彼のことを知りたい
「あ、そういえば結城くんと休みに会うの初めてだよね」
「そうだね。夏休み中若菜の家に遊びに来てたのにね」
「結城くんの家は若菜の家の3軒隣なんだよね。1回遊びに行った時に教えてくれたから結城くんも誘えばよかったね」
「若菜が坂下さん独り占めしたいからだよ」
「え!?そうなのかな」
ちらっと若菜を見てみるけどまだ機嫌悪いみたい。再度結城くんに顔を向けると、苦笑いしてる。これは相当怒ってるみたい。
しばらくするとケーキが3つとセットで頼んだ紅茶が来た。
「わー!!食べよう!!」
いただきます、と言ってチョコレートケーキを食べる。チョコが濃厚で程よい甘さが美味しい。
若菜もケーキを一口食べて頬が緩んでいる。ずっと食べたかったケーキだもんね。
「若菜も食べてみて。チョコが濃厚で美味しいよ」
「うん」
「どう?」
「美味しい!!」
「だよね!!」
良かった。若菜が笑ってくれた。機嫌直してくれたみたい。
「若菜、ショートケーキも食べるでしょ」
「うん」
結城くんがフォークに乗せたケーキをそのまま若菜に食べさせた。……ん?幼馴染みだとあーんも普通のことなのかな。とにかく若菜の顔がもっと幸せそうになってケーキのシェアは大成功だったみたいだ。
「……で?」
半分ケーキを食べたところで若菜が問いかける。
「で、とは?」
なんのことだろう、と私が首を傾げると若菜の頬がまた膨らみだした。せっかく機嫌が直ったのに……。
「だから、どうして椿が隼人のこと知ってるの?知り合いじゃないっていってたじゃん!!」
「あー、いや、知り合いっていうほどじゃないし名前も知らないくらいだったし」
「お礼ってなに?」
「あ、それはね、夏休み部活で学校に行った時帰りに先生から荷物を運んでって頼まれちゃって、その途中で彼に会ったんだけど成り行きで手伝ってもらっちゃったんだ」
「……ふーん」
若菜が聞いてきたから話したんだけど若菜からは生返事で、興味がなくなったみたい。
「あの、だからそれだけだよ。会ったのもあの時以来だし」
話題に出したくらいだし彼のこと聞いても良いのかな?
「えっと、それで若菜の従兄なんだよね。小西先輩?」
「いや、隼人くんは若菜のお母さんのお兄さんの子なんだ。佐々木隼人くんって言うんだよ」
「そうなんだ」
佐々木隼人先輩……。なんだか彼のことを知れて心が温かくなった。なぜかもっと知りたという気持ちになって、結城くんに更に話を続ける。
「2年生だよね。バスケ上手かったね」
「そうだよ。バスケは小学生の時からやっていて3年生が引退してから副部長をしてるんだ」
「そうなんだー。シュートもたくさん決めてたし凄いな」
「……すごくないもん」
紅茶をじっと見つめて静かにしていた若菜が呟いた。
「そうかな?すごくかっこよかったけど……」
「かっこよくないよ!!椿はあんな極悪男が好きなの!?」
「え!?極悪……!?好き!?そんな、まだ会ったばかりだからわからないよ!!」
「悪いやつだから好きになっちゃ駄目なんだから!!」
「だからそんなんじゃないってば!!」
確かに素敵な人だけど好きとかよくわからない。それに……。
「すごく優しかったよ。そんなに悪い人だと思えないけどな」
「椿はわかってないよー!!ね、昴!!」
若菜がそう叫んで苦笑いしながら様子を見ていた結城くんの腕をぶんぶんと振り回す。
「んーそうだなー……。でも僕はやっぱり隼人くんは優しいと思うよ」
「昴までー!?」
結城くんの腕を離してしくしく、と泣く振りをする若菜に結城くんと顔を見合わせると、なぜか笑いが込み上げてきた。
「ふふっ」
「椿、酷いよ!!なんで笑うのー!!」
「ごめん、でもなんだか面白くて」
「もー!!全然面白くないよー!!」
「だって、ねえ?」
なぜかわからないけど笑いが止まらなくて同じく笑ってる結城くんに同意を求めた。
「ははっ。いやー、笑った。若菜、泣いてると奥に座ってる赤ちゃんにも笑われるよ」
「なによ!!2人とも私のこと馬鹿にして!!」
私たちのテーブルから少し離れた席に座っている女性2人と赤ちゃんの方を示して結城くんがまた笑う。それに若菜が言い返して私も面白くて笑い続ける。そうして誰からともなく帰ろうとするまでゆっくり時間が流れていった。
家に帰ってふと、若菜の言葉を思い出す。好きとかはまだわからないけど……。
「佐々木隼人先輩……」
彼の名前を口にしたらまた心がぽかぽかと温かくなった。




