第107話:地下遺跡
リリィの聖女の力で、マリアとニースの居場所が分かった。
「二人はあの塔の地下に向かって、そこからどこかに向かっています。地下に行けば、更に行方が分かると思います、オードル様」
全壊した塔の下に、何かがあるのであろう。
とにかく急いで後を追う必要がある。
装備を整えて、オレは救出に向かうことにした。
念のために、皆は塔の周りで待機。
怪我の回復に専念してもらいながら、周囲の警戒をしてもらう。
オレはリッチモンドと共に、塔の残骸を調べていく。
リリィの話なら、どこかに地下への入り口があるのであろう。
「あった! ここが怪しいぞ、オードル!」
リッチモンドが地下への入り口を発見してくれた。
巧妙に隠されていた石造りの扉。
流石は古代文明の研究の第一人者だ。
「でも、あの崩壊でもヒビ一つもはいっていないなんて……この扉は開けるのは難儀かもしれないね……」
扉を調査しながら、リッチモンドは眉をひそめている。
おそらく塔を形成していた壁より、更に強固な素材なのであろう。
攻城兵器でも破壊は難しそうだ。
魔女は何らかの方法を、ここを開けていったのだろう。
早く後を追わなければ。
「これくらいなら問題ない。穴を空けるぞ。どいていろ、リッチモンド」
「えっ? ああ、たのんだ」
「はぁああ……斬!」
オレは愛剣の斬撃で、分厚い扉を吹き飛ばす。
予想通り、かなり強固。
だが早くマリアたちを助け出したい。
今のオレを遮ることは出来ない。
「さすがオードルだね。さて、ボクの読みでは、地下に古代の何か装置あるはず……」
「そうか。リリィ、一緒に来てくれ」
「はい、かしこまりました」
地下に降りるのは、リッチモンドとリリィを加えた三人。
エリザベスとフェン、ピエールとロキは入り口周囲で待機だ。
「さぁ、いくぞ」
松明を付けて、三人で地下への階段を降りていく。
階段はそれほど広くはない。
おそらくは秘密の通路なのであろう。
魔女やマリアたちの気配は感じられない。
おそらく更に先に進んでしまったのであろう。
「二人とも、足元に気をつけろ」
薄暗い階段。
何があるか予想も出来ない。
オレが先頭になって、慎重に進んでいく。
「オードル様、この感じだと、特に危険はないと思います」
リリィが不思議な力、行く先を見据えてくれた。
おそらく聖女と力が、まだ発動しているのであろう。
「そうか。とにかく慎重にいくぞ」
聖女の力が発動しているのは、かなり便利。
古代の罠があっても、感知できるであろう。
階段を更に進んで行く。
かなり下まで降りてきた。
「ここか?」
降りた場所に、新たな扉があった。
他に通路はない。
おそらくこの先に正解なのであろう。
「念のためにオレが開ける」
地下の扉を慎重に開ける。
特に鍵はかかっておらず、罠も仕掛けられている気配もない。
リリィの力でも問題はないという。
扉を開けて部屋に入る。
すると驚いたことが起きた。
ゆっくりと明かりが灯ったのだ。
「おお、これは⁉ 明るくなった⁉」
「古代文明の光か、リッチモンド?」
「そうだね、オードル。何かの文献で見たことある! でも、これはどういう仕組みなんだろう?」
部屋が明るくなったのは、古代の照明がついたからだ。
昼間のよう明るさで、部屋の中がよく見える。
それほど大きくない部屋だ。
中央に見たこともないような装置が置かれている。
他の部屋への通路は、どうやら無さそうだ。
「オードル様、この装置からマリア様とニース様の気配を感じます。二人はここから……更に上に移動した感じがします」
「上だと? 地上のどこか行ったのか?」
リリィが二人の痕跡を感じている。
だが上に登る、別の隠し階段など見つからない。
どうやって更に上に移動したのか?
「いえ、地上のどこかではありません。信じられませんが二人は今、“空の上”にいます」
「なんだと、空の上だと⁉」
さすがのオレも驚いて聞き返す。
何しろ人は鳥のように空を飛べない。
いや……もしかしたら魔女に、そんな力があるのかもしれない。
だが、だったら、どうして地下を経由する必要があったのだ?
「オードル、わかったよ! もしかしたら、これが天空に移動する装置なのかもしれない⁉」
装置を調べていたリッチモンドが、何かに気がつく。
「天空に移動する装置だと?」
「古代文献で見たことがあるんだけど、古代には天空にも遺跡を浮べていたんだ! たしか“天空遺跡”と書いてあったような……キミには信じられないと思うけど! この装置の説明によると、そこに移動するための装置かもしれないよ、これは! これは凄い! 大発見かもしれない!」
装置の古代文字を解読しながら、リッチモンドは大興奮していた。
天空に島を浮べていて、移動するための装置が実在している。
まるで夢やおとぎ話のようだが、今はリッチモンドの知識が頼みだ。
「そうか。それなら魔女を追って、オレたちも移動することは出来そうか?」
「おっと、そうだったね。興奮しすぎてすまない。少し待っていてね……」
リッチモンドは我に返る。
古代文字を解読しなら、装置を調べていく。
これまで研究してきた全ての知識を総動員。
未知なる装置の解明に挑んでいた。
「なるほど……だいたい分かったよ、オードル! この装置はまだ生きている。だから行けるよ! 天空のある遺跡に!」
さすがはリッチモンドだった。
短時間で装置の解明を終わらせてしまう。
先ほどよりも大興奮して、早くも装置を起動させようとする。
「動かすのは、まだ待て。上の皆に伝えてくる。その間、この装置の準備をしておいてくれ」
「そうだね、オードル! 了解! こっちの準備は任せておいて」
リリィの力によると、天空遺跡にはマリアとニースがいる。
つまり魔女も。
おそらく大いなる危険が、待ちかまえているであろう。
間違いなく最大の危険が。
戦鬼としての勘が、そう教えてくれているのだ。
オレが天空遺跡に向かう前。
最後の別れを、エリザベスたちに告げなくてはならないのだ。
◇
リッチモンドに装置の準備を任せる。
オレはリリィと上の入り口まで戻った。
「下で古代の装置を発見した……」
皆に装置のことを説明していく。
マリアとニースが、天空にある古代遺跡に連れ去られたと。
装置を使えば、今でも天空遺跡に移動できると。
そして救出のために、オレ一人で天空遺跡の向かうと。
「『一人で行く』ですって⁉ 何を言っているの、オードル⁉ 私も行くに決まっているでしょう⁉」
「オードル様、微力ながら私も同行いたします」
『ワン!』
エリザベスとリリィ、フェンは即座に答える。
自分たちも付いていくと。
話を聞き終わると、すでに出発の準備を始める。
彼女たちも天空遺跡に向かうつもりなのだ。
「おい、待て! 魔女の恐ろしさは、お前たちも肌で感じたんだろう? それに三人とも、その身体では無理だ!」
逸る気持ちの三人を制止する。
何しろエリザベスとフェンは、先ほどの魔女のダメージが残っている。
リリィも聖女としての力を酷使して、かなり心身ともに疲労している。
無理は絶対にさせられない。
「こんな傷……誘拐されて不安なマリアとニース……大事な妹たちに比べたら、何ともないわ!」
「私も大丈夫です。マリア様とニース様は大事な家族……必ず助け出します」
『ワン! ワン!』
三人とも意思は固かった。
マリアとニース……大事な妹たちを助け出すために、覚悟を決めていたのだ。
こうなった彼女たちは梃子でも動かない。
家長あるオレは誰よりも知っていた。
「わかった。だが無理は絶対にするな。それから上に行ったら、オレの命令は守るんだぞ!」
仕方がない。
三人の同行を許可する。
たしかに魔女との戦いでは、戦力にならないかもしれない。
だが三人が後ろに控えてくれているだけで、オレも専念して前を向けるのだ。
「アニキ、それならオレっちたちも……」
「団長殿……」
「さすがにその身体では無理。お前たちは、この地下の入り口を守っていてくれ」
ロキとピエールの同行は却下する。
歩けるまで回復してきたが、ロキとピエールの傷は深い。
その代わり無防備になる入り口の警護を指示する。
「それなら了解っす、アニキ!」
「この命に代えても!」
二人は快く引き受けてくれた。
正直なところ大隊長の二人が、脱落することは大幅な戦力ダウン。
だが地上に帰還するためには、誰かが帰り道を守る必要がある。
その点では最適な二人の配置だ。
「それでは地下に向かうぞ」
エリザベスとリリィ、フェンの準備が終わる。
三人を引き連れて、再び地下への階段を降りていく。
「アニキ! 天空遺跡のお土産、楽しみに待っているっす!」
「団長殿、ご武運を!」
こうして頼もしい二人に見送られながら、オレたちは転移装置へと向かうのであった。
◇
地下の部屋に到着する。
転移の装置が先ほどとは違い、青白い光を発していた。
リッチモンドが起動の準備をしていたのだ。
「オードル、こっちは準備できたよ! いつでもいける!」
起動が成功して、リッチモンドは更に興奮していた。
過去最高のハイテンションだ。
「皆にも説明をしておくと、装置のこの円の中に入った者を、上の遺跡に転移する仕組みなんだ! さっき試しにボクの荷物で実験してみた。凄いことにちゃんと消えて転移したんだ!」
リッチモンドは気が早いことに、既に転移の実験まで終えていた。
だが実験してくれたことは有りがたい。
これで安心して追いかけられる。
「これが転移装置。なんか面白そうね?」
「この先に……マリア様とニース様を更に感じます」
『ワン!』
エリザベスたちは初めて見る装置に、それぞれの反応。
特にリリィの聖女としての直感は有りがたい。
これなら天空遺跡まで無事に転移できるであろう。
「さて、最終確認をしてから、移動を開始するぞ」
転移開始までに全員の確認をしていく。
装備はもちろん、各自の状態もオレが確認する。
(傷は塞がっているが、エリザベスとフェンは戦力には数えられないな……)
二人を確認しながら認識する。
表向きは二人とも、元気を装っている。
だが魔女から受けたダメージは、まだ残っているのだ。
直接的な戦いは難しい。
つまりこの先を……魔女の仕掛けた難関を、オレ一人で切り抜けていくしかないのだ
(魔女か……はたしてオレ一人で大丈夫か)
魔女の力は未だに測りかねない。
何しろロキとピエール、エリザベスたちが完敗。
大陸でも屈指の剣士の奴らが、まるで歯が立たなかったのだ。
オレ一人で大丈夫か読めない。
特に今回は、マリアとニースの救出もある。
(せめて、あと一人……腕の立つ仲間がいれば……)
正直なところ助っ人が欲しかった。
戦力的に、出来れば大隊長クラスが。
だが他の大隊長たちは、バーモンド城の戦いの後、国外に撤退している。
王国軍と帝国軍も既に退去済み。
この遺跡の周囲には、今は頼れる者はいないのだ。
「オードル、こっちの準備はできた。いつでも転移できるぞ!」
リッチモンドから合図がった。
戦力不足は解消できかったが、とにかく持てる戦力で戦うしかない。
「ああ、今行く……ん?」
その時であった。
“誰か”が階段を降りてくる……その気配を感じる。
この気配は覚えがある。
だがロキとピエールではない。
「ふふふ……どうやら間に合いましたね、オードルさん」
やって来たのは鋭い目つきの剣士。
剣聖ガラハッドがやってきたのだ。
「悪いがガラハッド。今はお前に構っている暇はない!」
再戦はいつでもしてやる。
だが今はマリアたちを助けるのは最優先なのだ。
「勘違いなさらず、オードルさん。上の二人にお聞きしましが、これから楽しそうな所に行くのですね? 魔女退治……私もお手伝いします」
「なんだと⁉」
まさかの提案だった。
だがガラハッドは大陸でも最強の一角。
本当ならば、これほど頼りになる同行者はいない。
「ふふふ……楽しい道中になりそうですね」
こうして危険な剣聖と共に、オレたちは天空遺跡に向かうのであった。




