第117話:家族の声
マリアとニースを助け出すために、ついに黒髪の魔女を打ち倒すことに成功。
だが魔女によって、マリアの身体が乗っ取られてしまった。
大事な娘を傷つけず、助け出す……そのためのオレは全ての武装解除。
マリアに向かってゆっくりと歩き出す。
「オードルさん! 自殺行為です!」
傷つき動けないガラハッドが、必死に制止してきた。
『武装解除ですって⁉ とうとう頭が壊れたのね!』
何故なら魔女が黙って見逃してくれるはずはない。
攻撃を仕掛けてきた。
『死ねぇ、戦鬼ぃいい!』
先ほどの漆黒の爆炎で、再び攻撃を仕掛けてくる。
今度は広範囲の攻撃ではない。
オレだけに攻撃を絞った、威力重視の爆炎だ。
ゴォオオ!
先ほど以上の黒炎攻撃が、オレの全身を襲う。
「ぐっ……」
オレは思わず声を漏らしてしまう。
漆黒の爆炎の攻撃はかなりのもの。
しかも先ほどとは違い、大剣や防具で防御もできない。
「ふう……これは、マズイかもな……」
思わず弱気な声を漏らしてしまう。
かなりの激痛が全身に走り、手足がちぎれそうだ。
《……パパ……痛いよ……パパ……痛いよ……》
「ああ……そうだったな……」
だがオレは歩みを止めない。
何故なら小さなマリアは、この何倍もの激痛に苦しんでいる。
「マリア……待っていろ。パパが今すぐ助けにいくからな!」
だから大人のオレが、こんな爆炎ごときに怯んでいる暇はない。
呼吸を整えて、再度ゆっくり進んでいく。
『これで死なないとは……しぶといわよ、戦鬼!』
歩みを止めないオレに対して、魔女は声を荒げる。
漆黒の爆炎に加えて、漆黒の槍を同時召喚。
『これで消えなさいぃいい!』
爆炎と漆黒の槍の同時攻撃
地獄の業火のような攻撃を加えてきた。
「ぐふっ……」
凄まじい状撃だった。
全身に激痛が走り、意識も飛びそうになった。
《……パパ……痛いよ……》
「大丈夫だ……マリア。パパはこのくらいでは負けない。だから安心して待っていろ!」
だが幼いマリアですら、地獄の痛みに耐えて戦っている。
この程度の攻撃など屁でもない。
全身から血を流しながら、オレは更に近づいていく。
『くっ⁉ まさか、まだ生きている⁉ でも、これならぁあああ!』
追い詰められた魔女は、新たなる術を形成。
漆黒の巨大な鳥が召喚する。
『これは古代の神族すら滅ぼした一撃! これでお終いよ、戦鬼ぃい!』
魔女は最大の術を放ってきた。
漆黒の鳥はオレに突撃、そのまま巨大な爆炎の柱を上げて爆発。
空洞の天井にすら大きな風穴を開ける。
これが古代の神族すら滅ぼした一撃か……。
本当に人智を超えた凄まじい攻撃だった。
「ふう……奥の手は今ので終わりか、魔女?」
だがオレは倒れなかった。
全身が雑巾のようにボロボロになりながら、必死で耐えていたのだ。
《……パパ……》
「マリア、大丈夫だ。すぐに助けてやるぞ」
今のオレは肉体的にはすでに限界を越えていた。
だが心だけは折れていない。
精神力だけ立っていた。
大事な娘との約束を守るために。
「いつも言っているだろう。パパは世界最強だってな」
だから今のオレは倒れる訳にはいかないのだ。
大事なマリアの自由を取り戻すため。
たとえ肉体が焼き落ちようとも、歩みを止める訳にはいかないのだ。
『ひっ⁉ そんな……バカな……』
魔女は後ずさりする。
恐怖しているのだ。
自分の最大級の攻撃を受けて、相手はまだ倒れない。
古代の神族すら超える耐久力の男……戦鬼の歩みに本能で恐怖していた。
『くっ……こ、こうなったら、この身体を……マリアの身体ぉおお!』
追い詰められた魔女は、漆黒の短剣を召喚。
マリアの身体に危害を加えようとしていた。
「マリア!」
オレは思わず叫んでしまう。
まさかの魔女の凶行。
早く止めないと!
「くっ……足が……」
だが満身創痍のオレは、駆け出すことすら出来ない。
まずい……このままではマリアの身体が。
「マリア様! 負けないでください!」
その時であった。
後ろから少女の声……リリィの叫びが響き渡る。
「マリア様、絶対に屈してはいけません! 貴女は、あのオードル様の娘……心を強く持って、魔女の呪縛に打ち勝つのです!」
リリィは声の限り叫んでいた。
満身創痍の身体を起こしながら、大事な妹……マリアを励ます。
「私は知っています。マリア様が誰よりも強い心を持っていることを……だから負けないでください!」
リリィの声には強い力が宿っていた。
それは聖女としての力ではない。
これまで一緒に暮らしてきた“家族”としての声。
妹マリアを案ずる、姉リリィとしての言葉であった。
《リリィ……お姉ちゃん……》
応えるように、マリアの心の声が聞こえてきた。
同時に召喚した短剣が消失する。
『くっ⁉ なんだ、こえは⁉ 小癪なぁあああ!』
だが魔女も負けてはいない。
今度は漆黒の槍を召喚。
矛先を自らに向ける。
「マリアちゃん! ボクだ、リッチモンドだ! その反応から推測するに、ボクたちの声が聞こえているんだろう⁉」
次に声を上げたのはリッチモンド。
普段は決して声を荒げない賢人が、片膝をつきながら叫ぶ。
「よく聞くんだ、マリアちゃん、人の中には魂が……心がある。それを強く保つんだ!」
リッチモンドはルーダの学園時代、生徒であるマリアに教鞭をとっていた。
「これまで学んできたことを思い出すんだ! オードルの娘のマリアとして自我を、今こそ強く心に持つんだ!」
リッチモンドが誰よりもマリアの才能を買っていた。
それは勉強が出来る生徒……だったからではい。
誰よりも強い意志で勉学に励んでいたマリアのことを、一人の人物として信じていたのだ。
《リッチモンド……先生……》
またマリアの心の声が聞こえてきた。
直後、召喚した漆黒の槍は消滅する。
まるでマリアの意思によって消されたように。
『くっ⁉ バカな⁉ 術が発動しないだと⁉』
明らかに魔女は動揺していた。
まさか幼い小娘の意思に、自分が押されると思ってはいなかったのだ。
『それなら!』
追い詰められた魔女は、更なる奇行に走る。
先ほど黒髪の女が落とした、鋭いナイフを拾う。
物理的に自分の身体を、ナイフで突き刺そうとする。
「マリア! 何やっているのよ! あなた、それでも私の妹なの⁉」
その時、金髪の少女……エリザベスの声が響き渡る。
「それに、どうして、そんな苦しそうな顔をしているのよ……いつもの、マリアの……私の大好きな妹の笑顔はどこにいったの?」
満身創痍な身体を剣で起こしながら、エリザベスは叫ぶ。
大好きな妹を守る姉として。
「早く戻ってくるのよ、マリア……そして、前と同じように、みんなで一緒ご飯を作って、楽しく食べて……その日あった楽しいことや悲しいことを話して……また家族みんなで笑い合うのよ、マリア!」
『ワン! ワン! ワン!』
エリザベスの魂の叫びに、フェンも続く。
大事な家族であるマリアのために、家族全員が自分の想いをマリアに叫ぶ。
《エリザベスお姉ちゃん……フェン……》
魔女の動きが止まる。
凶刃のナイフをポトリと落とす。
「み、みんな……」
そして魔女の口から“マリアの声”が発せられる。
まだか弱い声。
だが、聞き間違う筈はない。
これまマリアの本当の声。
マリアは自分の意識で、自分の取り戻そうとしていたのだ。
『バ、バカな⁉ たかが小娘が、この私の意思を乗り越えるだと⁉ そんなことあるはずもない⁉』
魔女はさらに魔力を高める。
抵抗してきたマリアの意識を、凄まじい力で押し潰そうとする。
「わ、私は……『たかが小娘』じゃない……パパの娘……マリアなんだから!」
マリアは叫ぶ。
一つの小さな身体の中で、二つの意識。
魔女に負けないと、マリアは必死で戦っているのだ。
『な、何だと⁉ こうなったら魔力を膨張させて』
「そこまでだ、魔女」
暴走しようとした魔女を……マリアの腕を制する。
『ひっ⁉ いつの間に⁉』
魔女とマリアとの戦いの隙。
オレは魔女の次元の壁の内側に、歩み寄っていたのだ。
「そして、あいつらが……オレの家族と仲間が、時間を稼いでくれていた間に、だ」
リリィたちの叫びによって、魔女の意識は奪われていた。
その隙を狙って、満身創痍のオレは敵意を消し、ここまで接近していたのだ。
「観念しろ……はぁああ……」
次元の壁の内側に入ったら、もう手加減は不要。
オレは闘気を高めていく。
『ま、待て、戦鬼⁉ そうだ、取引をしよう! 古代文明の財宝の在りかを教えてあげるわ!』
「興味ない。観念しろ」
闘気を込めた右手で、ネックレスに握る。
かなり強固な魔道具。
だが今のオレに破壊できないモノは、この世には存在しない。
『そ、それなら永遠の命を得る方法も、お前だけに教えてあげるわ!』
「さらばだ……名も無き魔女よ」
闘気を込めて、ネックレスを握りつぶす。
『な…………』
微かに何かが散っていく。
おそらくネックレスに封じてあった、魔女の魂が消滅したのであろう。
「うっ……」
直後、魔女が……いや、マリアの身体の力が抜ける。
「大丈夫か、マリア?」
すかさず抱きかかえて助ける。
真っ青な顔の娘に、優しく呼びかける。
「んっ…………パ、パパ? 本物のパパ? 夢じゃなくて……?」
「ああ、そうだ。本物のパパだ」
マリアは虚ろな瞳で訊ねてきた。
先ほどの魔女との激しい意識の戦い。
まだ朦朧としているのであろう。
「よく、頑張ったな、マリア。おかえり」
「うん……ありがとう、パパ。ただいま」
こうして無事にマリア……娘を助け出すことに成功したのであった。




