若菜と結城くん
あの日以降登校日に彼にお礼を言おうと体育館近くに寄っていた。バスケ部ということしかわからなかったけど体育館に行けばすぐに会えるだろうと思って。
私は体育館を覗く勇気はないから周辺をうろうろとしてみた。
だけどあの日のように偶然ボールが転がってきて彼が取りに来るということはなく、だからと言って部活に行かないのにわざわざ行くというのもどうかと思って夏休みの後半は宿題をしたり、短期のアルバイトをしたり、高校に入ってすぐに仲良くなった若菜の家に遊びに行ったりした。若菜のお母さんが外国人みたいだと言うとアメリカと日本のハーフだと教えられ、そこで初めて若菜がクォーターだと知ったり、驚きがあった夏休みだった。とにかくそんなふうに忙しく過ごしていた。
そんな夏休みが明けて数週間が経った。彼にはまだ会えない。やはり体育館の周辺をうろうろしても偶然は起きない。しかも夏休みと違って人通りもあり、不審者に思われていそうだ。もうお礼は諦めようかな……。
ある日のお昼休み、私は教室で若菜と机を並べてご飯を食べている。
「あ、いたいた!!」
「あれ?昴じゃん。どうしたの?」
隣のクラスの結城くんが教室に入ってきた。結城くんは若菜の幼馴染みでとても仲が良い。時々こうして隣のクラスに遊びに来るから私もそこそこ仲良くなった。
「若菜、今週の土曜日暇?」
「えー、なに?」
「隼人くんの練習試合応援行こうよ」
「隼人の?なんで?」
「新体制になったし、応援してほしいんだって」
「えー、面倒だよ。しかも練習試合?本番じゃないじゃない」
「そう言わずに行こうよ」
「もう、しつこいなー。昴1人で行けば良いでしょ」
こんなやり取りも日常茶飯事でなんだか微笑ましい。残ったおかずを食べていてふと視線を上げると結城くんがじっと私を見ていた。
「な、なに?」
「坂下さんも一緒に行かない?」
「え、私?っていうか誰の何の試合?」
「隼人くんっていう若菜の従兄のバスケの練習試合だよ」
「バスケ……」
「なにー?椿バスケ興味あるの?」
「え、いや?そういうんじゃないけど……」
彼と同じ部活だと思って、思わずドキッとしてしまった。けど、もしかしたら見に行けば彼に会えるかもしれない。
「そこまで興味はないけど行ってみようかな……なんて」
打算的かな、と少し思いつつ控えめに言った。
「えー!?椿行くの?」
「結城くん、良いかな?」
「もちろん。誘ったのこっちなんだから」
「ありがとう。若菜は行かないの?」
「もー!!椿が行くなら私も行く!!」
「じゃあ一緒に行こう。バスケの試合見るなんて体育の授業以外で初めてだなー」
「私も初めてだよ」
「従兄がやってるのに行ったことないの?」
「そんなに仲良くないもん」
「そうなの?私は年が離れた従兄弟しかいないからどんな感じかわからないけど」
「んー、好きでも嫌いでもないよ。でもあの胡散臭い笑顔は嫌い。ね、昴」
「僕に振らないでよ。そんなこと言ってるのは若菜くらいだよ。それに僕たちよく3人で遊んでるんだ」
「遊んでない!!私は昴とだけ遊んでるの!!」
「え、どういうこと?」
「なんだろ……。僕は3人で遊んでるつもりだけど若菜は僕と遊んでるつもりで隼人くんも僕と遊んでるつもり、みたいな?」
ますますわからない……。
「昴は私とだけ遊んでくれれば良いの!!昴は私の味方でしょー!!」
「どっちの味方とかないから。あ、痛い、痛いよ!!」
「あ、若菜!!危ないよ!!」
若菜が机の引き出しから取り出したノートの背表紙で結城くんの頭を叩き出すから私は慌てて止める。
しかし結城くんは慣れていて、いつの間にかドアまで避難していた。
「じゃあ2人とも、土曜日は10時前に正門でよろしくね!!」
「わ、わかった!!結城くん、またね!!」
バイバイと手を振る結城くんに私も手を振った。なんだかバタバタしてたな……。
「なんか昴変だった……」
「え?そう?」
若菜が肩肘を立てて訝しげに呟いた。
「うん、やけに嬉しそうだった」
「試合見に行けるからじゃない?」
「えーそんなことで?なんかいつもよりテンション高かったし、やっぱり怪しい……」
「そうだった?さすが幼馴染みだね」
いつもと変わらなかった気がするけどやっぱり幼馴染みだとそういうのもわかるんだな。
もうすぐ昼休みが終わると思って考え込んでいる若菜を横目に私は向かい合わせにしていた机を直した。




