第39話:家のリフォーム
礼拝堂裏での事件から数日が経つ。
あれ以来、マリアの学園生活は特に事件もなく順調。
今朝もマリアは元気よく朝食を作っていた。
「いただきます」
「「「いただきます!」」」
『ワン!』
朝ご飯ができたので、全員で食べ始める。
丸いデーブルに、オレと中心にしてマリア、エリザベス、リリィが席に付いていた。
子犬のフェンは床が特等席だ。
「ん? このスープ。美味いな」
スープを飲んでオレは思わず声をあげる。
シンプルなスープだが、今までの味付けと違う味わいだったのだ。
「それはリリィお姉ちゃんに教えてもらって、マリアが作ったんだよ!」
なんとマリアが作ったスープなのか。
自分の娘の料理の腕が上がったことに、二度目の感動をする。
「マリア様は物覚えがいいので、教えがいがあります」
この家に引っ越してきてからリリィが、マリアの料理の先生だった。
リリィは聖女時代に、修道女たちに女性としての嗜みも教わっていたという。
特に料理はリリィ本人も好きで、進んで勉強していた。
そのリリィが教えてくれるお陰で、最近はマリアの料理の腕がどんどん上がっていた。掃除や洗濯などの家事も、リリィに習っていた。
「色々と悪いな、リリィ」
オレも傭兵流の家事なら、マリアに教えることは出来る。だが女性が覚えるべき家事は、傭兵流とは違う。
だからリリィの心遣いに感謝していた。勉強だけではなく、女性としてもマリアは成長している。
「私の命はオードル様に救っていただきました。だから、この程度の恩返しは苦ではありません」
リリィも聖女を止めてから、生きがいを探していた。マリアに家事を教えることによって、本当の生き方を見つけたという。
それを差し引いても、リリィには感謝だ。
「わ、私だってマリアに色々と教えているぞ、オードル!」
大人しく朝食を食べていたエリザベスが、急にアピールをしてくる。何かリリィに対抗しているのであろうか。
「勉強の復習とか運動とか、ちゃんとマリアに教えているぞ!」
「エリザベスお姉ちゃんの教えかた、分かりやすいから、マリア好きだよ!」
お嬢さま育ちのエリザベスは家事が苦手。だが勉強や身体能力はかなり高い。
そのため家ではマリアの勉強と運動の家庭教師をしているのだ。
「ああ、お前にも感謝しているぞ、エリザベス」
「おお、そうか! そうか! 嬉しいぞ、オードル!」
感謝されてエリザベスは満面の笑みを浮べる。
先日の礼拝堂の裏でも、マリアは驚異的な運動神経を見せていた。あれもエリザベスの運動の教えの成果かもしれない。
(だが、マリアがエリザベスみたいになるのか……)
エリザベスも悪い少女ではない。
公爵令嬢として学があり、女性としての教養もある。王都で猫を被っていたエリザベスは、舞踏会でも男性貴族にモテていた。
(しかし、エリザベスみたいに剣一筋に生きていくのは……ちょっとだな……)
エリザベスの本質は剣に生きる女剣士である。
何しろ戦鬼と呼ばれていたオレに、いきなり斬りかかって腕試してきた少女だ。客観的に見ても普通ではない。
自分の娘がそんな風に成長していくのは、少し不安に気がする。エリザベスの運動も教育も、ほどほどにしてもらおう。
『ワンワン!』
お前のことも忘れていないぞ、フェン。
いつもマリアと仲良く遊んでくれて感謝している。
歳の離れたエリザベスとリリィとは違い、二歳のフェンの精神年齢はマリアに近い。
家でもいつも楽しそうに遊んでいるのだ。
さて、朝食も終わったのでお茶タイムとするか。
今日は安息日で学校と仕事もない。全員でゆっくり出来る一日なのだ。
「そういえば、この家に何か欲しいものはないか?」
食事を終えた、全員に尋ねる。
この家に引っ越してきてから数週間が経つ。
暮らしている中で、何か欲しい機能や家具がないか?
「私は特に希望はありません、オードル様。素敵な家なので、毎日が感動です」
リリィは今まで大聖堂の冷たい部屋に住んでいた。だから不満な点は特にないという。
「ですが、少しだけワガママを言えるのなら……“お風呂”が欲しいです」
この大陸では風呂は特殊な習慣である。
大都市では蒸し風呂の共同サウナが一般的。この屋敷にあったのも小さなサウナ部屋だけだった。
ちなみに田舎は小川で水浴びしたり、井戸水で身体を拭くのが普通。
「実は私の故郷では、お湯を溜めるお風呂が主流でした……」
リリィが五歳まで育った故郷は、暖かいお湯“温泉”の産地だったという。
だから幼い時は暖かい風呂に入って育っていた。
だがこの大陸では一般的には風呂の習慣はない。だから懐かしいのであろう。
なるほど、風呂か。
オレも傭兵として大陸を旅していた時、利用した時がある。
たしかに風呂はいいものだった。
「よし、今日は風呂を作ろう」
今日は特に予定はない。
リリィのアイデアを受けて、家に風呂を作ることにした。
◇
その日の夕方になる。
風呂は無事に完成した。
「これが風呂だ。後でお湯は入れる」
完成した風呂を、みんなに披露する。
「すごい、パパ! おふろはじめて見た!」
『ワン! ワン!』
マリアとフェンは大喜びしていた。
使い方が分からないので、空の湯船に入って遊び始める。
「まさか、たった一日で完成させるとは……相変わらずだな、オードル」
エリザベスは苦笑いしていたが、今回の風呂はそれほど難しい造りではない。
何しろここは王国でも第三の都市ルーダ。材料は探せばいくらでも大きな商店に売っている。
「湯船は木造にした。耐水もある木のなので、お湯を入れても大丈夫だ」
街の下町にある材木屋で、大きな丸太を買ってきた。
適当な大きさにカットして、中身をくり抜いて湯船にしたのだ。
五人くらいは同時に入れる広さである。
「木のいい香りだね、フェン!」
『ワンワン!』
湯船の中の二人が喜ぶように、木のいい香りがしていた。お湯を溜めたら、もっといい香りが広がるであろう。
「あと、お湯はこの部分で沸かす。お湯の温度も井戸水で調整できる」
湯船の隣に湯沸しの機器を作っておいた。
水は庭の井戸から引いてきて、薪で温めてお湯にする方式。この風呂の設計図は傭兵時代に、とある地方で学んでいたものだ。
ちなみにお湯を沸かす機器には、鉄大蛇の外皮も使っている。耐水性で耐火性の性質を、今回は最大限に利用したのだ。
「お湯を溜める機能は、使いながら今後も改造していく。最初は試作品として入ろう」
今日作ったのは湯船と、簡易的にお湯を沸かして流し込む機能。
できれば、もっと手軽にお湯を沸かしたい。使いながら改造していくことにした。
「ありがとうございます、オードル様……」
リクエストをしたリリィは一番感動していた。
完成した風呂を見つめて、うっすらと涙を浮べている。
「オレも入りたいと思っていたから気にするな。ところで、リリィ。なんでそんな薄着なのだ?」
風呂を目の前に感動しているリリィは、かなり薄着だった。下着に近いくらいに薄着である
「これは故郷でのお風呂着を模したものでした。もしかしたら迷惑でしたか、オードル様?」
なるほど、そうだったのか。
リリィの故郷では風呂前は、そういう格好をするのか。故郷の風習なら仕方がない。
だがリリィは15歳と年齢にそぐわない、女らしい豊な身体つきをしている。
オレは女として見ていないので問題はない。
だが何となく目線のやり場にこまるのだ。
「そうだ、リリィ! あなたのその恰好、私も気になっていたのだ! ま、まさか……オードルを誘惑しているつもりなのか⁉」
何やら急にエリザベスが、リリィに噛みついていく。
リリィの身体に比べて、エリザベスは慎ましい身体つきをしている。どうやらそれを気にしているようだ。
「あら、エリザベス様。これは私の普通の格好ですわ。でも、オードル様が望むなら、私はこの乙女の全てを捧げるつもりです」
「ちょっ、と、リリィ⁉ いきなり、何てことを⁉ わ、私も負けている場合ではないぞ、これは!」
リリィに対抗して、エリザベスも薄着になろうとする。
だが、ハッと我に返って、顔を真っ赤にする。
「マリアも、おようふく、ぬぐ!」
『わん! わん!』
そのどんちゃん騒ぎに、マリアとフェンも加わる。
二人とも上着を脱いで、下着姿になろうとする。
というか……フェン、お前は毛を脱ぐことはできないであろう。
もしかしたら、白魔狼族には何かの秘密があったのか? いや……無かったらしい。
「やれやれ……騒がしくなったな。さあ、お湯を沸かすぞ。手伝え、お前たち」
この後は大騒ぎのまま、お湯を溜めて風呂に入ることにした。
もちろん男女は別々。
エリザベスは強引にオレと入ろうとしたので、手刀で気絶させておいた。
「ふう……いい湯だな。苦労して作って大正解だったな……」
こうしてオレは一人で大きな風呂を満喫するのであった。




