第106話:傷ついた仲間
まさかの事件が起きた。
剣聖ガラハッドとの決闘でオレが不在のタイミング。
その隙を狙われて愛娘マリアとニースが、魔女に浚われてしまったのだ。
「くっ、まさかこんな時に」
「オードルさん、あの爆音は、もしかして?」
「ああ、そうだ。悪いが決闘の約束は、また今度だ!」
大事な家族が誘拐されたのだ。
ガラハッドとの戦いは一時中断。
「くそっ!」
一体何が起きたというのだ。
オレは皆の所に駆け戻る。
闘気術で最大で速度だ。
「これは……酷いな」
馬車の所にたどり着く。
思わず声を漏らす。
馬車は無事だが、周囲の地形も変わっている。
状況的に魔女に奇襲を受けたのであろう。
それも激しい攻撃を。
「オ、オードル……?」
「エリザベス、大丈夫か⁉」
激戦の跡地に、エリザベスが倒れ込んでいた。
全身にかなりの怪我を負っている。
「ごめんなさい。魔女の最初の一撃を受けちゃって、マリアとニースを守れなかったわ……」
「謝る必要はない。まずはお前の怪我を治してやる」
エリザベスは泣きそうな顔で、誤ってきた。
だが今は治療が先決。
闘気術で応急処置を施していく。
治療しながら話を聞く。
「他の皆はどうした?」
「あっちでフェンが守ってくれたから、リリィは怪我ないはず。でも、お蔭でフェンかかなり傷ついているかも……」
「そうか。探してくる。お前はここで少し休んでいろ」
応急処置が終わった。
これでエリザベスは命に別条はないであろう。
だが腕利きの彼女を、一方的にここまで傷つけるとは。
魔女の実力が計りかねない。
とにかく今は他の皆を探すのが先決。
リリィとフェンの行方を探しにいく。
「リリィ、フェン。大丈夫か⁉」
激戦の跡を追っていき、少し進んだ先で二人を発見した。
聖女リリィと白魔狼フェンだ。
エリザベスの言っていた通り、リリィはほぼ無傷。
だが彼女が付き添うフェンは、ぐったりと座り込んでいる。
こっちはかなりの重症だ。
「フェン、今回復してやるからな」
「オードル様、私お手伝いいたします!」
「ああ、助かる」
リリィは不思議な力を宿す聖女。
彼女の協力を得て、闘気術でフェンの傷を癒していく。
フェンの傷はエリザベスよりも深い。
おそらく皆を守るために、必死で抵抗したに違いない。
頑張れ、フェン。
お前を死なせはしないぞ。
『うっ……うっ……オードル?』
「気がついたか、フェン。もう大丈夫だぞ」
何とかフェンの意識が回復した。
こうなったら後は大丈夫。
闘気術で治療しながら、話を聞いていく。
「フェン。ロキとピエールの奴は、どこにいる?」
この場にいない、二人の安否を尋ねる。
『あの二人は最後まで“魔女”に抵抗して……あっちの方で戦っていたよ……』
「そうか、わかった。様子を見てくる。リリィはフェンのことを見ていてくれ」
「はい、お任せください!」
白魔狼族の生命力は高い。
応急処置を終えたフェンは、もう命の心配はないであろう。
残りの二人の心配だ。
激戦の跡を追って、更に奥に進んでいく。
「……これは酷いな」
少し進んだ先に、凄まじい激戦の跡があった。
木々は吹き飛び、大地がえぐれ、周囲の地形が変形している。
魔女と大隊長二人の激闘。
ロキとピエールの二人は、最後まで戦っていたのであろう。
戦いの跡から、二人の激闘が読み取れる。
「ん……おい⁉」
そんな激戦地の真ん中のくぼ地。
ロキとピエールの姿を発見する。
「大丈夫か、お前たち⁉」
だが二人ともピクリとも反応しない。
明らかに致命傷を負っている。
命は辛うじてある。
だが、命の火は消えようとしていた。
既に息をしていない。
「お前たちを、絶対に死なせる訳にいかない!」
大事なマリアとニースを、最後まで守ろうとした戦士たち。
絶対に死なせてやるものか。
「いくぞ、覇ぁああああ、活ぅうう!」
二人の心の臓に、オレの闘気を流し込んでいく。
一歩間違えば逆効果ともなる。かなり危険な蘇生術。
だが、今は手段を選んでいられない。
地獄からでも、二人を呼び戻してみせる。
「「ぶっはっ⁉」」
蘇生術は何とか成功した。
二人は呼吸を開始する。
口から血が混じった胃液を吐きだしていた。
だが何とか意識を取り戻してくれたのだ。
「ア、アニキ? 本物のアニキっすか? め、面目ないっす……」
「団長殿、申し訳ありません。ご息女を、守り切れませんでした……」
意識を取り戻した二人は、倒れながらも謝ってきた。
大隊長クラス自分たちが付いていながら、マリアとニースを守り切れなかったことを。
「気にするな。それよりも今は体力を回復しろ」
闘気術で応急処置をしていく。
これで死ぬことはないが、二人のダメージはかなり深刻。
しばらくはまともに動けないであろう。
「よし。とりあえず、これで大丈夫だろう。向こうから皆を呼んでくる。ここで待っていろ」
また魔女の襲来があるかもしれない。
バラバラになったままだと危険だ。
比較的ダメージが少ない女性陣を、ここに連れてくることにした。
(何とか残った全員の命は助かったか。後は情報を聞きだしていくしかないな……)
こうしてマリアとニースの行方を探すため、皆から話を聞いていくのであった。
◇
全員を一ヶ所に集めて、総合的に話を聞いていく。
ロキとピエールはまだ動けないが、会話は大丈夫だ。
「……なるほど。オレとガラハッドが去っていった後、急に“魔女”が強襲してきた。マリアとニースを浚っていったのか」
「そうよ、オードル。もちろん私たちも全力で抵抗したんだけど、あの魔女は……普通の相手じゃなかったわ……」
自分の不甲斐ない戦いを、思い出しているのであろう。
エリザベスは悔しそうに拳を握りしめている。
彼女が最初の魔女の犠牲者。
必殺の剣が、魔女には全く届かなかったという。
逆に魔女の謎の攻撃を受けて、エリザベスはで気を失ってしまったのだ。
『ボクも全力でエリザベスと連携をとった。でも、あの魔女には牙が届かなかったよ……まるでボクの里のお伽話に出てくる、悪い魔獣のようだったよ……』
フェンも同じく悔しがっている。
まだ幼いがフェンは上級魔獣の白魔狼族。
本気を出したら、凄まじい戦闘能力を持っている。
特にエリザベスと連携を、得意をしていた。
こいつらとの模擬戦では、オレも苦労する。
そんなエリザベスとフェンの連携を、魔女は物ともしなかったのだ。
「まぁ、オレっちたちは、。魔女に何発も攻撃は当てたけどね」
「ロキ殿、負け惜しみはよくありませんよ。私たちの攻撃は確かに命中しました。ですが、あの魔女は何故か、まったくダメージを受けていなったではないですか?」
「ちょ、ピエール。それは言わない約束でしょう」
先ほどまで瀕死だったロキは、元気に軽口を叩いていた。
だが内心では本当に悔しいのであろう。
隠している握りこぶしから、血がにじんでいうる。
「なるほど、お前たちですら、攻撃が通らないのか」
話を聞いているだけで、魔女は普通ではない。
何しろこいつらの攻撃が全く通じない。
更に地形すら変えてしまうほどの攻撃力を、備えているのだ。
「そんな恐ろしい相手に、よく粘ってくれたな、お前たち」
全員に感謝を述べる。
結果としてマリアとニースは浚われてしまった。
だが今は全員の命があって、とにかく良かったのだ。
「さて急いで魔女の後を追わないと……」
全員の命が助かった。
次は追撃戦に移る。
「とにかく嫌な予感がする、さっきの感じだとな」
ガラハッドと対峙していた時、オレの背中に走った悪寒。
あれは人生の中でも最大級のもの。
おそらくマリアとニースに危機が迫っている。
早く助け出しにいかないと。
「フェン。マリアとニースの匂いを、何か感じないか?」
『さっきから探っているけど……ダメだワン。魔女が消えた場所で、二人の匂いも無くなっているワン……』
頼りのフェンの嗅覚はダメだった。
二人への念話も届かない。
おそらく魔女の妨害を受けているのであろう。
「リッチモンドは魔女について、何か知らないか?」
「すまない、オードル。あの“魔女”が古代王国の力を悪用しているのは、推測できる。でも隠れ家や居場所までは、まだ解明できていないんだ……」
リッチモンドは大陸一の古代文明の研究者。
この賢人をもってしても、魔女の居場所は推測できていない。
「ボクの推測では、大陸の古代遺跡のどこかにいると、思うんだ。けど、それがどこにあるか調べてみないと」
「古代遺跡か。たしかに、その線はあるな」
魔女は古代文明の力を使っている。
潜伏先として、一番怪しいのは、先ほどの古代の塔。
だがオレが完全に破壊している。
他にも見つかっていない、秘密の遺跡でもあるのか。
だが今から大陸中の遺跡を探している時間はない。
早くしなければ、マリアとニースに危機が迫ってしまうのだ。
「くそっ……」
八方ふさがりの状況に、思わず毒づいてしまう。
こうなった大陸中の古代遺跡を虱潰しに調べていくしかないのか?
だがオレの直感が警告している。
早くしないとマリアたちに、取り返しの無い危機が迫っていると。
「後は神頼みするしかないのか……神頼み……そうか!」
その時である。
オレはリリィの元へ近寄る。
「すまないがリリィの力を貸してくれ。マリアたちの居場所を探すために!」
リリィは本物の聖女である。
普通の者には見えないモノを、彼女には感じる力がある。
だがリリィは聖女としての人生を辞めていた。
今までは頼ったことは、一度もない。
だが今は彼女の力だけが、最後の希望なのだ。
「もちろん協力いたします、オードル様! 自信はありませんが、精いっぱい頑張ってみます!」
リリィは快く了承してくれた。
マリアとニース……大事な妹である二人を、探すために力を貸してくれるのだ。
「では、探してみます。こうして聖女としての力を使うのは、実は初めてなので成功するか不安ですが……」
リリィは目を閉じて、両手で祈りを捧げる。
深く深呼吸。
意識を深く研ぎ澄ましている。
「オードル、見て。リリィの身体が……」
直後であった。
エリザベスが言葉を失う。
リリィの全身が、光を放ち始めたのだ。
「闘気術か? ……いや、これが聖女の力か」
オレも初めて見る現象。
思わず見とれてしまう。
リリィの全身は神々しく光っていた。
光眩しいが、どこか暖かい光。
これが聖女の本当の力なのであろう。
「……お待たせしました、オードル様」
しばらくしてリリィの光が消える。
元に戻ったのだ。
だが、かなり精神力を消費したのであろう。
足元がフラフラしている。
「大丈夫か、リリィ?」
「はい、なんとか。マリア様とニース様の行方が分かりました」
リリィの術は見事に成功。
あの神々しい光の中で、リリィは天神の啓示を聞いたというのだ。
「二人は、あの塔の地下に向かっていました……そこに行けば、更に行方が分かると思います。」
リリィが指さしたのは、なんと全壊した塔の下。
そこから二人の魂を感じたという。
「そうか、塔の下に更に地下遺跡があったのか。待っていろ、マリア、ニース。今すぐ助けにいくからな」
こうして大事な家族を取り戻すために、地下遺跡に挑むのであった。




