。
お仕置きは、このくらいでいいか。
ボスの髪の毛をつかみ、怯える顔を睨み付ける。
「盗賊は誘拐を生業にしているのだろう。だから誘拐のことを責めるつもりはない。だが賊業にはリスクも大きいことを覚えておけ。今回は相手が悪かったな」
「うっ……」
ボスは怯えながらも、コクリと頷く。
よし、聞き分けのいい子だ。
「今回は、あの子を誘拐して、いくら身代金を要求するつもりだったんだ? 怒らないから言え」
「に、二千万ルピーです……」
なるほど、2千万か。
伯爵令嬢の相場としては、少し安い感じがするな。
もしかしたらバーモンド伯爵家は、あまり裕福な貴族じゃないのかもしれないな。
こいつら誘拐団は事前に相手の財力も調査しておくものだ。
だから妥当な金額なのであろう。
「それなら、ここに3千万ルピー相当の宝石を置いておく。今回はこれで“手打ち”にしておけ」
「ば、バカな……オレたちに金をくれるのか、お前……?」
オレはあえて誘拐犯のボスに宝石を渡す。
何しろ大きな街の盗賊ギルドは、消えることない存在。
どんなに殲滅して、どこからともなく湧き出てくる陰の存在なのだ。
「その方がお前も、部下に言い訳がしやすいだろう?」
「ああ、分かった。その子に……学園の子には、二度度と手を出さない。約束する」
だから手打ちという方法で、オレは収めることにした。
命を助けてやる代わりに、今回はここで終わりだと。
これによって盗賊ギルドは、今後は学園の生徒には手を出さないであろう。
相手のボスも狡猾ではあるが、バカではない。
オレの殺気をここまで間近に受けて、裏切ることはないであろう。
「では、この子は返してもらう。ちなみに、お前たちの全員の顔と声は覚えた。変装しても村だ。次に見かけたら、命はないと思え」
「ああ、肝に銘じておく」
ボスはコクリと頷き、唾を飲み見込んでいた。この顔なら裏切ることはないであろう。
「最後に一つだけ聞いていいか……?」
「なんだ?」
「あんた、何者だ?」
「オレか? オレは……通りすがりの田舎者だ」
こうしてオレはクラウディアを救出して、マリアの元に戻るのであった。
◇
リリィのパン屋に戻ってきた。
店の中で大人しく待っていたマリアを、店の裏まで呼び出す。
「パパ、おかえりなさい! あっ、クラウディアちゃん⁉」
「大丈夫だ。気絶しているだけだ。覇っ!」
腕の中で気絶していた少女、回復の気を送り込む。
外傷はないので、これで大丈夫であろう。
「う……ここは……?」
直後にクラウディアが目を覚ます。
まだ意識が朦朧として、状況がつかめていないようだ。周りをキョロキョロしている。
「だいじょうぶ、クラウディアちゃん⁉」
「あなた……マリアさん? そういえば、私は、怪しげな賊に捕まって……でも……どうしてここに?」
マリアに抱きつかれて、クラウディアは驚いた顔をする。記憶がだんだんと甦っていたのであろう。
「マリアのパパが、助けてくれたんだよ!」
「マリアさんのお父様が? でも、どうして私なんかのことを……」
クラウディアは気まずそうな顔をしていた。何しろ入学の時からイジメていた、相手の父親に命を救われた。
プライドの高い伯爵令嬢としては、これ以上の恥ずかしさはないのであろう。
「オレは通りかかって、誘拐を目撃しただけだ。マリアがどうしても頼んできたから、助けただけだ」
「そうでしたか。ありがとうございました。でも、マリアさんが、なぜ私のことを……だって私はマリアさんに嫉妬して……」
クラウディアは申し訳なさそうに下を向いていた。
そうか。
この少女はマリアに嫉妬していたのか。
まだ幼く平民の子でありながらも、首席の成績をとったマリア。
伯爵令嬢であるクラウディアは、どうしても負けたくなかったのであろう。
「そんなの当たり前だよ! だってクラウディアちゃんは、マリアのお友だちだから!」
「えっ……私がマリアさんの、お友だち……?」
「そうだよ! クラウディアちゃんは、いつもマリアに話しかけてくれるから好き! クラウディアちゃんはいつもオシャレで、可愛いから、マリアも大好きなの!」
マリアは満面の笑みで、クラウディアに抱きつく。
本当に心からクラウディアのことが好き。
その純粋な感情だけで、笑顔を浮べていた。
「そんな……こんな私のことを許してくれるの、マリアさん……」
「ゆるす? よく分からないけど。これからズッとお友だちでいようよ、クラウディアちゃん!」
マリアは聖母のような笑顔で答えていた。何の見返りも求めない、ピュアな笑顔である。
「マリアさん……」
そんなマリアの顔を見ながら、クラウディアは大粒の涙を流していた。
これまで厳しくとってきた、自分の態度に対する後悔の涙。
全ての罪を許してくれたマリアに対する、感謝の涙であった。
「はい……わかりましたわ、マリアさん。こちらこそ、お友だちになってくださいませ」
クラウディアは涙を流しながら答える。学友として一から始めようと。
「やったー、クラウディアちゃん! そうだ、パパ。こんどクラウディアちゃんたちを招待して、おうちでお菓子パーティーをしてもいい?」
「ああ、いいぞ」
そう返事をするオレも、感極まっていた。涙を必死でこらえていた。
人を許すというマリアの想いに、自分の心まで打たれていたのだ。
くっ……戦鬼ともあろう者が、随分と涙もろくなったものだな。
「ありがとう、パパ! お菓子パーティー、楽しみだね、クラウディアちゃん!」
マリアの優しさで新しい友だちができた。
こうしてマリアの学園生活は、更に明るいものになっていくのであった。
 




