第23話:朝ごはん
新しい家が完成してから数日が経つ。
家での暮らしを順調に過ごしていた。
「おはよう、パパ!」
朝日が昇る。
起きてきたマリアが、元気に挨拶してきた。
「ああ、おはよう」
オレはいつも日が昇る前に起きていた。
新しい居間で、マリアと挨拶をする。
「おはよう~だ」
次に起きてきたのは女騎士エリザベス。
この女騎士は、朝にめっぽう弱い。
だから、時たまこうして寝坊してくるのだ。
『ワンワン!』
おっと、玄関で鳴いているフェンのことを、忘れていたな。
白魔狼族のフェンは、オレと同じ位に早起き。
夜も強いので、番犬としては最適である。
「それでは朝飯の準備をするぞ
「わかった、パパ。今日はマリアががんばるね!」
全員が揃ったところで、オレとマリアは朝食の準備を始める。
まずは食材の準備。
裏の畑から収穫したばかりの新鮮な野菜。
産みたての鶏の卵。
倉庫の干し肉などで調理していく。
「やっぱり、パパは、おりょうり、上手だね!」
「そうか、マリア? 男の料理だけしか作れないぞ」
マリアが褒めてくるように、オレは料理の手際はいい。
何しろ傭兵は自分の身の周りのことは、自分でしないといけない。
だから炊事洗濯、掃除などは慣れているのだ。
まあ、料理に関しては、かなりの華がない部分が多いが。
「わ、私だって料理の一つくらい出来るぞ、オードル!」
そんなオレたち様子を見て、エリザベスも気合が入る。
台所にやって、手伝ってきた。
「よし、いくぞ!」
だが卵料理をひっくり返し、床に落としてしまう。
「だいじょうぶ、エリザベスお姉ちゃん?」
「すまない、マリア……」
失敗を幼いマリアに慰められていた。
ここだけの話、エリザベスは料理が苦手である。
いや、料理どころか、炊事洗濯、掃除の家事全般を苦手としていた。
何しろ彼女は王位継承もある、レイモンド公爵家の超令嬢。
今まで身の回りのことは、侍女や執事がやっていた。
出来ないのは仕方がないであろう。
「焦らなくても大丈夫だ、エリザベス。料理は慣れだ」
「そうだな、オードル……よし、花嫁修業のため、頑張るぞ!」
落ち込んでいたエリザベスは、一気に気分を盛り返す。
家事で出来ないが、この前向きな姿勢は、うらやましい長所だ。
『ワンワン!』
落ちてしまった卵料理を、フェンが口にくわえていって。
もしかしたらフェンなりに、エリザベスのサポートしたのかもしれない。
『料理は落ちたけどボクが食べてあげるから、心配ないよエリザベス』的な。
意外と優しいところがあるのかもしれない。
《……もぐもぐ。もっとエリザベス失敗して、料理を落とさないかな? そうしたらボクのごはんがもっと増えるワン!》
フェンの煩悩の念話が、だだ漏れしてきた。
先ほどの言葉を訂正する。
やっぱりフェンは“ただの食いしん坊”な奴だった。
「パパ、あさごはん、できたね!」
そんな感じでドタバタしていたら、朝ご飯が完成した。
ではダイニングテーブルに着席して、挨拶をしよう。
「いただきます」
「「いただきます!」」
『ワン!』
家長であるオレの挨拶に、全員が続く。
いただきます、の挨拶をして、食事をスタートする。
ちなみに今日のメニューは、村で焼いたパンと野菜とベーコンのスープ。
野菜サラダとオムレツ。
あと搾りたての牛乳である。
「おいしいね、パパ!」
「ああ、そうだな」
大好きな牛乳を飲んで、マリアは満面の笑みであった。
口の周りが白くなっていたので、布で拭いてやる。
「オードル、私も口の周りに牛乳が……」
エリザベスの口の周りも、白くなっていた。
だが、オレは見ていたぞ。
こいつはワザとやっていた。
本当に仕方がない奴だ。
何かで拭いてやるか。
「フェン、拭いてやれ」
『ワン!』
床でご飯を食べていたフェンに、オレは合図する。
エリザベスのヒザの上にのって、ふかふかの尻尾で口の周りを拭いていた。
「くっ……せっかくオードルに拭いてもらおうとしていたのに……」
策略が失敗して、エリザベスは大人しく食べ始める。
こいつは最近、急に性格が変わってきたような気がする。
まあ、不器用で真っすぐなところは、昔から変わっていないが。
「ん? マリア」
「なに、エリザベスお姉ちゃん?」
そんな時、エリザベスは真剣な顔になる。
何やらマリアのことに気がついたらしい。
「ナイフとスプーンの使い方が、少し間違っているぞ。こうやって上品に使うのだ」
間違ったマリアの食べ方を指摘する。
見本を見せて、教えていた。
「こうかな?」
「ああ。上出来だ」
「エヘヘヘ……いつも、ありがとう、エリザベスお姉ちゃん」
たまに暴走するエリザベスだが、元々はお嬢様。
食べ方や身だしなみのレディーのマナーには厳しい。
いつも幼いマリアにこうして教えてくれるのだ。
押し付けではなく、自然に姉のように教えている。
「いつも悪いな、エリザベス」
オレは男だけの荒い傭兵の世界で、今まで生きてきた。
だからマリアにこうしたレディーのマナーを教えられない。
エリザベスの何気ない優しさに感謝していた。
「い、いきなり、どうしたのだ、オードル⁉ 私は当たり前のことを、したまで……何しろ私はマリアのお姉ちゃん、オードルの家族だからな!」
褒めたら、急に顔を真っ赤にして照れていた。
頼りになる存在だが、エリザベスはまだ若い16歳の少女。
年の離れたマリアを、純粋に気にかけてくれていたのであろう。
『ワン!』
ああ、そうだったな。
フェンにも感謝している。
いつもマリアの護衛と遊び相手をしてくれて、ありがとうな。
『ワンワン!』
何、そうじゃなくて、パンのお代わりが欲しいだと?
まったく、お前というヤツは、本当に。
「きょうも、ごはんがm美味しいね、パパ!」
「そうだな。最高に幸せだな、オードル!」
『ワンワン!』
とにかく賑やかな朝の時間であった。
いつもの何気ない日常。
これが我が家の笑顔あふれる空間だった。
◇
「「ごちそうさまでした!」」
『ワン!』
そんな賑やかな朝ごはんの時間が終わり、片付けタイムとなる。
片付けは全員で行うので、あっとう間に終わった。
さて、この後は各自、午前中の仕事にとりかかる。
マリアとエリザベスは家の掃除や家事を。
オレは力仕事や畑の作業。
フェンは村の外周の見回りの仕事がある。
さて。今日も働くとるすか。
「オードル、ちょっといいか? マリアの勉強ことで相談がある」
「ん? どうした、エリザベス」
仕事に行く前、エリザベスが神妙な顔で話しかけてきた。
周りに誰もいないことを確認している。
しかもマリアのことで相談だという。
それも勉強のことだと?
どういうことだ、マリアの成績が下がってしまったのか?
「その逆だ、オードル。マリアは優秀すぎる生徒だ。だから困っていたのだ……」
エリザベスは神妙な顔で説明してきた。
マリアは村の子どもの中で、一番物覚えがいいと。
最近では年齢以上の算数や国語も、全部マスターしてしまったという。
「だから私が教えることが、実は無くなってきたのだ」
エリザベスは公爵令嬢として、それなりの上等教育を受けてきた。
だが教えることに関しては専門家ではない。
そのためにマリアに教えられる知識が、ほとんど無くなってきたという。
「本当か? マリアはまだ5歳だぞ?」
信じられない話である。
エリザベスは抜けていることもあるが、学はかなりあるほうだ。
それなのに教えられることが、無くなってしまっただと?
「ああ、本当だ。王都の貴族の子どもでも、あそこまで賢い子はいなかった」
なるほど、そういうことか。
オレもマリアは賢い子だと思っていた。
だがそれは親の目線であり、客観的には見られなかった。
教師役であるエリザベスが、ここまで言うのなら間違いないのであろう。
マリアは頭がいいと。
それも王都にもいないほどの高いレベルだと。
「将来を本気で考えたら、マリアはどこかの学園に入れてあげた方がいい。それも早めに……」
それはエリザベスの判断だった。
マリアの物覚えの良さは、普通ではない。
才能を咲かせてあげるために、大都市にある学園に入学さるべきだと。
それは姉としての、エリザベスの気持ちもあるのであろう。
もちろん父親として、オレも同じ想いである。
マリアの見つかった才能は、是非とも伸ばして欲しい。
「そうか、エリザベス。分かった。だが学園か……」
この辺境には専門的な学園はない。
一番近いところだと、王国領内の第三都市にあったはずだ。
「この村を離れるのか……」
学園に入れるのは問題があった。
マリアはまだ幼い5歳の幼女。
だから保護者であるオレも、一緒に行く必要がある。
今の村の状況を考えたら、オレが村を離れる訳にはいかないのだ。
「この件は他言無用だ。少し考えておく……」
マリアの将来についての選択。
おれは父親として、どうすればいいのか悩むのであった。




