第34話:新しい家
商館の豪華な馬車に乗って、ラーダの街の郊外にやってきた。
購入予定の一軒家を、内見するためである。
「ここか?」
「はい、お客様。こちらが当店のオススメ物件です」
オレたちは目的の家の前に到着した。
正門前で馬車から降りて、担当者から説明を聞いていく。
「なかなか静かで、いい立地だな」
「ありがとうございます。この区画の中でも、特別な場所です」
ここはルーダの街の中の別荘区画。
その中でも今回の物件は、特別なもの。元々は貴族が別荘として使っていた屋敷だという。
「なるほど。それは静かで助かるな」
オレは物件の周囲を観察していく。
屋敷は小高い丘の上にあり、周囲を背丈くらいの塀で囲まれている。
見晴らしもよく、防衛戦をしても強そうな立地であった。
「それにしても、オードル。ここは周りには店も何もないだぞ?」
「そうだな、エリザベス。だが、この方が静かで住みやすいぞ」
エリザベスは不満そうだな、悪くない環境である。
ここは城壁の中でも、池や林の自然が残っていた。
故郷の村に近い環境なので、マリアも過ごしやすいであろう。
「お客様、買い物などは、ここから坂を下ったところに、市場もあります。日用品などは、そこで買うこともできます」
商店の担当者が詳しく説明してきた。
なるほど。市場が近くにあるのか。
それなら日常の買い物の不自由はないであろう。
「では、お客様。敷地内にご案内いたします」
担当者に案内されて、正門をくぐっていく。
まず目の前に見えたのは、広い庭である。
「パパ、お庭があるよ!」
「足元に気をつけるんだぞ、マリア」
はしゃぐマリアに気をつけながら、庭を歩いていく。
庭にはけっこうな広さがあり、小さな池や小川まである。
また畑の跡もあり、かなり自然が豊かであった。
「随分とゆったりとした庭だな?」
「はい、お客様。前の持ち主の方は、ここで自然を満喫していたようです」
なるほど、そういうことか。
ここを建てた貴族は、保養所として使っていたのであろう。
成金趣味の貴族ではなく、自然を愛した貴族なのかもしれない。
遠目に見える屋敷も、自然と調和した様式の建物であった。
「それにしても、オードル。ずいぶんを雑草が生えているな?」
「そうだな、エリザベス。だが悪くない雰囲気だ」
エリザベスが言うとおり、敷地内は雑草が所狭しと生い茂っていた。
だが、これは土が豊か証拠。
手入れをしていけば、野菜なども作れるであろう。
「パパ、見て! お花畑があるよ!」
そんな雑草に中に、花畑があった。
発見したマリアは、笑顔で近づいていく。
「きれいだね、パパ! 村でも見たことないお花が、いっぱいだね!」
自然に繁殖していた花畑に、マリアは嬉しそうだった。
臭いを嗅いで、満面の笑みを浮べている。
「では、お客様。次はいよいよ屋敷の中を、ご案内いたします……」
担当者は、誇らしげな顔をしていた。
この物件の目玉である、屋敷の内部を案内するのである
屋敷の内部は物件の最大のポイント。
何しろ家の中が気に入らなければ、当たり前だが家は売れないのだ。
「いや、建物の中の案内は不要だ」
だがオレは担当者に伝える。
家の中身を必要はないと。
今回の内見はここで終了だと。
「ど、どうなされましたか、お客様⁉ 何か気に障ることでも⁉」
そんなオレの言葉に、担当者は顔を真っ青にする。
必死でフォローをしてきた。
「いや、その逆だ。この家は気に入った。購入を決定した。だから中を見る必要はない」
「えっ、中を見ずに⁉ 購入をしていただけるのですか、お客様⁉」
「ああ。重要なのは、もう見させてもらった」
担当者に説明をする。
家を買う時に、もっとも重要なのは環境だと。
何しろ建物はいくらでも改築はできる。
だが環境は後からは変えることはできないと。
(それにマリアも庭を気にいっていたからな……)
それが一番の即決の理由だった。
どこか故郷の村を連想させる、落ちついた雰囲気。
それこそが最大の即決の理由だった。
「家の中身を見ないで購入するなんて……相変わらず、大体だな、オードルは」
「でも、エリザベス様。オードル様らしいですわね」
『ワン!』
マリア以外の全員も、納得していた。
これで満場一致で可決。
購入をすることにした。
「では、本当にご購入を?」
「ああ。すぐに売買契約書を用意してくれ、今日から住む」
「はい! ありがとうございます、お客様! 今すぐ契約書を用意します!」
思い立ったが吉日。
オレは担当者に必要なことを使えておく。
よし、これで準備は整った。
あとはオレだけ商店に戻り、魔核の換金した金をもらう。
そのまま商店で契約書にサイン。
これで手続きは完了である。
「さて、これから忙しくなるぞ、みんな。家の掃除に、買い出しに、不具合の修理。やることは盛りだくさんだ」
この家は長年、誰も住んでいなかった。
だから足りないものばかりあるであろう。
「マリア、おそうじ、がんばるね!」
だがマリアは嬉しそうにしていた。
腕まくりをして、張り切っている。
それほど新しい家にワクワクしているのであろう。
本当に嬉しそうだ。
「私も聖堂で、自らのことはしてきました。お掃除と片付けは、お任せください、オードル様」
リリィも同じく嬉しそうだった。
今までは聖女として、閉じられて世界で生きてきた。
だが今日から新しい家がある。
そのことが何よりも幸せなのであろう。
「わ、私は家事は苦手だが、力仕事と買い出しは私に任せておけ、オードル! 愛馬でひとっ走りしてくるぞ!」
エリザベスも気合十分である。
そして早くも草むしりしていた。
何という気の早さ。というか、フライング。
だが、これからはエリザベスの行動力も、頼りになるであろう。
『ワンワン!』
そうな、フェン。
お前のことも頼りにしている。
戦闘能力を持たないマリアとリリィの護衛を、これからは頼んだぞ。
「さて、マリアの入学の儀は来週だ。それまでにこの屋敷を、綺麗にしておくぞ」
「「「はい!」」」
新しい我が家が決まった。
こうしてルーダの街での暮らしが、本格的にスタートするのであった。
◇
それから数日が経つ。
ほこりだらけの屋敷の中で暮らしながら、同時に片付けもしていく。
片づけは計画よりも早く進んでいた。
「よし、庭はこれでいいな」
庭の手入れを終えて、オレは周囲を見渡す。
庭は見違えるほど綺麗になっていた。
ボーボーだった雑草は全て処分。
落ち葉だらけだった小川と池も、美しい水面を輝かせていた。
「パパ、お花畑もキレイになったよ!」
「そうか、マリア。頑張ったな」
マリアも花畑の手入れを、終えたところだった。
最初は雑草に埋もれていたが、今では色とりどり花が並んでいる。
「あと、こっちに新しいタネも植えたの、パパ!」
「そうか。芽が出るのが楽しみだな」
花壇の整備は、オレは何も手伝っていない。
マリアは村から持ってきた花のタネを、花壇に植えていた。
かなり頑張ったのであろう。顔まで泥だらけである。
「オードル! 家の中も終わったぞ」
「オードル様。こちらも終わりました」
エリザベスとリリィが揃ってやってきた。
家の中の片づけと掃除、新しい家具の準備も完了したという。
「よし、家の片付けを準備は、これでひと段落だ。みんな、お疲れ様だ」
この家に住みはじめて、まだ数日しか経っていない。
気になる点も、その内に出てくるであろう。
今後は住みながら、家を改善していく。
「さて、そろそろ時間だな? 準備をするぞ、マリア」
「あっ、そうか。わかった、パパ!」
今日は入学の儀の日である。
マリアが学園に入学する、大事な門出の日なのだ。
「じゃあ、マリア、着替えてくるね!」
「では私がお手伝いします」
「リリィ。私も手伝うぞ」
女性陣三人は屋敷の中に入っていく。
マリアの着替えをするためだ。
「さて、オレも着替えるとするか」
今日の入学の儀は、保護者も同席。
オレも着替えのために、屋敷の中の自分の部屋に移動する。
「さて、マリアに恥をかかせる訳にはいかないかなら。着替えるとするか」
先日、街で買った紳士服に手を伸ばす。
市民用の儀礼服で、かなり窮屈である。
だが今日は大事な娘の門出。
いつもの薄汚れた服でいく訳にいかない。
オレは慣れない儀礼服に着替えていく。
「こんなところか。さて、女性陣のところに向かうとするか」
なんとか着替えが終わった。
集合場所は屋敷の玄関に行くと、まだ誰もいなかった。
「パパ、おまたせ!」
その直後。
マリアがやってきた。
「パパ、どう? マリアのせいふく?」
学園の指定の制服に、マリアは着替えていた。
可愛らしい紺色の制服上に、短いマントを羽織っている。
マリアは楽しそうにくるくると回って、スカートを舞い踊らせていた。
「ああ、似あっているぞ、マリア」
その言葉に嘘はない。
マリアの制服姿は輝いている。
まるで神話の天使が舞い降りてきたのか⁉ とオレは本気で思ったほどだ。
「本当によく似合っているぞ、マリア」
今のオレはきっと、だらしがない顔をしているのであろう。
自分でもよく分かる。
全身の力が抜けて、隙だらけだ。
今なら雑兵にも殺される、自信がある。
それだけマリアの制服姿に見惚れていたのだ。
まった戦鬼とあろうものが、情けない醜態。
だが、父親とは誰しも、こうなのかもしれない。
「さあ、では行ってくる」
だがいつまでも放心状態ではいられない。
このままだと入学の儀に遅れてしまう。
「気をつけるのだぞ、マリア、オードル!」
「お二方とも、いってらっしゃいませ」
『ワン!』
留守の三人が見送ってくれる。
マリアの門出に、みんなも笑顔であった。
「さあ、いくぞ、マリア」
「うん、パパ!」
こうしてオレたち親子は、入学の儀に向かうのであった。




