第36話:旧友との再会
マリアの立派な挨拶で、学園生活は無事に幕を開ける。
入学の儀が終わったので、今日は解散となる。
本格的な授業の開始は、明日の午前中からスタートだ。
さて。マリアを連れて、家に帰るとするか。
礼拝堂から出てくるマリアを、外で待つことにした。
「おい、オードル? もしかして、オードルなのか?」
そんな時である。
礼拝堂の外で、オレに声をかけてくる者がいた。
「お前は……リッチモンドか? 久しぶりだな」
声をかけてきたのは、このルーダの街での顔見知りの男……リッチモンドであった。
数年ぶりの再会である。
「合格者の中の書類の中に、私のメダル印を見つけて、まさかと思ったが、本当にキミだったとはな」
「ああ、そうだったな。世話になる」
先日の入学受付の時。
受付の担当者と少しもめてしまった。
その時、旧友リッチモンドから貰ったメダルを、オレは紹介状として提示した。
後になりリッチモンド本人の目に止まったのであろう。
「人相がまるで違うから、別人かと思ったぞ、オードル。トレードマークの髭と、獅子のような、あの髪の毛はどうしたんだ?」
「たいした理由はない。気分転換に切ったのさ」
旧友でさえ見間違える、今のオレの風貌。
だから保護者のサインにあった名前“オードル”。
あと、ひときわ大きな体型な保護者を探して、リッチモンドは声をかけてきたという。
そう考えるとオレの変装は、完璧に近いのかもしれない。
これならルーダの街でも、元戦鬼であることはバレないであろう。
「ところで、オードル……“王都の件”だが……」
そこでリッチモンドは急に小声になる。
恐らくは王都での『戦鬼の焼死事件』のことを聞きたいのであろう。
何しろオレは火事で死んだことになっていた。
生きている理由は、誰しも知りたいであろう。
「まあ、お偉いさんと色々とあった。だが今はこうして“別人”として生きている」
「なるほど、そういうことか……相変わらず波乱万丈な人生だな」
たった一言の、このやりとり。
リッチモンドは全てを察してくれた。
この男はオレの知る中で、聡明な人物の一人。
ひと言だけ、全てを理解してくれたのだ。
『戦鬼オードルは王家に妬まれて、事故死に見せかけて粛清された。だが密かに逃げのびて、一般人オードルとして人生を満喫している』と事実に。
「それなら、これからは何て呼べばいい?」
「前と同じで“オードル”で構わない。珍しくもない名前だ」
リッチモンドは気をつかってくれたが、大陸では“オードル”の名前はよくある男性名である。
だからこの街でも、偽名を使う必要もない。
「それにしても“あのオードル”が、人の親になったのか。昔のキミからは想像も出来ないな」
「人を化け物みたいに言うな、リッチモンド。まあ、事情があって、親をしている」
「事情があるだと? だが、あの主席の子……マリアちゃんは、間違いなくキミのだろう? その銀艶色の同じ髪の毛が、何よりの証拠だろ?」
たしかにオレの地毛の銀艶色は、大陸では非常に珍しい。
長い傭兵時代でも、未だに一人も出会ったことがない。
マリアとの出会いが初めてである。
「それにマリアちゃんは顔も、オードルに似ていたぞ」
「なんだと⁉ それは、本当か、リッチモンド⁉」
「ああ、そうだ」
オレとマリアの顔が似ているだと?
まさかの指摘に、思わず聞き返してしまう。
(そうか……なぜか嬉しいな……)
マリアと顔に似ている……そう言われただけ、心が高揚していた。
これが親心というものであろうか。
(だが、このオレに顔が似ているだと⁉ 戦鬼と恐れられた、この顔に⁉)
直後、急に不安に襲われる。
何しろオレの顔は、強面として恐れられていた。
眼力に覇気を込めたなら、失神する敵兵もいたほどだ。
そんなオレに、マリアの顔が似てしまった。
今後の娘の将来を考えただけで、不安に襲われてしまう。
「大丈夫だぞ、オードル。『女の子は父親に顔が似ると、美人になる』と言われている。キミの娘さんも、あのまま美しい乙女になるはずだ」
オレの心情を読み取って、リッチモンドが笑顔で説明してくれる。
なるほど、そういう学説もあるのか。
それなら一安心だ。
「それにしてもリッチモンド、お前は相変わらず聡明だな。今ではここの副学園長なんだろう? 随分と出世したもんだな」
この男は数少ない、オレが本当に心の許せる旧友である。
リッチモンドは昔から頭がよく、気が利く。
受付の男の話しでは、今では副学園長の役職あるという。
旧友の昇進に、心から賛辞を送る。
「ありがとう、オードル。まあ、副学園長といっても、仕事が多い責任者みたいものさ」
そう言われてみればリッチモンドは昔に比べて、白髪が増えていた。
管理職の心労が多いのであろう。
中間管理職は上と下の役職連中に常に気をつかう。
傭兵団長として苦労してきたオレも、その苦労は分かる。
更にリッチモンドの場合は、厄介な保護者にも対応しなればいけない。
それは白髪も増えるはずだ。
「それに察していると思うが、学園の中では身分の差もある。オードルの娘には苦労をかけるかもしれない」
リッチモンドは急に申し訳なさそうな顔になる。
学園内での生徒の身分格差について、謝ってきた。
マントの色以外にも、今後は大変になるかもしれないと。
「気にするな、リッチモンド。マリアはオレに似ないで聡明な子だ。あの分なら大丈夫であろう」
「そうだな。先ほどの挨拶も見事だった。将来が楽しみな子だな」
「ああ、そうだな。さて、そろそろ、戻る」
旧友と話しこんでいたら、新入生が礼拝堂から出てきた。
オレのことをキョロキョ探している、マリアの姿も確認できた。
「落ち着いたら、下町の酒場で、また飲もう、オードル」
この街には、しばらく滞在することになる。
旧友との再会話も急ぐことはない。
「ああ、そうだな」
リッチモンドとはいつでも話が出来るであろう。
こうしてオレは旧友と挨拶をして別れる。
「パパ、おまたせ!」
ちょうど入れ違いで、マリアが駆けてきた。
入学の儀を終えて、いつもより興奮した笑顔である。
「ねぇ、パパ。マリアのあいさつ、上手だったかな?」
「ああ、立派な挨拶だった。急にお姉さんになったみたいいだぞ」
「ほんとう⁉ マリア、嬉しい!」
褒められたマリアは、照れくさそうに笑う。
本人もかなり緊張して、頑張った挨拶だったのであろう。
頭をなでて褒める。
「エヘヘヘ……ありがとう、パパ!」
「さあ、帰るとするか。皆が待っているだろう」
「うん、わかった、パパ!」
家ではエリザベスたちが待っている。
入学の儀も終わり、オレたちは家路につくのであった。
◇
入学の儀の翌日になる。
「みんな、いってきます!」
朝ご飯をしっかり食べて、準備を終えたマリアは、元気に家を出発する。
初授業に出席するためだ。
ちなみに家から学園までは、徒歩でいける距離。
だが、まだ初日なので、オレが同行者としてついていく。
(ふむ……通学路の危険は少ないな? だが油断は大敵だな)
マリアと通学路を歩きながら、周囲を観察していく。
ルーダの街の上級区画の治安は、良い方である。
だが、どんな安全な町にも、必ず負の部分は存在するのだ。
(通学と下校は、誰かが付いていかないとな……)
マリアはまだ幼い5歳児。
更に見た目もお姫様のように可愛い。
誘拐でもされたら一大事。
今後はオレとエリザベス、フェンの三人で、交代で同行することにしよう。
エリザベスとフェンは高い戦闘能力と、鋭い危険感知能力がある。
街のごろつき程度なら、何人こようが敵ではない。
オレも安心してマリアを任せられる。
「じゃあ、パパ、いってきます!」
「ああ、頑張って勉強してくるんだぞ」
そうしている内に、学園の校門に到着する。
ここから先は基本的に、保護者は入れない。
生徒の自主性を育てるために、ここで手離すしかないのだ。
「さて、オレは行くとするか」
マリアの姿が校舎に入ったのを確認して、オレは家路に戻る。
これから下校時間までは、オレは自由な時間となる。
さて。まずは何をするべきか?
「そういえば、あそこに行かないとな……」
気になることを思い出す。
オレは昔の記憶頼りに、市街地を進んでいく。
「あった、ここだな」
運のいいことに探していた建物は、昔と同じ場所にあった。
建物の看板には、こう書かれている。
“ルーダ職業相談所”
「マリアのために、定職を見つけないとな……」
学園の入学申込書には、保護者の職業欄があった。
村から出てきたばかりのオレは、もちろん職業は空欄のまま。
つまり無職だ。
父親が無職……このままではマリアに学園生活で、恥をかかせてしまうかもしれない。
早急に解決する必要があるのだ。
「さて。探すとするか」
こうして無職なオレは、仕事を探すのであった。