第118話:王都に帰還
空中遺跡での魔女との激戦から、日が経つ。
大事な家族であるマリアとニースを助け出し、オレたち一家は王都に戻ってきた。
「おお、オードル! よくぞ無事に! 全員無事か?」
王都の我が家への帰宅。
大家のダジルが喜びを爆発させ、駆けつけてきた。
「心配かけたな、ダジル。見ての通りみんな元気だ」
オードル一家は誰一人欠けることなく、全員無事に帰還。
今もオレの後ろにいる。
特に後遺症もなく、すっかり回復して満面の笑顔のマリア。
あの後に無事に助け出したニースは、少しだけ微笑んでいる。
帰路から、ずっと元気なエリザベス。
優しく微笑んでいるリリィ。
あとフェンは、相変わらず腹が減ったとマイペース。
とにかく家族全員、元気に王都の我が家に帰宅していたのだ。
「それはよかった……本当に、全員無事のようじゃのう。ところで、そっちの学者と騎士は、お前さんの仲間か?」
「ああ、そうだ」
ダジルが視線を移した先にいたのは、賢人リッチモンドと細身剣の使い手ピエール。
空中遺跡を脱出した後、二人も一緒に同行してきたのだ。
ちなみに残る一人のロキは、今は帝国の首都“帝都”にいる。
オレが書いた手紙を、ガル皇帝に渡してもらうため。
大陸でも有数の隠密衆のロキながら、確実にガル皇帝に直接渡しているだろう。
「さて、積もる話は後だ。まずは馬車から荷物を下して、片づけをしていくぞ」
「オードル様、片付けは私たちに任せて。先に用事を済ませてくださ」
「それは助かる。頼んだぞ」
オレはこれから向かうところがある。
リリィたちに片づけを任せておくにした。
「よし、まずは公爵邸に向かうぞ」
最初に向かうはレイモンド公爵家の王都の屋敷。
公爵に今回の報告をするため、エリザベスを引き連れて向かう。
◇
「わざわざ来て頂いたのに、本当に申し訳ございません……」
だが公爵邸に、レイモンド公は不在であった。
執事の話で王城の執務室にいるという。
バーモンド領への戦から帰還してから、ずっと仕事に励んでいるらしい。
「そうか。それなら王城に向かうぞ」
進路を変更。
オレたちは王城に向かう。
エリザベスとレイモンド家の案内者がいたので、すんなり城の中には入れた。
執務室にいるレイモンド公を訪ねていく。
「おおお、エリザベス⁉ 無事で帰ってくれたのか⁉ 本当によかった!」
エリザベスの帰還にレイモンド公は大喜び。
実の娘と抱き合い、感動の涙を流していた。
「オードル殿、この度は本当にありがとうございました……娘を約束通りに、無事に連れて帰ってくれて……」
「約束だったからな。それよりも、やけに忙しそうだな?」
レイモンド公は大貴族だが、王城ではそれほど重要な役職には就いていなかった。
だが今、公爵の机は書類の山に埋もれている。
明らかに公務が急増しているのだ。
「実は兄上が、国王を退位してしまって、それで私の仕事が増えたのです」
「なんだと、あの国王が退位を?」
「はい。先日の古代の塔の戦の後から、おかしくなってしまって……ここだけの話ですが、連夜……『戦鬼オードルの怨霊がワシを殺しにくる……』と叫び狂うようになってしまい、自室に引き籠ってしまったのです。だから今は私が国王の代理の政務を」
「なるほど。あの後か……」
古代の塔の戦い。
激突寸前な王国軍と帝国軍を止めるため、オレは一芝居打った。
“怨霊となった戦鬼オードル”として、塔を一刀両断。
その姿を見た国王は、トラウマを抱えてしまったのだ。
「そうか。それは申し訳ないことをしたな」
「気になさらないで下さい、オードル殿。兄上のことは自業自得。それに退位してから兄上は、前よりも自由に生活しております」
客観的に見て、ルイ前国王は一国の長として、能力が足りなかった。
お蔭で今まで、色んなトラブルを引き起こしてきた。
退位した方が兄は幸せになる……実の弟のレイモンド公が言うのだから、今のルイ前国王は幸せなのであろう。
「それに兄上が退位したお蔭で、この王国も運が向いてきております」
「運だと?」
「はい。最大の変化は隣国との友好の回復です。一番大きいのは帝国との停戦協定の締結。まさか和平条約も含めて、あの帝国から使者が来るとは、私も思ってもみませんでした……」
遺跡の塔の崩壊事件の直後。
ガル皇帝の勅使が王都に来たという。
勅使から提案されたのは、即時の休戦協定の提案。
加えて和平条約の締結の提案だったという。
しかも帝国側からは膨大な金額の見舞金が来たというのだ。
「それで受けたのか?」
「はい! こちら側としても、願ってもない好条件でしたので」
王国と帝国が和平条約を結んだ。
これで大陸はしばらく平和が続くであろう。
国民の暮らしも回復して安定していくのだ。
「そういえ勅使は何も答えてくれませんでしたが、オードル殿が蔭で動いていたのですね、この件は?」
「さて、どうだったかな」
はぐらかしたが今回の和平の件は、間違いなくオレたちの影響がある。
リッチモンドがガル皇帝を説得したことが一番。
学友の命がけの説得を聞き入れて、皇帝は今回の和平への道を進めたのであろう。
それにしても、オレたちが帰還するよりも早く勅使を送るとは……ガルは決断が早い男だ。
「あとバーモンド領の復興も、帝国からの見舞金で早急に進めていきます」
「そうか。それは良かった」
今回の帝国軍の侵攻で、直接的な被害を受けたのはバーモンド伯爵領。
だが見舞金の額を考えたら、復興は一気に進んでいくだろう。
「あと余談ですが、報告によれば、バーモンド領内の一般市民の死傷者の数は、普通の戦では考えられないほど少なかったようです」
「そうか。不幸中の幸いだな」
これにも覚えがあった。
今回の戦、帝国軍の先方隊はオードル傭兵団……つまりオレの元部下たちだ。
(アイツ等、昔の決まりを、今も続けて守っていやがったな……)
オレが団長として率いていた時、規則で無用な殺生を禁じていた。
一般市民の殺害はもちろん、敵領地の略奪も禁止。
傭兵団ではあり得ない、厳しい規律で行動していた。
だからバーモンド領に攻め込んだオードル傭兵団も、略奪や虐殺をしていなかったのだ。
元指揮官として嬉しくもある。
「なるほど、王国の国内ことはだいたい分かった。しばらくは国民も安定して暮らせそうだな」
レイモンド公から報告を聞いて実感する。
王国は平和になったことを。
二大国家である王国と帝国が手を結んだので、隣国でもしばらく戦争も起こらないであろう。
また才能あるレイモンド公が国王代理を務めたなら、国内の経済も安定していく。
その証拠にダジルに軽く聞いた話では、王都内の商人は早くも活発に活動し始めているという。
長年の敵国だった帝国との交易開設。
流通に革命的が起きたのだ。
ここ二年間……オレが姿を消した後から、不景気だった王国に、明るい兆しが見えてきたのだ。
「公には私は感謝を述べられません。ですが個人としては本当に感謝しております、オードル殿。この国を窮地から救っていただき、本当にありがとうございました!」
「さて、何のことか……オレに分からない。だが、言葉だけは受け取っておこう」
表向きオレは死んだ身。
今回の功績は、全て闇に潜ませるのが良策なのだ。
「あっ、そういえばオードル殿。最後に一つだけ大きな問題がありました!」
レイモンド公は思い出したように、手をポンと鳴らす。
やけに芝居がかっており、何やら嫌な予感しかない。
「私はあくまでも国王代理。つまり、この国の新しい国王を決めなくてはいけません! そこで私からの提案ですが、是非とも! 我が娘エリザベスの婚約者である」
「断る」
やはりその話題か。
即座に断る。
「そもそも、オレ演じていた、イシュタル公国のルーオド・イシュタル皇子など実在しない」
先日の宮殿のパーティーでオレは偽名を使い、エリザベスの婚約者の役を演じていた。
「それに実在していたとしても、今回の事件の後に、どこかに消えてしまったのさ。なぁ、そうだろう、エリザベス?」
「そうね。ルーオド・イシュタルもカッコよかったけど、私にとってオードが一番……だから」
「……という訳だ、レイモンド公。オレのことは諦めてくれ」
王族の親戚はエリザベスの他にもいる。
継承権に拘りさえしなければ、優れた王族もいるはず。
レイモンド公の後釜には、そいつに王国を引っ張ってもらうのが吉だ。
「かしこまりました。ですがオードル殿、私には見えます……何年か経った後に、オードル殿が王冠を手にする光景が……」
レイモンド公は諦めていなかった。
諦めが悪く、こうして突っ走るところは、娘のエリザベスによく似ている。
流石は実の親子といったところだ。
「あっ、最後のもう一つだけ。そういえば“巫女の予言”が当たっておりましたな」
「巫女の予言だと?」
「はい。実は一年前のルーダ砦以降、悪夢にうなされていた兄上が、聖女見習いの巫女を頼ったのです。その時のお告げがこうでした。『北から来た者が国王を救う。その者は頼もしき救世主……それに従うは小さき賢者……そして強き女戦士と、巡礼の少女……あと、白銀の神獣と神馬』……と。今思うと、オードル一家と一致しております」
“北からの救世主”か……そういえば、この言葉に聞き覚えがあった。
たしか王国の騎士団長から受けた捜索依頼。
結局は見つからず有耶無耶になった依頼だった。
占いの真偽はどうであれ、まさか探していた人物が、オレ自身だったとは。
どうりで王都中を探しても見つからないはずだ。
まぁ、神を頼った占いなど所詮は、その程度の結末なのであろう。
「さて、報告も終わったところで、オレたちは帰るぞ」
「かしこまりました。ところでオードル殿の今後の王都での予定は?」
王都での予定か。
そういえばまだ決めていなかったな。
「とりあえずは上位学園も再開したから、娘の卒業までは王都にいる。その間は、前と同じように普通に生活していく」
王都に滞在する目的は、マリアの勉強のため。
そのために帝国軍を追い払い、魔女を倒したと言っても過言ではない。
「そう答えると思っていました。また何かあったら使いを出します」
「そうだな。困った時は何でも言え。王冠の話以外でな」
レイモンド公と別れの挨拶をする。
しばらく同じ王都に住んでいるのだから、永遠の別れではない。
また何かトラブルがあったら声がかかるのであろう。
こうして用事を済ませて、オレたちは下町の我が家へと帰宅するのであった。
◇
「パパ、おかえりなさい!」
帰宅すると、マリアが笑顔で出迎えてくれる。
片付けもリリィとピエールたちと協力して頑張っていた。
「さて、オレも片づけをするぞ」
家族総出で荷物を片付け始める。
客人であるリッチモンドは、空いている部屋に数日寝泊りする予定。
その後はどうするか本人次第だ。
「……さて、片付けも、こんなところか?」
オレは一人で自室の片付けを終える。
あまり荷物は持ち歩いていないか、あっとう間に終わってしまう。
さて、時間もあることだし、他の部屋の片付けでも、手伝いにいくか。
(……ん?)
その時であった。
部屋の家具の死角……そこに微かな気配を感じる。
(ほほう……これは…、大した隠密術だな)
オレですら微かに感じた、気配の消し方。
潜入者の高い技術に、思わず感心する。
そして、この独特の技術に覚えがあった。
死角の先に視線を移す。
「やはり、お前か?」
「久しぶりね」
死角から姿を現したのは、黒い髪の女。
彼女は“黒髪の魔女”と呼ばれていた、肉体の持ち主。
そしてマリアの“生みの親”だった者だ。