第18話:鉱山での戦い
村外れの鉱山に、謎の獣が出現した。
女騎士エリザベスと白魔狼族フェンを引き連れて、オレは鉱山に潜入する。
「ここが村の鉱山か? かなり小規模だな、オードル?」
「そうだな、エリザベス。王国の国営鉱山に比べたら、小規模だな」
松明をもって鉱山の坑道を移動しながら、エリザベスと話をする。
もちろん周囲の警戒は欠かしていない。
「ここは村だけで使う金属を掘るだけだ。だから、もう少しいったところで、行き止まりだ」
「オードルはここに入ったことがあるのか?」
「ああ。子供のころにな」
この鉱山は、小さい頃に入った経験がある。
本当は村の規則で、子どもは立ち入り禁止。
だが子どもというのは好奇心の塊。
孤児だったオレは、ここを遊び場の1つとしていたのだ。
「ここは昔とまったく変わらないな……」
20年以上前のことが、昨日のように思える光景である。
あの時は意味もなく、この鉱山に浸っていた時期があった。
鉱夫の真似ごとをして、ツルハシで岩を掘り進んだこともある。
「へえ…オードルの幼少期か? どんな子供だったのだ?」
「オレは普通の子供だったぞ、エリザベス? 木剣で大木を切り倒す遊びや、狼の群れを倒す遊びをしていただけだ」
こうして思い出すと懐かしい幼少期だな。
持て余していた力で、とにかく暴れ回っていた。
「いや……それは普通の幼児のすることじゃないぞ、オードル。まったく鬼神の話には、毎度のこと驚かされるよ……」
エリザベスは苦笑いをしている。
そうなのか?
普通の子どもは、そんな遊びをしていないのか?
そういえばマリアを含めて、村の子どもは誰も、そんな遊びをしていないな。
まあ、これも時代の流れということにしておこう。
「ここが鉱山の最深部だ。二人とも警戒を強めろ」
そんな雑談をしていたら、目的地に到着した。
鉱山の最深部である。
「わかった!」
『ボクも分かったワン!』
目的の謎の獣には、まだ遭遇していない。
鉱夫ジョージの話では、この最深部で獣を見たという。
オレたち三人は警戒をしながら、調査を続けていく。
「ん? これは……?」
調査をしている時、ある場所で足を止める。
獣の気配ではない。
掘りかけの坑道の奥に、気になる岩を見つけたのだ。
「これは、もしや?」
見つけたのは金属の欠片であった。
原石なので、見逃してしまうくらいに小さなもの。
だが間違いなく独特の光沢をしている。
鉄の原石がこうなっている。
というこは謎の獣は、オレの予想していた通りに……
「おい、気を付けろ! くるぞ!」
そんな時である。
異様な気配を感じて、二人に警告する。
横穴から、何者かが接近してきたのだ。
「なんだと、オードル⁉ 私は何も気配を感じないぞ⁉」
『ボクの鼻もだよ⁉』
二人はまだ相手の接近を、感知してなかった。
だがオレの警告に従って、臨戦態勢をとる。
オレを先頭にして、逆三角形の布陣を組む。
「今回の獣は、気配や匂いを感じにくい相手だからな。さあ、見えるぞ」
オレのその言葉の直後、横穴から巨大な獣が姿を音もなく現す。
薄暗い坑道のランプに照らされた、大木のような巨大な獣である。
かなりの大きさだ。
「オードル……これは大蛇か? いや、それにしては大きすぎるぞ……」
『グルル!』
あまりの巨大さに、エリザベスとフェンは驚いていた。
これほど大きくて禍々しい蛇は、二人とも見たことがないのだ。
「これは普通の大蛇ではない。上位魔獣の鉄大蛇だ」
出現した大蛇は魔獣だった。
魔獣は普通の獣とは違い、魔素を帯びた生物。
「予想通りだな」
傭兵時代にオレはある廃鉱山で、別個体の鉄大蛇に遭遇した経験があった。
だから村長の話を聞いた時に、ピンときていたのだ。
「さあ、予定通り、エリザベスとフェンの二人だけで、こいつを退治してもらうぞ」
普通の大蛇なら、この二人の修行にはならない。
だが鉄大蛇はかなりの強さがある。
ちょうどいい。
だからオレはこの二人を連れてきたのだ。
「ああ、オードル! 望むところだ! 私たちの力を見せてやる。いくぞ、フェン!」
『わかったワン、エリザベス!』
魔獣の大蛇だと判明しても、二人は怯まなかった。
逆にやる気を出して動き出す。
エリザベスは剣で、フェンは狼の牙で突撃をしていく。
「くっ⁉ なんだ、こいつ⁉ 剣が効かないぞ⁉」
『ボクの牙もだワン⁉』
だが二人の攻撃は効かなかった。
鉄大蛇の強靭な鱗に、跳ね返されてしまったのだ。
「言い忘れたが鉄大蛇の鱗は、かなり固いぞ。普通に斬ってもダメだぞ」
鉄大蛇はその名の通り、鉄のように頑丈な大蛇である。
鉱山だけに出没することから、『鉄の魔素を食らって成長している』……そんな風な噂もある。
先ほどオレが発見した鉄の原石が変化したのも、鉄大蛇が変色させたと言われていた。
とにかく、かなり厄介な相手である。
「くそっ……それならば!」
『ガルルル!』
想定外の固さに、二人は戦い方を変える。
エリザベスは全身の闘気を高めて、その力と速さを強化。
フェンも全身に魔素を漲らせて、身体能力を強化する。
「いくぞ!」
『わん!』
力をためた二人は、同時に突撃をしかける。
先ほどとは違い、そのスピードは段違いだ。
鉄大蛇の死角に回り込み、一気に攻撃をしかける。
「なっ⁉ かわしただと⁉ くっ⁉」
『エリザベス⁉ キャーン!』
だが今度は攻撃が、するりと鉄大蛇に回避されしまった。
逆に巨大な尻尾の反撃をくらい、二人は吹き飛ばされてしまう。
「くっ……」
『ぐるる……』
二人ともちゃんと受け身を取っていたので、肉体的なダメージは多くはない。
「な、なんだ、今の動きは……」
『ボクたちの攻撃が、先読みされていたワン……』
だが攻撃を回避された事実に、精神的なダメージを負っていた。
死角から攻撃したにも関わらず、鉄大蛇は完全に感知して回避していた。
その謎の動きに混乱していたのだ。
「鉄大蛇はお前たちの動きを見てから、避けた訳ではないぞ。事前に動きを感知して、避けた。だからお前たちの攻撃をかわされたのだ」
混乱している二人に教えてやる。
暗い鉱山に潜む鉄大蛇は、視力が極端に弱い。
その代わり口の中には、相手の匂いを敏感に感知する器官がある。
その器官は相手の体臭を感知して、先を読んで動いてくる。
昔、南方部族の呪術師から、そう聞いていた。
今回の鉄大蛇も、それで相手の動きを先読みしているのだ。
「そんな……匂いだけで、こちらの動きの先を読むだと⁉」
『そんなのは白魔狼族にも出来ないワン!』
まさかの鉄大蛇の異能の力に、二人は絶句していた。
剣すらも跳ね返す固い鱗。
匂いだけで先読みする感知能力。
さらに全身が筋肉で覆っているため、攻撃力も半端ない。
そして鉄大蛇の牙には、強力な猛毒もある。
これまで二人が相対したことがない、やっかいな強敵だった。
「やれやれ、そんなことでどうする? 仕方がない。一つだけアドバイスをしてやる。これはひとり言だ。聞くも、聞かぬもお前たちの自由だ」
このままでは修行にならない。
黙って見ている予定だったが、オレは口を開くことにした。
独り言ならギリギリセーフであろう。
「まずエリザベス。お前は剣の才能はたいしたものだ。だが今まで、対人戦しか行ってこなかった。だから、この程度の魔獣に苦戦している。だから、お前は自分の殻を破るべきだ……エリザベス・レイモンドという存在を捨てて、その剣を牙として、牙を振るうのだ」
エリザベスは天賦の戦闘の才能をもつ。
だが幼い頃から人としか戦ってこなかった。
そのために身体の限界を、勝手に自分で決めている。
更に上の存在を目指すなら、その限界と殻を破る必要がある。
そのためのアドバイスだった。
「フェン、お前も同様だ。初めて会った時の、お前のあの野生の闘気はどこにいった? そんな負抜けた顔では、親の仇はとれないぞ。なんだった、このオレが黒魔狼族を討伐しておいてやるぞ? それでもいいのか……誇りある白魔狼族の後継者フェンよ⁉」
フェンは優しい子である。
村でも子どもたちに一番人気のある存在。
だから忘れてしまう時があるのであろう。
自分が忌み嫌われている存在の“魔獣”であることを。
そんなフェンの内なる想いに、もう一度火をつける。
誇りある白魔狼の力を見せる時だと。
「なんだと、オードル⁉ それなら見せてやろ……この私の力を!」
『ガルルルルル!』
オレの言葉を聞いて、二人が目を覚ます。
獣のような声を上げて、全身に殺気と闘気、魔素を漲らせていた。
その勢いは凄まじく、見ているこちらも、気の波が押し寄せてくる。
(これは、たいしたものだな……)
思わず感心する。
やはりこの二人は、天才という存在なのであろう。
たった一言のアドバイスで、ここまで目を覚ますとは。
オレからみたら未熟。
だが今後は更に成長していくであろう。
(さて、帰る準備でもするか……)
二人と鉄大蛇の戦いが、再び始まろうとしていた。
だが、こうなったら結果はもう見えていた。
二人の勝利を信じて、オレは見守るのであった。
◇
それから時間が経つ。
二人は鉄大蛇に勝利していた。
「はっはっは……やつたな、フェン……」
『そうだね……エリザベス……ワン』
二人とも全身に傷を負っているが、致命傷は無い。
だが満身創痍で気をつかい果たし、ペタリと座り込んでいた。
こ の様子では歩けるまで、少し休憩が必要であろう。
「二人ともよくやった。今日は60点といったところだな?」
鉄大蛇との戦いを採点してやる。
闘気と魔気の放出量は、かなり良かった。
だがコントロールがまだ雑すぎる。
鉄大蛇程度を倒してだけで、これほどヘバッテいるのでは話にならない。
もう少し繊細に気をコントロールしないとダメだ。
「オードル、それは辛口すぎるぞ……」
『そうだよ。ボクたち頑張ったつもりなんだけど……』
「ああ、言いすぎたかもな。とにかく頑張ったな二人とも」
我ながら厳しすぎる採点だったかもしれんな。
申し訳ないので、座りこんでいる二人の頭を撫でてやる。
「い、いきなり、乙女の頭を撫でるものではないぞ、オードル⁉ で、でも嬉しいが……」
『ボクも嬉しいワン!』
頭を撫でてやったら、二人とも喜んでいた。
戦士としては急成長しているが、この辺の反応はまだ子ども。
5歳児のマリアと同じ反応である。
「さて、元気が出てきたところで村に帰るぞ? この鉄大蛇を村まで運ぶぞ」
鉄大蛇の死体は利用価値がある。
その肉は焼くと旨味が溢れ出し、栄養価が満点。
この巨体なら、村人全員でも余るであろう。
更に血は薬にもなるので、調合して保存しておける。
また固い鱗は日値用品にも使える。
鎧や盾の素材にも便利なので、自警団の装備にもいいだろう。
巨大な牙や骨も、同様に武器の素材になる。
更に魔獣の心臓部にある“魔核は、色々なものに使える。
今回の使い道は、村に帰ってから考えよう。
この大陸ではと魔獣の死体は、宝の山と同義なのだ。
「ん? これは……」
そんな帰ろうとした時である。
鉱山の奥から、更に巨大な気配が急接近してきた。
「もう1匹だと⁉」
『それに今度は、更に巨大だよワン⁉』
出現したのは鉄大蛇だった。
先ほどのよりも一回り以上も大きい。
同胞を殺されて、かなり興奮している。
「どれ。エリザベス、剣を少し借りるぞ。お前たちは休んでいろ」
暴れる前に片付けておきたい。
座り込んでいるエリザベスの剣を、オレは借りる。
「えっ、オードル? まさか一人で……危険だぞ!」
「いくぞ……破っ!」
エリザベスの制止を振り切り、オレは気合の声と共に、一気に踏み込む。
鉄大蛇の首を切断。
魔核を突いて、その命を断つ。
さすがはエリザベスの剣、切れ味がいいな。
さて。これであとは大丈夫だ。
さあ、村に戻るぞ。
『ボ、ボクたちが、あれほど手こずった鉄大蛇を、たったの一撃で……』
「まったく、これだから鬼神というやつは……」
こうして2匹分の鉄大蛇の素材を持って、オレたちは村に凱旋するのであった。
 




