アフターエピソード8:最後の決闘(前半)
マリア誘拐事件から、月日が経つ。
帝都でのオードル一家は、順調に暮らしていた。
愛娘マリアは相変わらず楽しそうに、帝国大学に通っていた。
そういえば研究している分野で、マリアは大きな発見をしそうだという。
詳しくは知らないが、リッチモンドが大興奮しているのだから、かなりの発見になるのかもしれない。
もしかしたら大陸の歴史を、変える大発見に。父親として今後も楽しみだ。
末娘ニースも順調に上位学園に通っていた。
毎日、マリアとクラウディアと三人で、楽しそうに登下校していた。
ニースは勉強だけではなく、運動も優秀。
上位学園の運動会、徒競走とリレー競技で一位を取っていた。
他の三人も順調だった。
リリィは帝都のパン屋での修行の毎日。
最近はリリィの焼いたオリジナルパンが、店頭に並び女性客に人気を博していた。
帝都ではちょっとしたブームも起きているという。
エリザベスも帝国騎士団での修行の日々はげんでいる。
猛者ぞろいの帝国騎士団の中で、ついにトップ五に食い込む快挙を成し遂げた。
皇帝ガルもエリザベスのことを大層気に入っているという。
最後にフェンも元気にしている。
相変わらず食いしん坊。
どこにいってもマイペースな日々で、ザ・フェンな毎日だ。
◇
そしてオレも元気にしていた。
今は帝都から少し離れた、ひと気のない草原に来ている。
「さて、待たせたな、ガラハッド」
「いえいえ。私もちょうど今着いたところですよ、オードルさん」
ここに来たのは、ガラハッドから招待を受けたため。この剣聖に会うのは久しぶりだ。
「そっちの準備は万全か?」
「ええ、もちろんです! 今日が楽しみ過ぎて、ここ数日は興奮が止まりませんでした!」
たしかにガラハッドの調子は、見たところ良さそうだ。
全身から放たれる闘気は穏やか。だが真剣のように研ぎ澄まされている。
剣士として気力体力ともに、今は最高の状況なのであろう。
「オードルさんの方も、相変わらず元気そうでね?」
「ああ、そうだな」
一方でオレの調子も良い。
現役を引退したとはいえ、傭兵時代から体調管理は常に欠かしたことはない。
「おい、オードル。それにガラハッドも。二人とも、本気なのか?」
この草原には三人の男がいた。
三人目の男、リッチモンドは静かに訪ねてくる。いつになく神妙な顔つきだ。
「もちろんです、リッチモンドさん!」
「ああ、そうだな。すまないが、リッチモンド。立会人の役目は頼んだぞ」
オレは今日、ここにガラハッドと決闘をしに来た。
一緒に連れてきたリッチモンドは、行く末を見守る立会人だ。
今日ばかりはエリザベスも置いてきた。
この草原の周囲には、誰も邪魔する者はいないのだ。
だが立会人であるリッチモンドは、まだ納得してない顔。
「ボクは学者だから君たち戦士のことは、よく分からない。どうして今さら決闘する必要なんてあるんだい⁉」
数日前に立会人を頼んだ時から、リッチモンドは渋い顔をしていた。
なんの生産性のない決闘に対して、学者として反対していたのだ。
リッチモンドの話は続く。
「一年前の魔女討伐の時も、キミたち二人は、あんなに協力し合ったのに⁉ どうして決闘……殺し合いをする必要があるんだい⁉」
リッチモンドの言うことも一理ある。
オレとガラハッドは最初、敵同士で出会い、ルーダ砦で剣を交えた。
だが、その後は協力している。
特に魔女討伐の時は、互いの背中を預け合い共闘した。
あの時は正直なところこの剣聖は、最高の相棒だった。
オレたち二人でなければ黒髪の魔女は、倒すことは出来なかったであろう。
「リッチモンドさん、その問いに答えましょう。たしかにオードルさんとの共闘は、大変素晴らしいひと時でした。ですが私にとって大事なのは、今日のため! オードルさんと雌雄を決する、この今こそが剣士である私にとっては、何よりもの生きがいなのです!」
ガラハッドは声を高め答える。
強者と剣を交えることは、この剣聖にとっては何より重要なこと。
たとえ一時の仲間であろうが、その強い目的は変わらないのだ。
「そんな……だったら、オードル! 君には戦う理由はないよね⁉ だって、今のキミは普通の市民であり、傭兵は引退したんだろう⁉」
ガラハッドの説得を諦め、リッチモンドはオレの方に視線を向ける。
「そうだな、リッチモンド。たしかにオレは傭兵を引退した」
「だったら!」
「だから今日は“一人の男”して、ここに来た。剣聖との“約束”を守るためにな」
魔女討伐の戦いの前、剣聖ガラハッドと約束をしていた。
……『戦いに終わったら決着をつけてやる』と、古代塔の付近で誓っていたのだ。
「だから今回の決闘は、マリアたちのために、オレは行う」
結果としてガラハッドの尽力がなければ、マリアとニースを助けることは出来なかった。
だから傭兵としてではなく、一人の男として今回の決闘に応じたのだ。
「たしかに、オードル。あの時はそうだったけど……でも、今、二人が本気で戦ったら……」
眉をひそめるリッチモンドの読みは正しい。
今のガラハッドの実力は、二年前のルーダ砦で対峙した時の比ではない。
あの時はオレが僅差で勝利していた。
だが今の剣聖とオレとの実力差は、ほとんど皆無であろう。
本気で戦ったら、手加減など出来ない相手なのだ。
――――つまり決闘は“どちらかの死”で終わる可能性が大きいのだ。
「そんな、どちらか死ぬなんて⁉ 互いの剣聖の称号や、家族がある身なのに……」
「ご心配には及びません、リッチモンドさん。私は天涯孤独の身。今日ここで命の火が消えようとも、誰も悲しみません! むしろ、ここで決闘が行われなければ、私は剣聖の称号を捨て、自害する覚悟できています!」
ガラハッドの決意は本物だった。
今まで自分が築き上げてきたモノを、全てを捨てる覚悟だ。
剣聖ガラハッドとしてではない。
たった一人の“剣士ガラハッド”として勝負に臨んでいるのだ。
「オレの方も心配無用だ、リッチモンド。勝てる保証はないが、わざわざ死に来てはいない」
「でも、オードルにもしものことがあったら、マリアちゃんたちが……」
今回の決闘のことは、家族には内緒にしてきた。
何故なら我が家の女性陣は、心配性が多い。
特にエリザベスが教えたら、この場に押しかけてくるに違いない。今ごろは帝都でオレを探している最中だろう。
「アイツ等なら大丈夫だ。ああ見えて、オレの家族はたくましい」
万が一のことが起きて、我が家は立派に生きていける。
オレが残してきた財産があれば、学費や生活費も問題はない。
しっかり者のリリィと頑張り屋のエリザベスが、妹たちを立派に育てていくであろう。
オレが急にいなくなっても大丈夫なようにこの数年間、育ててきたつもりだ。
「でも、オードルが……」
「心配するな。さっきも言ったが、オレは死ぬつもりはない。立会人を頼んだぞ、友よ」
「…………ああ、分かったよ」
リッチモンドは少し間をおいて、了承してくれる。
決闘に関しては、今でも反対なのであろう。
だからこそ大事な友として、立ち会う覚悟を決めてくれたのだ。
「さて、待たせたな、ガラハッド」
「いよいよ、ですね、オードルさん」
オレたちは向かい合う。
リッチモンドは安全な丘の上に退避していく。
この場所ならオレたち二人が、全力で戦っても他に被害はでない。
こうして戦鬼オードルと剣聖ガラハッドの二度目の真剣勝負、最後の決闘が幕が上がるのであった。




