第101話:戦の悲劇
帝国軍に潜入してオレは、古代遺跡の塔の謎の解明に立ち会っていた。
そんな時、突如として王国軍が接近。
帝国軍は緊張が走るのであった。
「陛下、この場所は危険です!」
「急いで本陣へとお戻りください!」
帝国兵が慌てるもの無理はない。
塔の周囲には少数の近衛騎士しかいない。
総大将である皇帝を、急いで一万の軍がいる本陣まで、移送する必要があるのだ。
「すぐに行く。少し待て」
だがガル皇帝だけは落ち着いていた。
万を超える大軍は、それほど早く攻めてこられないことを知っているのだ。
オレとリッチモンドの三人で入り口まで移動。
皇帝は神妙な顔で、塔の上部を見つめている。
「まさかこのワシが、魔女の手のひらに踊らされるとはな……」
皇帝が嘆いていた。
何故ならこのままでいけば、帝国軍と王国軍は戦闘に入る。
両軍の多くの兵の血が流されてしまう。
結果として魔女に思惑通りに、動かされていたのだ。
「なぁ、オ……ルーオド殿。ここが戦場になるのは防げないのかな? 例えば帝国軍が大移動して、別の場所を戦場にするとか?」
リッチモンドは提案してきた。
象形文字の説明によると、この塔の周りで多くの血が流れた場合、塔が起動する可能性がある。
魔女の策を回避するためには、最悪でも戦場を移す必要があるのだ。
「それは難しいな、リッチモンド。今から陣を動かせば、王国軍によって背後を襲われてしまう。多くの帝国兵の命が失われてしまう。この塔の周りが戦場になることは変わりない」
「そっか……そういうものなのか。これは困ったな……」
リッチモンドは大陸有数の賢人だが、戦術は専門外。
策を見いだせずに困っている。
「だが無血で済ます方法が、一つだけあるぞ」
「なんだ、それは?」
「帝国軍は今すぐ全面降伏することだ。そうすれば戦は終わる」
リッチモンドに答えた策。
これはかなりシンプルな方法。
戦が起こらなければ、血は流れないのだ。
「でもそれではガルが……」
「ああ、そうだ。王国軍に捕らわれてしまうだろう」
「そうか……」
少し離れた所にいた学友に、リッチモンドは視線を向ける。
「ガル、今の話だけど……」
「愚問だな、我が友リッチモンド。余は帝国の数百万人の民の暮らしを、守る必要がある。この程度の窮地で降伏などできぬ」
皇帝には降伏の意思はない。
こう答えることを、オレは読んでいた。
何しろ大陸の覇道を突き進む男が、剣の一つも交えずに降伏などあり得ない。
たとえ、それによって魔女の思惑が進むのだとしても。
「でも、ガル、このままだと……」
「ルーダ学園の調査隊員リッチモンド、お前を今から解放する。ここはもうすぐ戦場になる。今すぐ去れ!」
これは古き学友からの別れの言葉。
リッチモンドに向かって、皇帝は退去命令を下す。
「ルーオド、お前には任務を与える。我が学友を安全な場所まで護衛していくのだ」
「……いいのか? オレで」
「お前ほどの適任者はおらん。出来ればもう少し、お前との“主従遊び”を続けていたが……」
「そういうことか。了解した」
皇帝はオレの正体に気が付いていたのだ。
それでリッチモンドの護衛を託してきた。
「さぁ、いくぞ、リッチモンド」
「うん……わかった」
渋る友を引き連れて、オレはこの場を立ち去ることにした。
リッチモンドを助けるという最終任務は完了した。
出来れば早くマリアたちの元に戻りたいのだ。
とにかく急を要するためにリッチモンドを、オレの肩に担ぐ。
これなら高速移動で戻ることができるであろう。
「ガル……」
「さらばだ、我が賢き友よ」
リッチモンドは最後まで、学友であるガルのことを見つめているのであった。
こうしてオレたちは帝国の陣を離れていくのであった。
◇
それからオレたちは途中でロキと合流。
一緒に馬車の所まで移動する。
《フェン、聞こえるか。エリザベスの父親に念話を繋げてくれ》
《オードル? わかったワン! よし、いいよ》
移動しながらフェンに念話を送る。
エリザベスの父親レイモンド公爵に連絡をとるためだ。
《レイモンド公に念話聞こえるか? 聞こえるなら返事をしろ》
レイモンド公爵に念話で問いかける。
上級魔獣であるフェンを仲介することによって、第三者にも遠距離でも会話ができるのだ。
《オードル殿⁉ こちらフィリップ・レイモンド》
少し時間差があってから返事がある。
相手はかなり焦った様子だ。
《よかった……ようやく連絡が繋がった。ここ数日、ずっと念話が繋がらなかったので心配していました》
《なんだと念話が?》
オレとフェンとの間の念話は、今まで使えなかったことはない。
ということはレイモンド公爵の方に、何か問題でもあったのかもしれない。
《はい。王都の方でも色々とありました。兄上陛下がいきなり出陣の命令を下して、すぐにオードル殿に連絡をしようと思ったのだが……》
おそらくレイモンドに対する念話は、何者かに妨害されていたのであろう。
これは国王を再度そそのかした魔女の仕業に違いない。
王国軍が出陣したことを、オレに気取られないために。
《なるほど、事態は把握できた。今すぐ王国軍は止めらないか、レイモンド公?》
《それは無理だ。何しろ憎き帝国軍に奇襲をかけられる。国王を筆頭に王国軍の士気は高く、私でも止めらない》
国王の弟であるレイモンド公爵の意見が、まるで通らない。
魔女に操られているのか、そそのかされているのか。
どっちにしても王国軍はかなり意気込んでいるのであろう。
こうなれば普通の方法では止めることはできないであろう。
《わかった。レイモンド公は自分の身の安全だけ守っておけ》
《承知。万が一の時は、エリザベスだけでも頼みましたぞ、オードル殿!》
レイモンド公爵との念話を終わる。
短い時間での会話だったが、お蔭である程度の情報が仕入れられた。
あとは馬車に戻ってから、他の皆の意見も聞く必要がある。
◇
「……という訳だ。さて、みんな聞いてくれ。ここは戦場になる……」
ロキと馬車に戻り、全員に事情を説明する。
古代遺跡の塔で分かったこと。
それから王国の二万の大軍が、すぐそこまで接近していることを。
王国軍を率いる国王の背後には、怪しげな魔女という存在がいることを。
全員に包み隠さず話していく。
「お前たちはどうすればいいと思う?」
それを踏まえて全員の意見を聞いていく。
これからオレたちがどう行動すればいいのか。
「それならアニキ、早くここからズラからないと! そんな大規模な戦に巻き込まれてら大変だよ!」
「そうですね。私もロキの案に賛成いたします。リッチモンド殿を救出するという団長殿の目的は達成しております。この場から速やかに撤退するべきかと」
ロキとピエールはすぐさま撤退を進言してきた。
この二人は歴戦の傭兵、これから起きる戦の危険性を理解しているのだ。
「私も撤退には賛成ね、オードル。戦になるのは残念だけど、ここまできた王国軍は止めるのは無理よ!」
エリザベスも撤退に賛同。
彼女は王国のレイモンド公爵の生まれ。
だが今はオードル一家の長女として、家族全員の安全を最優先に考えてくれた。
「でも、パパ……戦になったら、人がいっぱい死んじゃうんだよね……?」
マリアはまだ幼いが、ことの重大さに気が付いていた。
顔も知らない両国の兵士たちのことを心配して、悲しそうな顔をしている。
「マリア、げんきだして……」
「ありがとう、ニース」
マリアが元気なくなると、ニースまで悲しくなってしまう。
二人は励まし合いながら互いを支え合う。
次は次女のリリィの意見を聞く。
「オードル様、私もマリア様と同じ想いです。それに嫌な感じがします……」
「嫌な感じだと、リリィ?」
聖女であるリリィには不思議な力がある。
普通の者には見えないモノが見えたり感じることができるのだ。
「はい、あの塔の当たりに、何か……嫌な思念を感じます。このままでいけば大変なことが起こってしまう……上手く説明できませんが」
リリィが心配しているのはこれから引き起こる未来のことかもしれない。
王国軍と帝国軍がぶつかることによって、多大な犠牲者がでる。
その後、それ以上の参事が起こるかもしれないと。
『ワン……』
フェンも少しだけ悲しそうな顔をしている。
勘の鋭いこいつも何かを察しているのかもしれない。
フェンのこんな顔は空腹な時しか見たことがない。
「ボクも……撤退に賛成かな、オードル」
古代遺跡の研究者であるリッチモンドは、出来ればもっと調査をしていたのであろう。
そして学友である皇帝ガルのことも案じていた。
「たしかに魔女の思惑とおりに進むのは癪だ。でも、ボクも探求心のためにオードルたちを巻き込む訳にはいかないからね……」
だが自分の心を押し殺していた。
これで全員の意見は出た。
あとはオレが決断を下すだけだ。
「オレは戦を否定しない。それに戦で死ぬのは騎士や戦士の誉れだと思っている……」
全員に向かって語る。
傭兵として生きてきた自分の考えを。
「だが怪しげな魔女や愚かな王によって、無意味に引き起こされる戦……それはもはや戦ではない。だからオレはこの戦を止める!」
それがオレの意見であった。
矛盾しているかもしれないが嘘偽りのない正直な感情だ。
さて、みんなは反対してくるだろうな。
「ありがとう、パパ!」
「ありがとう!」
マリアとニースはパッと明かる表情になる。
多くの命を救えるかもしれない。
本心から嬉しいのであろう。
「ありがとうございます、オードル様。微力ながら私もご協力いたします」
「わ、私はオードルなら、そう言うって思っていたんだから……もちろん私も全力で協力するわ!」
リリィとエリザベスも、それぞれの笑みを浮かべていた。
本当は二人とも、何とかしたかったのだ。
戦を止めることに協力を名乗り出てくれる。
『ワン!』
フェンも嬉しそうにしていた。
「という訳で我が家の意見は決まった。お前たちはどうする?」
ロキとピエール、リッチモンドに訊ねる。
こいつらは今の部下でも家族でもない。
改めて意見を訊ねる。
「オレっちは団長にどこまでも付いていくよ!」
「私も微力ながら団長殿にご尽力いたします。久しぶりの大きな戦に、この血が湧きたちます」
ロキとピエールも覚悟を決めていた。
腕利きの傭兵の、この二人の協力は有りがたい。
「ありがとう、オードル。もちろんボクも協力する」
リッチモンドも賛同してくれた。
無駄な血が流れるのを防げるかもしれないと。
学友ガルの危険を救うために、真剣な表情になっていた。
「さて、これからは大一仕事になるぞ」
オレたちはたった数人。
こうして数万の大軍の戦を止めるために、オレたちは動き出すのであった。




