アフターエピソード5:オードル傭兵団 vs 戦鬼オードル(中編)タルカス回想
戦鬼オードルと、巨漢の大隊長タルカスの出会った時の話になる。
時は今から十数年前。
オードルがルーダの街で、身分を隠して剣闘士をしていた時だ。
◇
『続いての試合は、本日のメーンイベントでございます!』
ルーダの街の闘技場に、司会である道化の声が鳴り響く。
『この闘技場に突如降臨した新進気鋭の剣士……“獅子剣王”の登場だぁあ!』
その言葉と共に、目の前に鉄の扉が開く。
闘技場の異様までの熱気が流れ込んでくる。
「さて、仕事の時間だな」
紹介された、獅子の仮面を被った剣士……オレは闘技場の中央へと向かっていく。
装備は上半身半裸で防具は無し。
ボロボロの両手剣を抱えている。
「「「獅子剣王! 獅子剣王! 獅子剣王!」」」
満員の観客席から、名前が連呼される。
手拍子と足踏みで、闘技場は大きく揺れていた。
「相変わらず元気な連中だな」
大興奮の観客席を見渡ながら感心する。
ルーダは学園都市と呼ばれながらも、この血なまぐさい闘技場は市民の人気を得ていた。
「まあ、日々のストレスの発散の場所は、必要だからな」
闘技場は大陸各地にあり、そのほとんどは市民の娯楽用。
酒を飲みながら賭けをして、野蛮な戦いを安全な席から眺めているのだ。
「さて、今日の相手はどんな奴だ?」
オレが訳あって剣闘士になってから、一ヶ月が経っていた。
今のところ数人の剣闘士を戦って全勝だ。
普通の剣闘士では、賭けが成立しなくなってきた状況。
興業主もそろそろ志向を凝らしてくるであろう。
『この獅子剣王に対戦するは……』
道化の声と共に、対角線上の鉄の扉が開く。
中から出てきたのは巨漢の男。異常なまでに巨大な身体の戦士だ。
このオレよりも更に二回りは大きい。
『こちらも新進気鋭の新人、危険な戦士“西方蛮族の巨人”だ!』
なるほど、西方の部族の戦士か。
あの地域の民は、かなりの巨躯だと聞いたことがある。
それに今日の対戦相手は、かなりの猛者なのであろう。
ただの筋肉馬鹿ではなく、全身から強烈な闘気を発していた。
「ほほう。あの闘気のレベルの戦士がいるとは、闘技場は意外と侮れないな」
対戦相手を観察しながら思わず感心する。
あれほどの猛者は戦場でも滅多にお目にかかれない。
剣闘士に挑戦してから、今日は初めての強者との戦いになるであろう。
傭兵としての血が湧きたる。
『ついに両者が向かい合いました。それでは……はじめぇ!』
道化の宣誓と共に、銅鑼が響き渡る。
戦いが幕を上げたのだ。
「さて、楽しませてもらうぞ、“西方蛮族の巨人”とやら!」
強者との戦いは最高の時間。
オレは歓喜の声を上げながら、巨大な戦士に突撃していくのであった。
◇
その日の夜になる。
オレは所属する剣闘士団のテントで、酒を飲んでいた。
「さぁ、ルーオドに乾杯だ!」
「ルーオド万歳だな!」
剣闘士団の仲間が祝杯をあげてきた。
“ルーオド”は剣闘士団で名乗っている偽名。
剣闘士で本名を名乗る者は数少ないのだ。
「それにしても昼間は見事な戦いだったな!」
「ああ、さすがはルーオドだったな!」
もちろんオレは昼間の“西方蛮族の巨人”との戦いに勝利していた。
少しだけ手こずったが、結果的に圧勝したのだ。
「うぐっ……次やったら、オラ負けない」
酒宴の端で小さくなっている男がいた。
いや……小さくなっても巨大な身体の男だ。
「おい、“西方蛮族の巨人”……じゃなくて、名はタルカスだっけ? お前も、こっちで飲もうぜ!」
「そうだぜ、タルカス。せっかくルーオドの情けを受けて、買われてきたんだからよ!」
小さくなっている男は、昼間の対戦相手で名はタルカス。
本当なら試合後に殺されても、文句はない身。
だがオレが勝利した権利で、この戦士の身を買ってきたのだ。
「オラ、誰の言うことも聞かない。部族の誇りがある」
「タルカス、お前はかなりの猛者だった。オレが保証するから、酒を一緒に飲むぞ」
「うぐぐ……ルーオド。お前には助けてもらった恩、傷を治してもらった恩ある。わがった」
端にいたタルカスを、オレは酒の席に引っ張ってくる。
頑固な部分はあるが、人情に厚い一面もあるのであろう。
「じゃあ、改めて乾杯だぜ! この団の若きエースのルーオドの勝利と、新しい仲間のタルカスの加入を祝って!」
「「「乾杯!」」」
盛り上げ役の古株の音頭で、全員で杯をぶつけ合う。
加入してまだ一ヶ月ちょっとだが、ここは悪くない雰囲気の剣闘士団だ。
オレはタルカスの隣で酒を飲み直す。
「そういえばタルカス、酒は飲める歳か?」
「オラ十六の歳、酒は飲める。でも美味さ、よく分からない」
なるほど、まだ若い十六歳だったのか。
体格があまりにも立派なので、もう少し上に見えた。
大陸では十四歳から成人なので、酒も問題ないであろう。
二人で酒を飲みながら、昼間の戦いについて話していく。
「そういえば、ルーオド、なぜオラのこと助けた?」
闘技場の敗者の命の有無は、勝者が選択できる。
一般的には敗者は斬首した方が、観客は喜び、勝者は掛け金の配分を多く貰えるのだ。
「助けた理由は簡単だ。お前は未熟だったが、勇敢だった。だから助けた」
「オラが……?」
「ああ、そうだ。このオレ相手に最後まで決して諦めなかった男は、そうはいない。だから気に入った」
昼間の戦いは壮絶だった。
オレは何度もタルカスを吹き飛ばした。
だが、この男は何度も立ち上がってきた。
最終的に意識を失っても、タルカスは最後まで武器を手離さなかったのだ。
「オラが勇敢? ルーオドみたいな強い戦士に、認められた?」
タルカスは拳を握り、何やら呟いている。
もしかしたら強さに関して、何かコンプレックスがあるのであろうか。
「そういえばタルカスは、どうして剣闘士に? 奴隷剣闘士ではなさそうだが?」
剣闘士には大きく分けて二種類いる。
一つ目は戦争で負けて奴隷になり、無理やり剣闘士にされた者。
もう一つは自分の意思で、職業として剣闘士を選んだものだ。
タルカスは奴隷の入れ墨がなく、自分の意思で剣闘士になったのであろう。
「実はオラ、部族の中では臆病者だった、子どもの頃から身体は大きかった。でも臆病者、だから強くなりたくて、街に出てきた……」
なるほど、どういう理由か。
たしかにタルカスは気の弱いところがあった。
最初に武器をぶつけ合った瞬間に、オレは内面的な弱点を見抜いていたのだ。
「だが、今日のお前は最後まで勇敢だった……だろ?」
「そういえば……ルーオドと戦っている時、不思議な感じだった……まるで自分の弱さと戦っているような……」
「それがお前の弱さの根源であり、強さの根源だ」
タルカスと戦いながら、オレは対話をしていた。
言葉を交わす対話でなく、鋼と鉄を叩きつけ合い、肉体と拳をぶつけ合う戦士の対話を。
戦いながら、タルカスの戦士としての本当の力を引き出していたのだ。
「ルーオドのお蔭……ありがとう。オラ、もっと強くなる」
「お前は優れた素質があるが、未熟な部分がある。だから明日からオレが鍛えてやる」
「わがった!」
若い戦士との戦いは、時には素晴らしい収穫が多い。
タルカスとのこの出会いも、そんな素晴らしい得たものだった。
◇
それから月日が流れていく。
オレは相変わらず剣闘士として、戦いに明け暮れていた。
戦績はもちろん全勝無敗。
自分自身への賭け金で、かなりの借金を返済していた。
「ルーオド、いくど!」
「ああ、こいタルカス!」
そんな中、新しい弟子タルカスへの稽古は続いていた。
試合のない日は常に剣を交え、タルカスを鍛えていたのだ。
「ルーオド、さっきの試合、見でだか? オラ、勝ったど!」
お蔭でタルカスは順調に成長。
闘技場でも勝ち星を重ねていった。
最初は力押ししか出来なかった若者が、戦士として大きく成長していたのだ。
そんな好調が続く、ある日の夜。
いつものように酒を飲んでいると、タルカスが神妙な顔で相談してきた。
「ルーオド、聞いでくれ。今度オラ、ビッグマッチに挑戦する!」
「ビッグマッチだと?」
ルーダの闘技場には、ビッグマッチというシステムがある。
自分よりも格上に挑むことによって、巨大な名声を得る可能性があるのだ。
「危険な戦いになるかもしれないぞ?」
たしかにタルカスは力をつけてきた。
普通の剣闘士が相手では負けることはない。
だが格上には危険な相手が多い。
力だけではどうにもならないのだ。
「わがってる。でも挑戦する、オラ!」
「だが、タルカス、危険な相手が出てくる可能性も……」
「ルーオドよりも危険な相手いない。オラ、ルーオドを鍛錬してきた。だからオラ大丈夫!」
なんと、そう反論してきたか。
「はっはっは……タルカスに一本とられたな、ルーオド!」
「だな! タルカスの言う通りだぜ! やらせてやろうぜ!」
剣闘士仲間が酒を飲みながら、茶化してくる。
まったく、こいつらときたら。
「とりあえず二対二の方式で申し込んでおけ」
だがタルカスの言い分も一理あった。
ビッグマッチを条件付きで許してやる。
仲間と戦う方式なら問題だろう。
「それって、つまり……」
「ああ、オレがついてやる」
「わがった! ありがと、ルーオド!」
嬉しさのあまり、興奮してタルカスが抱きついてくる。
巨木すら抱き潰す怪力なので、危険な抱擁だ。
だが、何とも言えない可愛さがある。
まるで身体の大きいな弟みたいな奴だ。
◇
それから数日が経つ。
ビッグマッチの当日となった。
オレはタルカスと見慣れた鉄の扉の前に立つ。
「いよいよだ……」
「そう、緊張するな、タルカス。緊張は動きを鈍らせる。頭は常に冷静にだ」
「わがった、ルーオド!」
今日の対戦相手は、これから道化から発表される。
格上の相手だろうが、今のタルカスなら大丈夫であろう。
凄腕の剣闘士でも、一対一なら決して負けないはず。
オレは片方を受け持てば、負けることはないだろう。
『それでは今日のメーンイベントの時間でございます!』
闘技場にいつもの道化の声が鳴り響く。
目の前の扉がゆっくりと開く。
「さて、いくぞ」
「わがった!」
タルカスと前に進んでいき、闘技場の中央へと向かう。
「「「獅子剣王! 獅子剣王! 獅子剣王!」」」
「「「巨人王! 巨人王!」」」
今日はいつにもまして超満員。
興奮した観客から名前が連呼される。
手拍子と足踏みで、闘技場は地震のように揺れていた。
ちなみに連勝を重ねているうちに、タルカスは“巨人王”と名誉の名で呼ばれるようになっていたのだ。
『対戦するは……』
道化の声と共に、対角線上の扉がゆっくりと開いていく。
さて、今日の相手はどんな剣闘士であろうか。
「ん? これは……まさか?」
その時である。鉄格子の向こうに、嫌な気配を感じた。
「バカな……あれは?」
対戦相手が姿を現し、思わず声を上げる。
「魔獣だと」
中から出てきたのは巨大な獣。
禍々しい瘴気を発した魔獣だった。
『なんと対戦者は、南部地方からやってきた“死の魔獣使い”が操る“黒大熊”の魔獣だぁぁ!』
道化は大げさに驚きながら、対戦相手をアナウンスする。
なるほど、魔獣使いか。
普通の剣闘士では賭けが成立しないから、別の街から呼び寄せたのであろう。
(“黒大熊”か……)
強さ的には中位に属する魔獣だが、かなり厄介な相手だ。
鉄のように硬い体毛で、普通の武器は通じない。
攻撃力も高く、鉄の盾すら紙のように爪で切り裂くのだ。
(今のタルカスですら五分五分といったところか……)
蛮族スタイルのタルカスは防具がなく、武器は両手斧だけ。
魔獣である黒大熊が相手だと、相性が悪いのだ。
『そして、なんと! 今回は更にパワーアップ! 黒大熊があと二匹追加されますぅ!』
道化の紹介と共に、更に二匹の黒大熊が登場する。
合計で三匹の魔獣が、闘技場に現れたのだ。
「二対三だと? バカな⁉ くっ……ハメられたな、オレたち」
まさかの状況に思わず毒づく。
おそらく今回の試合は興業主に仕組まれたもの。
今までオレたちが勝ちすぎて、興業主の儲けが激減したのであろう。
「「「黒大熊! 黒大熊! 黒大熊!」」」
まさかの魔獣の大量出現に、観客席は興奮の坩堝と化す。
掛け金を更に追加して、オッズは大きく変化していく。
まさに興業主が予想した状況になったのだ。
「ル、ルーオド……どうしよう……」
まさかの対戦相手に、タルカスは足がすくんでいた。
「お前、黒大熊と……もしくは魔獣と戦ったことは?」
「オラない……それに部族の強い戦士も、黒大熊に何人も殺された……」
なるほど、足がすくんでいる理由はそれか。
故郷の顔見知りが殺されて、若干のトラウマになっているのであろう。
「自信をもて、タルカス! 強くなった今のお前なら、黒大熊の一匹なら必ず仕留められる! だからオレを信じて、そして戦士である自分に自信を持て!」
怖気づいていたタルカスの背中に叩き、激を注入する。
戦いに大事なのは、自分に自信を持つことなのだ。
「わ、わがった……オラ、自分を信じる!」
タルカスの顔に自信が戻ってきた。
こうなったら確率的には五分五分から、更に上昇するであろう。
必ずタルカスは勝利するはずだ。
◇
◇
このビッグマッチにオレたちは無事に勝利した。
その後、借金を返済したオレは、剣闘士を辞めて傭兵に戻る。
タルカスとはその後に再会。
オードル傭兵団の一員になり、数々の武功を上げていく。
最終的には三番隊の大隊長まで登りつめた、オードル傭兵団屈指のパワー戦士だ。
◇
「ここから先、通さない」
そんな戦士が今、オレの前に立ちはだかる。
(タルカスか……久しぶりだな)
現役時代のオレと唯一、パワーで互角だった大隊長タルカスと、戦うことになった。




