第19話:村の宴
鉱山の獣を討伐して、村に凱旋した。
魔獣を倒したということで、村は大盛り上がりだった。
「さすがはオードルさん。まさかこんな巨大な魔獣を倒してしまうとは……」
「昔から怪力は半端なかったとは、ここまでとはな……」
持ち帰った鉄大蛇の死体を見て、村人たちは言葉を失っていた。
何しろ魔獣はたった一匹で、村を壊滅させるほど恐ろしいもの。
魔獣を始めて目にした村人も多い。
「知能もない巨大なだけの蛇だった。たしたことはない。鉄大蛇の素材は村に寄付する」
魔獣の死体は宝の山だが、辺境の村では金はあまり必要ではない。
だからオレは素材のほとんどを、世話になっている村に寄付することにしたのだ。
「いいのか、オードル⁉」
「こんな大金になる素材を?」
魔獣の素材は街に持っていけば大金になる。
だから村人たちは驚いていた。
「ああ、問題ない。解体するのを手伝ってくれ」
傭兵を引退したオレには、大金は必要ない。
それよりも解体作業を手伝って欲しかった。
「おお、任せておけ!」
「よし、村人を全員呼んでこい!」
寄付の話を聞いた村人は、盛り上がっていた。
全村人が大はしゃぎで、解体作業に取り掛かるのであった。
◇
鉄大蛇の外皮は、死体になっても頑丈であった。
だがオレが率先して行い、解体作業はあっとう間に終わる。
解体した部位の使い方を、村人たちに指示していく。
「その血は捨てるな。酒に混ぜて飲んだら、健康にいい。残った血は薬にもなる」
鉄大蛇の血は、栄養価が高いことで知られていた。
滋養強壮や精力増進に効くの、かなりいい薬にもなる。
大きな街では貴族が、大金を出して欲しがる品だ。
「そっちの鱗と骨は、武器と防具につかう。洗って乾かしておけ」
鉄の剣をも弾く固い鱗は軽くて硬く、防具に最高の素材だ。
また魔獣の骨は鉄と混ぜると、固くて頑丈になる。
鎧や盾、槍に加工して、村の自警団の装備にするつもりだ。
「皮は一番使える。優先度は高いぞ」
鉄大蛇の皮は弾力があり、かなり頑丈だ。
更に防水性や耐熱性もある。
リュックなどの日用品には最高の素材であろう。
魔獣の革製品は、王都の貴族でも持っていない高級品なのだ。
「あと、肉は味付けして焼いたら、最高に美味いぞ、ジイさん」
一緒に作業していた村長に、魔獣の肉の有効性を教える。
魔獣の肉は退治した者にとって、最高のご馳走になると。
「なんと、魔獣の肉は食えるのか、オードル⁉」
「ああ、そうだ。栄養価も高く、高級食材だ。今宵にでも、どうだ。ジイさん?」
「それなら村人たち全員で食おう。この量じゃ。酒も振る舞おう!」
魔獣の解体は順調に終わろうとしていた。
こうして魔獣討伐を祝って、祝いの宴をすることになった。
◇
解体作業が終わり夕方になる。
村人全員で宴が始まる。
宴といっても、辺境のこの村では質素なもの。
村の中央の広場に敷物を敷いて、酒や食い物を並べただけ。
だが民族楽器の太鼓や笛、打楽器を、誰ともなく演奏し始める。
かがり火の光を浴びて、宴は一気に華やかになってきた。
「おお、これは最高に美味いな!」
「ああ! こんなに美味い肉は生まれて初めて食ったぞ!」
そんな演奏の中、村人たちは大盛り上がっていた。
何しろ生まれて初めて食べる魔獣の肉。
その想像以上の美味しさに、誰もが興奮していたのだ。
「それに、この鉄大蛇の血を混ぜた酒、飲んだか? 最高に美味いぞ!」
「そうだな! オレ、なんか全身が熱くなってきたぞ!」
一方で血を混ぜた酒も、大好評であった。
村の地酒である強い酒に、鉄大蛇の血が見事にマッチしていたのだ。
しかも鉄大蛇の生き血は栄養価が高い。
青年団の連中は興奮のあまり、上半身裸になり踊っていた。
青年たちの半裸ではしゃぐ姿に、若い村娘たちも黄色い声援を送っている。
そんな中。
オレは村の子どもたちの宴の所に顔を出す。
「さて、お前たち子供は、こっちの味付けの肉のほうがいい。火傷しないように、気をつけて食え」
子ども用に別の味付けの鉄大蛇の肉を、オレは用意しておいた。
それを少し冷ましてから、子どもたち全員に振る舞う。
「うぅうう! 美味しい! これ凄く美味しい!」
「本当だ! とっても美味しいね!」
子どもたちは口に入れた瞬間、次々に叫び出す。
ほっぺを抑えて、誰もが満面の笑みを浮べていた。
「それは東方の蒲焼という味付けだ。甘しょっぱくて、美味いだろう?」
子どもたち専用に、オレは専用のソースを作っておいた。
それは蒲焼のタレと呼ばれるソース。
蒲焼のタレの作り方は簡単。
村の伝統的な調味料の魚醤に、甘い砂糖を加えて煮込んだもの。
他にも香辛料は加えるが、作り方はシンプル。
これは東方出身の傭兵仲間から、習った調味料である。
「うん、すごく美味しい!」
「ボクたちでも、食べられるね!」
子どもたちに蒲焼のタレは好評であった。
脂がのった鉄大蛇の肉に、濃い目のタレがマッチ。
育ち盛りの子どもたちは、次々とお替わりをしていく。
いい食いっぷりだ。
肉は沢山ある。腹いっぱい食え。
「ねえ、パパ……マリアも食べていい?」
遠慮がちに待っていた、マリアが尋ねてきた。
もしかしたら調理しているオレに気遣って、他の子を優先的に食べさせていたのかもしれない。
何という他人を思いやる優しさであろうか。
思わず感心してしまう。
「ああ、もちろんだ。熱いから火傷しないように食べるんだぞ、マリア」
「うん、わかった、パパ。いただきます……うん! おいしい! すごく美味しいね!」
食べた瞬間、マリアの顔がパッと明るくなる。
大きくなったほっぺを指差して、美味しさをアピールしてくる。
その姿は何ともいえず可愛らしい。
「ああ、美味いか。たくさんあるから、マリアもいっぱい食べるんだぞ」
「うん、パパ! こんなに美味しいお肉、ありがとう!」
マリアは本当に嬉しそうに食べていた。
その笑顔を見ただけで、今回の魔獣討伐は価値があった。
また魔獣を見かけたら、マリアのために狩ってくるのもいいかもしれない。
『ワンワン!』
「あっ、フェン! フェンも、お肉たべる?」
マリアは寄ってきたフェンにも、蒲焼を分けてあげる。
ふーふー、して冷ましてから、フェンの口に運ぶ。
『ワンワン! ワンワン!』
分けてもらったフェンは、尻尾を振って大喜びしていた。
こいつは白魔狼族なので、生でも肉を食べることが出来る。
だが調理した肉の美味さに、感動して何度もお替わりをしていた。
その姿はどこから、どう見ても普通の子犬である。
「そうだ……マリア、フェンをちょっと借りていくぞ」
「わかった、パパ。マリアはお友だちのところに、いってくるね!」
フェンの姿を見て、用事を思い出した。
マリアは気を利かせて、友だちの方に走り去っていく。
何という気の効きよう……やはり天才なのかもしれない。
《どうしたワン、オードル?》
念話でフェンが聞いてきた。
これなら誰にも、秘密の話を聞かれる心配がない。
それにフェンの口の中に蒲焼が大量に入っているので、口を開けないのだ。
《相変わらず食いしん坊だな。それを飲み込んだら、口を大きく開けろ。もっといいモノを食わせてやる》
《えっ? 本当⁉ 分かった! ゴクリ! これでいいかワン?》
食いしん坊のフェンは一気に飲み込んで、口を大きく空ける。
白魔狼族の見事な犬歯が光っていた。
《これは褒美だ。食ってみろ》
周りに人の目がないことを確認して、オレはポケットから小さな宝玉を取り出す。
これをフェンに食べさせたかったのだ。
《えっ、オードル? それは魔核だよね? 魔核って食べられるの⁉》
オレが取り出した宝玉は、鉄大蛇の体内にあった魔核である。
解体作業の時に、オレが取り出しておいたのだ。
《ああ、そうだ。フェンなら、見事に取り込むことが出来るはずだ》
普通の生物は、魔核を食べることなど出来ない。
だが上位魔獣は他の魔獣を狩って、魔核を食らう。
そして新たなる力を得る……と噂で聞いたことがあるのだ。
《強くなりたんだろう、フェン?》
《もちろんだワン! じゃあ、いただきます!》
フェンは家族の仇を討つために、強さを求めていた。
何の迷いもなく、魔核を一気に飲み込む。
しばらくして反応がある。
《うっ……これは……なんか、身体の奥底から、力が吹き出してくるような気がする……ワン!》
《ああ、そうか。あまり無理はするな。徐々に自分の力にしていけばいい》
どうやら魔核の食は上手くいったらしい。
いきなりパワーアップすることはないようだ。
だがフェンの体内から、前よりも強い魔気を感じていた。
《今後も魔獣を狩って、魔核をどんどん食っていくんだな。ただし自分で狩った分だけな》
オレは自分が狩った魔獣の魔核を、フェンに与えるつもりはなかった。
何故なら、獣とは自分の身を危険にさらして戦わなければ、強くなることは出来ない。
だから敢えてフェンに、試練を課すようにしたのだ。
《わかったワン! ボク頑張る! ありがとう、オードル!》
オレの想いを、フェンは理解してくれた。
そして自分が前よりも強くなり、大喜びしている。
先ほどよりも強く尻尾を振っていた。
(フェンが強くなっていく過程か……今後は楽しみだな……)
これは念話ではなく、自分の心の中で考えておく。
自分の強さではなく、家族の成長。
親心として、フェンの成長が楽しみだった。
◇
「あら~、オードル~、こんなとこに、いたの~」
そんな時である。
酔っ払いが近づいてきた。
「エリザベス、お前、どうした?」
酔っ払いは女騎士エリザベスであった。
鉄大蛇の血の酒を飲んで、べろんべろんに酔っ払っていたのだ。
「えへへ……一杯だけしか飲んでないんだけど、なんか目が回るの~」
この大陸では14歳の成人を過ぎたら、飲酒も可能。
だから16歳のエリザベスが酒を飲んでも合法。
だがエリザベスは極端に、酒に弱いのであろう。
足取りもフラフラで、かなり酔っ払っていた。
これはかなりマズイ状況である。
「パパ、お水、もってきたよ!」
そんなエリザベスを見かねて、マリアがやってきた。
水の入ったコップを持って、駆けつけてくれたのだ。
「えへへ……マリアちゃん、ありがとう……今日も可愛いね~」
エリザベスは完全に酔っ払っていた。
マリアにほおずりをして、絡んでいく。
王都の居酒屋のよくいる、酔っ払ったオッサンと同じ口調になっている。
『ワンワン!』
そんなエリザベスの持っていた酒を、フェンが舐めようとしていた。
美味しそうに見えたのであろう。
だがフェンはまだ2歳の子ども。
「ダメだよ、フェン! それお酒だよ! おすわり!」
それを止めようとするマリア。
だが食いしん坊なフェンは、止まらない。
「えへへ……フェンもいける口だね~。さぁ、さぁ、飲んで~」
さらに進めてくるエリザベス。
また止めるマリア。
そして辛口の酒を飲んで、悲鳴をあげるフェン。
祭りの太鼓や笛の音も相まって、だんだんと騒がしくなってくる。
「やれやれ……騒がしい宴になったな」
そんな賑やかな光景を見ながら、オレは苦笑いする。
こうして宴は夜遅くまで、盛り上がっていくのであった。




