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勘違いですれ違った恋  作者: 柏木紗月
再スタート編
52/53

幸せ


 目を覚ますと目の前に先輩がいた。ぼんやりと昨日のことを、それから7年前のクリスマスのあの時のことも思い出す。

 あの時は彼氏彼女だったのにお互い相手を想って苦しんでいた。今はお互い気持ちが通じているはずなのに私たちの関係に名前がない。でも先輩を信じてる。昨日のことでますますそう思う。でも眠る直前唇にしてもらえなかったキスが少しだけ悲しかった。

 眠っていても綺麗な先輩をじっと見ていると私の背中にあった腕に力が入って私はより先輩の胸に近づいた。顔をあげると先輩が目を開けて微笑んでいた。


「思い出すなあ。あの日椿をこの腕から逃がしてしまったこと」

「え?」


 私は目を見開いて先輩を見つめる。まさか、あの時起きていたの……?


「目を閉じていても椿が泣きそうなのがわかったよ。俺には椿を慰める資格がないって思っても椿を自分の腕から逃がしたくなかった」


 当時の先輩の気持ちを知った今だからこそあの時のこと思うと胸が痛んだ。起きていて、私が出ていく後ろ姿を見た先輩はどれだけ辛かったんだろう。きっと私が想像できないほど苦しかったはずだ。


「……ごめんなさい」

「なんで椿が謝るの?だから謝らなくて良いってば」


 謝らずにはいられないよ。だけど先輩は苦笑いでそう言う。そうやっていつも優しく私のことを想い続けてくれたんだろう。そう思うと今の名前のない関係でも良いじゃないかという気持ちがする。このままお互い好き合っていて抱き締めてくれる以上のことがないままでも十分幸せだと思う。


「そろそろ行くよ」

「あ、はい。そうですよね。私も仕事……」


 起き上がる先輩に続こうとする私にストップがかかる。


「仕事に行く気?」

「え?もちろんそうですけど?」

「行けるの?」


 その問いかけに私は荒木さんのことを思い出してまた体が震えだした。先輩がいたから安心していたけどこの1ヶ月半の恐怖心はまだ私の心に強く残っていた。


「い、行けないです」

「そうだよね。ほら、休むって連絡しないと」

「は、はい」


 ぐしゃぐしゃになってしまっていた私服を整えている先輩を横目に私は青木さんに電話した。

 お休みしますと、伝えると昨日のミスのことは気にしないでと言われたので正直にこれまでのことや昨日のことを話すとすごく心配されてしまった。


『今誰か一緒にいるの?私行こうか?』

「ありがとうございます。でも先輩が……あ、知り合いがいてくれてるので大丈夫です」

『あー例の?それなら安心ね。たくさん甘えたら良いわよ。むしろ有給たまってるんだから1週間くらい彼とラブラブしてたら良いんじゃない?』

「な、そんなこと……。今日だけで大丈夫ですから!!」


 からかわれて慌てる私に青木さんはクスッと笑ってみんなにはぼかして伝えておいてくれると言ってくれた。電話を切った私は先輩を見る。


「大丈夫そう?」

「あ、はい。心配されてしまいましたけど」

「それは当然だよ。もちろん俺もね」

「う……。すみません」

「だから謝らない」

「すみま……いえ、なんでもないです」

「ん」


 しっかり身なりを整えた先輩に頭を優しく撫でられた。触れてくれたことに感動した私はそれだけで嬉しかった。家を出ようと玄関に向かう先輩の後をぴょんぴょんと跳ねるように追いかける。

 そして玄関で靴を履いた先輩は私に向き直った。


「あのノートと写真はもらってるよ。警察には俺が行ってくる。もう心配ないけど俺が出たらすぐに鍵をかけるんだよ」

「はい」

「なにか食べるものある?」

「買い置きしてあります」

「じゃあちゃんとご飯を食べること」

「はい」

「外には一歩も出ないこと」

「はい」

「必要なものがあったら連絡して。帰りに買ってくるから」

「はい……え?連絡したら帰りに寄ってくれるんですか?」


 必要なものなくてもなにか頼んだら会えるかも。私は期待を込めて先輩を見つめる。


「なにもなくても寄るよ」


 そう言って頭をポンポンとされた。嬉しい。


「嬉しいです!!」

「うん。じゃあ俺が言ったことをちゃんと守って良い子で待っててね」

「はい!!」


 すごく子供扱いされた気がするけど先輩にされることならなんでも嬉しい。

 先輩を見送ってふわふわした気持ちでリビングに戻る。なぜだろう。恐怖心は確かにまだあるのに夜にはまた先輩に会えると思うと幸せな気持ちになった。先輩のことを考えながらベッドに横になると、さっきまで先輩もここにいたんだ、と思って今さらながら身体中が熱くなってきた。そして自分の積極的なあれこれに今さら焦り出す。先輩のことをいろいろ考えていると、今まで眠っていたのに緊張感から解放された私はいつの間にか再び眠りについていた。

 チャイムの音を聞き目が覚めた。19時前を示す時計を見て私は飛び起きた。そしてなにも考えずに慌ててドアまで駆けてドアを開ける。すると先輩がじとっとした目で私を見下ろしていた。


「今、ドア開ける前確認した?」

「わ、忘れてました。きっと先輩だとわかってたんだと思います」


 信じられないほど熟睡してて慌ててなにも考えずにチャイムの音に誘われるままドアを開けたけど……。この空気を醸し出す時の先輩には慎重に言葉を選ばないといけないと思うようになってきた。


「はあ……。ご飯は?なに食べた?」

「え?えっと、なに食べたかな……。忘れちゃいました」

「……椿」

「自分でもびっくりです。朝から今の今まで寝てました」


 痛いっ。先輩にデコピンされた。そうやって触れられるのも嬉しい。


「まあそんなこともあるだろうかと思ったよ。オムライスで良い?」

「さすがです!!……って、先輩が作るんですか?」

「うん。大丈夫、食べれない物は作らないから。これでも俺だって自炊くらいするよ」


 先輩料理できたんだ……。そういえば聞いたことなかった。優しくてかっこよくてスポーツ万能で、しかも料理までできるなんてやっぱり先輩はすごい人だ。

 そわそわしながら先輩が料理している姿を眺める。


「椿、どうしたの?」

「なんでもないです」

「そう?」

「はい。先輩がかっこいいなーって思ってるだけです」

「椿も可愛いよ」

「か……かわ……。もう!!からかわないでください!!」

「正直に言ってるだけなんだけど」

「もう!!ほんと、そういうの良いです!!」

「なんで?俺は椿にかっこいいって思ってもらえて嬉しいよ」

「だから!!そういうの言わなくて良いですって!!」

「言わないとわかってくれないじゃない。わがままな椿は可愛いね」

「んー!!もう知りません!!」


 私はリビングでテレビを見ることにした。しばらくすると美味しそうな匂いがしてきた。


「椿、できたよ」

「わー!!美味しそう!!先輩、上手ですね!!」


 テーブルに置かれたふっくらオムライスを見て感激した。そんな私を見て先輩が声をあげて笑う。


「なんでそんなに笑うんですか?」

「いや?素直で可愛いなってね」

「だーかーらー!!ほんと、やめてください!!」

「はいはい。機嫌直して。俺のカミーリア」


 ぶつかりそうなほど近くに顔を寄せられて自分の顔が真っ赤になるのがわかる。


「だからその恥ずかしい呼び方やめてください!!」


 これでお付き合いしていないなんてふざけてる!!あんなに不安に思ってたのが馬鹿らしくなるほど先輩が私のことを想ってくれてる。いくら私には、はっきり言わないとわからないからと言ってもやりすぎだと思う。


「そう簡単にやめられないよ。ほら、その真っ赤になった顔はまさにカミーリアだ」

「ふ、ふざけたこと言わないでください!!」


 そんなやりとりをしながら騒がしく夕食を食べた。食器は私が洗い先輩がそれを拭く。なんだか夫婦みたいだ。嬉しくてニヤニヤする私に先輩が優しく笑うのがまた嬉しかった。


 そして後片付けが済んでベッドに座って一息つくと先輩が私を呼ぶ。ソファーに座る先輩の隣に私も座る。いつも通り笑ってる先輩に私も微笑む。


「先輩、どうしたんですか?」

「うん、明日言おうと思ってたんだけどちょっと早めようかなってね」

「なにがですか?」


 なんの話かわからず首を傾げる私の前に小さな箱が差し出された。

 私は目を見開いてその箱をじっと見る。まさか、そんな……。


「椿、俺と結婚してください」


 その言葉と箱の中身に私は絶句した。そしてハラハラと涙が溢れ出す。


「返事はくれないの?それは嬉し涙?それとも他に理由がある?」

「う、嬉し涙です……!!」

「じゃあ結婚してくれるね」

「ちょっと待ってください」


 流されてしまいそうだったけど肝心なことを忘れてはいけない。溢れた涙を拭いて私は言った。


「私たち付き合ってもいません」

「……え?」


 呆然とする先輩に私はさらに続ける。


「先輩と私は付き合ってもいない、ただの先輩と後輩です。だからいきなり結婚はおかしいです」

「俺たち付き合ってなかったの?」

「え、付き合ってたんですか?」


 おかしい。ちゃんとあの日お互いの気持ちをなんでも言い合ったのにまた噛み合ってないような気がする。


「俺は好きだって言ったよね?」

「はい。私も好きです」

「それでイチャイチャもしてるし」

「い、イチャイチャなんてしてませんけど!!ってそうじゃなくて!!付き合おうって言わなかったですよね!!」

「言ってないけど普通そういうことでしょ!?」

「普通なんて知りません!!それにこの前の先輩は全然私に触れようとしてくれませんでした。昨日と今日は触れてくれますけど。でも昨日のキスも口にしてくれなかったじゃないですか!!あれじゃお父さんがおやすみのキスするのと同じです!!」

「お父さんにおやすみのキスされてたの!?やばい、小さい椿想像したらめちゃくちゃ可愛すぎる!!」

「想像しなくて良いです!!それより教えてください!!」

「もう解決したから大丈夫だよ。そんなに椿が俺に触れられたかったとは思ってなかったから嬉しい」

「駄目です!!先輩が言ったんですよ。あとから知る方が残酷だって。私もそうです。解決したっていってもあとから先輩が苦しんでたって知る方が嫌です」


 私はまっすぐ先輩を見つめてそう言った。


「わかった。言うよ」


 先輩は躊躇っていたけど観念したように1つ息をはくと話し始めてくれた。


「この前椿の左腕を掴んで気絶した時すごく怖くなった。俺のせいでこんなに意識を失うほど苦しんでたんだって。そして椿の話を聞いて、あの頃椿に色々して……椿はどんな気持ちだったんだろうって思った。俺は嬉しくて嬉しくてただ、嬉しかったのにあの時椿は苦しんでたんだ、そんな気持ちで俺を受け入れてたんだって思ったらもっと怖くなって……。椿とは一緒にいたい、伝えなきゃ、俺の気持ち全部今伝えなきゃって思って話して通じ合えた時は本当に嬉しかった。だけど椿に触れるのは怖くて震えるのをバレないようにするのでいっぱいいっぱいだった。触れられないけど椿とはもう二度と離れたくないって思った。そしたら昴に言われたんだ。触れられないからって怖いからってちゃんと向き合わなかったらまたすれ違っていくよって。それでまた別れたら俺は間抜けだ、それなら結婚でもしてずっとそばに囲っておいてからそのうち克服する方が俺らしいって言われてすぐその指輪を予約しに行った。昴の言うことは無茶苦茶だけどあんまり俺が情けないことを言うからそんな風に言ったんだと思う。まさか俺が翌日にすぐ行動するとは思わなかったって驚かれたけど。でもそれで昨日椿がなんだかよくわからないやつに抱き締められてるの見たら頭に血が上って必死になって椿を抱き締めた。1回抱き締めたらなんだか大丈夫になって触れるたびに椿が嬉しそうにするし可愛くおねだりしてくるでしょ。結局俺が怖がってるだけで椿は俺が触れたらこんなに嬉しそうなんだって思ったらあっさり解決しちゃったよ。これも血筋かな。解決したらもうあんなに怖かったのが嘘みたいだよ。でも良かった。このまま結婚して一緒にいるのに触れられないなんて拷問状態だったよ。良かった良かった。あ、そういえば若菜を気遣う余裕がなかったから椿が言ってたことをそのまま……多分そのまま伝えるだけだったよ。こっちはいっぱいいっぱいで帰ってすぐ缶ビール何本も開けて飲んでるところだったのに何度もしつこく電話かけてくるから何度目かの着信で出て煩いって怒鳴って……で、あんまり覚えてないんだ。でも多分大丈夫。俺も若菜も終わっちゃえばあんなことあったなーってケロッとしてるから」


 そう言って笑う先輩に私は力が抜けてしまう。


「……じゃあ本当に解決したんですね?」

「うん。もう全然気にすることないよ。だからもっとおねだりしていいよ。可愛くね、可愛く」

「……もう。じゃああのキスはなんだったんですか?」

「だってあんな風に誘われたらキスだけで終われるわけないでしょ!!疲れきってる椿に無理させられないでしよ!!久しぶりだし!!」

「な、なに、言ってるんですか!!先輩のエッチ!!変態!!」

「椿限定だよー」

「きゃー!!潰れます!!先輩、ちょっと力弱くしてください!!」


 力一杯抱き締められた私は離れようとじたばたしたけど余計に強くされてしばらくすると力尽きてしまった。なんだかおかしくて笑いが込み上げてきた。


「ふふっ」

「椿ー?忘れてない?プロポーズの最中だったんだけど?」

「あ、そうでした」

「酷いよ」


 すみません、と言って2人で体勢を整えた。先輩は一度咳払いをして私を見つめる。


「じゃあ、改めて。椿、結婚してくれますか?」

「はい」


 私はまた溢れそうになった涙を目に溜めて短く答えた。そして嬉しくて笑ったと同時に涙が頬を伝った。

 先輩はその涙を手で優しく拭ってくれてそのまま両手を私の頬に添えると唇に触れるだけのキスをくれた。




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