先輩を信じる
気が付くと辺りは明るくて時計を見ると11時だ。なにもする気が起きなくて私はそのままソファーに座ってぼんやりしていた。
そしてまた時間だけが過ぎ20時を過ぎた頃、鞄から覗く携帯の画面が着信を表示していた。若菜からだった。若菜だと思うと私は慌てて携帯を取り出すと画面をタップして耳に当てた。
「……もしもし!!」
私の声は掠れていた。電話の向こうで息を吸う音が聞こえた。
『椿の馬鹿ーーー!!』
その大音量に思わず携帯を離して目を見開く。
「ご、ごめんね」
『ごめんで済んだら警察はいらない!!』
「う、うん……そうだね」
いつも騒いでる時の若菜の声色に思考がクリアになってきた。
『……隼人に聞いたよ』
「うん」
『まったく、どうして隼人が私のことが好きだなんて思うの』
「ごめん」
『酷い勘違い過ぎてまったくもって意味がわからない。馬鹿じゃないの?』
「うん……ごめん」
『だいたいなんであんなに狂気めいた恋情一身に浴びてるのにそんな勘違いできるの?鈍感にも程があるでしょ。この超鈍感』
「そ、そうだね」
矢継ぎ早の言葉に返す言葉がなくて私はそんな相づちになってない相づちを繰り返していた。
『もう……私がどれだけ心配したと思ってるの?』
若菜の声が涙声になった。その声を聞いて私は狼狽える。
「ごめんね、本当にごめん。この前聞いたネイリストになるきっかけの話も、嬉しかったのに私は若菜にきっかけを与えられるような純粋な気持ちじゃなかった。あんなに応援してくれたのに、私は若菜の代わりに先輩と付き合ってただけなの。好きな人に綺麗だと思われたくて頑張ってたんじゃないの」
『馬鹿!!もう全然わかってない!!』
謝りたかったことを話したのに若菜にまた怒鳴られた。
『なんで私が心配してるのか怒ってるのか本当にわかってる?』
「わ、わかってるよ」
『わかってないよ!!私が不本意なのに椿の応援をしてたのは椿が純粋に隼人のことが好きだったからだよ。勘違いしてても隼人が好きだって気持ちが根っこにあったからだよ。椿わかりやすいから隼人といるとすぐ赤くなっちゃって恋する女の子はこんなに可愛いんだって思ったんだよ。椿の綺麗な気持ちが私にきっかけをくれたの。それにきっかけはそれだけじゃないの。椿がすごいね、上手だねって褒めてくれたから。椿が褒めてくれて嬉しかったから。だから今日も仕事行ったの!!私って良い子!!あと、私は椿が隼人をたらしこんであとでどん底に落としてやろうって思ってたとしても椿を応援するよ。喜んで加勢するし』
「え、そんなことしないよ!!」
『仮にだよ。それくらい椿が悪い子でも椿のことが大好きだってこと。でも椿のごめんは受け入れないから』
「な、なんで……?」
『その代わり私も気付いてあげられなくてごめんなんて言わないから』
「若菜……」
昨日先輩に聞いた若菜はたくさん泣いてくれたんだ。気付いてあげられなくてごめんって、私のために泣いてくれてそれでも私のためにいつも通りの若菜でいてくれてるんだ。それがわかって私は胸が熱くなった。
『じゃあこの話はこれでおしまいだよ!!』
「うん」
『椿昨日あのあと隼人と連絡とった?』
「とってないよ。先輩が月曜日は早くに出発するし今日はさすがに仕事終わったら早く休むって言ってたし」
それにそうじゃなくてもそれどころじゃなかったけど若菜には言えなかった。
『甘い!!』
「……甘い?」
『椿は隼人の女々しい男心を理解しなきゃね。それは声を聞いたら会いたくなっちゃうから電話はやめておくってことだよ』
「そ、そうなの?」
『そうだよ。メッセージくらいは良いんだよ。それに椿から好き好きって言えばすごい喜ぶはずだよ』
そうなのかな?でも触れてくれないだけで先輩が私を想ってくれてるのはわかるし……。
「わかった。メッセージ送ってみるよ」
『うん、そうしなー。……椿』
「どうしたの?」
若菜の声の調子が少し変わって改めて呼ばれて驚く私に若菜は落ち着いた声で言った。
『昔から隼人は私の天敵で椿のことがあって余計に気にくわない。昔からやけに達観してて大人びてて、だからこそムカつくんだけど、でも根は良いやつだっていうのも本当は知ってる。だから多分初めて隼人の味方になってあげようと思う。隼人、かっこつけだから椿になんて伝えたかわからないけど本当に椿が好きなの。椿に会うまで家族以外の何かに執着することがなかった。バスケは好きだったけどサボる時はサボるし、いろんなことに飽きっぽいし、いつも一歩引いてて。だけど椿に会って変わったの。だから隼人の椿が好きっていう気持ちを信じてあげて。本当に好きなの。今度はちゃんと向き合ってあげてね』
「……うん、うん。信じるよ、ちゃんと目を逸らさないで向き合うよ」
『でも私は隼人より椿が大事だからね。椿がこれから隼人より好きな人ができたら捨てちゃって良いよ』
「そ、そんなことないよ!!ずっと、ずっと先輩だけだよ!!」
『ふん、わかってるもん。言ってみただけー』
いつもの調子に戻った若菜がケラケラと笑う。そして早く連絡したらー?と言って電話を切ってしまった。
また若菜の優しさに救われた。先輩を疑っていたわけじゃないけど不安だった。でも若菜に言われたように私は先輩を信じよう。先輩にはなにか考えてることがあるはずだ。早めに休むと言っていたからもう眠ってるかもしれないと思ったけど私は先輩にメッセージを送った。
『出張頑張ってください。おやすみなさい。大好きです』
すぐに既読がついて返事が来た。
『ありがとう。おやすみ』
『俺も愛してるよ』
愛してる!?好きよりも大好きよりも大きな愛の言葉にドキッとしてしまった。だけど幸せな気持ちになった。
そして私はメッセージアプリに電話番号で登録されましたというメッセージが入っていることと携帯に直接着信があったことに気付く。名前はどちらも荒木さんの名前。着信は昨夜から何度もあったようだ。
これってストーカーだよね?昨夜より冷静になった頭で私は考える。でも昨夜のことを考えると体が震えてきた。それでも先輩のメッセージともらったネックレス、うっかり返しそびれたハンカチを見ると少しだけ落ち着けた。先輩にも若菜にも、もう心配かけたくない。自分でどうにかしようと思った。先輩がアメリカで頑張っている間私も頑張るんだ。先輩が安心して向こうで頑張れるように私は先輩にも若菜にもなにも言わずに荒木さんのことをどうにかしようと決めた。
そうだ、明日は仕事だと気付き、まずはご飯を炊いてお風呂に入りご飯を食べた。その間に荒木さんからはメッセージが来ていた。
『あの男とは別れた?』
やっぱり通じてないと頭を抱えながら一緒に届いた写真を見てみた。
「きゃっ」
昼間に駐車場で先輩と待ち合わせして車に乗り込む昨日の写真だった。
私は震える手でその写真を削除しようとした……がその一方で冷静な自分もいた。さっき決意したことを思い出す。
写真って証拠になる?私は削除しようとしていた画面を閉じて代わりにネットで調べ始めた。ストーカー被害についての記事を手当たり次第に読んでいった。自分でどうにかするんだ、しっかりしないと、そう思って恐怖に押し潰されそうな心を必死に鼓舞していた。




