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彼と彼女

 アナウンスが私が降りる駅名を告げる。


「ここだね」

「あ、はい」


 なんだかあっという間の20分だった。しかも全然話してない。私、自分のことで頭がいっぱいで黙っていたみたいだ。

 いつも1人で降りる駅に彼と一緒に来るなんて想像していなかった。


「あの、家こっちです」

「うん。駅から近いの?」

「はい。5分です」

「それなら安心だね」

「安心ってこの辺り治安も良いですし、危ないことないんですよ」

「いや、危ないよ」

「そ、そうですかね……」


 ここで2人とも無言になった。電車でも無言になってたけど、今さらながら気まずくなって何を話すか決めてないのに声をかける。


「あ、あの……」

「気まずい?」

「え?」


 見上げる電灯に照らされた彼の表情はなぜかとても苦し気だった。


「俺に会いたくなかったよね?」

「えっと……」


 それは会いたくなかったけどそれを言ったら彼が余計に傷付くような気がして言えなかった。


「ごめんね」

「なんで謝るんですか……。私がいろいろ悪いのに。……私が傷付いてる先輩を振り回したから……」

「傷付いてる?なんのこと……?」

「あ、あの私の家ここです!!」

「坂下さん!!」


 まだもう少し距離があったけど自分が住んでるアパートに走った。あれ以上彼といたら忘れたい、いろんな感情で頭がおかしくなりそうだった。

 階段で2階に上がり自分の部屋に駆け込み、鞄を床に放り投げてベッドに沈みこんだ。突然の再会にまだ頭が混乱していた。

 さっき見た彼の表情があの日最後に見た彼の表情と重なって見える。苦しそうな顔をする彼。


「泣きたいのはこっちなのに……」


 ふと床に目線を向けると鞄から飛び出た携帯にメッセージが表示された。

 よく考えずに起き上がって携帯を見ると昼にやりとりした彼女からだった。メッセージを開く。


『つばきー!!待ちきれないから私から連絡しちゃった!!飲み会終わった?』


 ふとさっきの彼の表情とよく似た顔で、楽しそうに笑う彼女の顔が思い浮かんで衝動的にメッセージの画面から通話ボタンをタップした。


『あ、椿ー!!終わったのー?』


 若菜のソプラノで優しい声が涙腺に触れた。


「う、うん。今家に帰ってきたよ」


 震える声でどうにか彼女に返す。


『……椿、泣いてるの?どうしたの?』

「泣いてないよ」

『嘘だよ。なにがあったの?』


 若菜の心配した声に衝動的に電話したことを後悔した。落ち着くまで電話しない方が良かったかもしれない。


「ごめん、かけなおすね」

『あ、切っちゃダメ!!』


 通話を切ろうとした私には素早く制止をかけられた。


『椿、教えて?なにがあったの?どうして泣いてるの?』


 高校3年間、若菜はずっと側にいてくれた。彼の気持ちを私から伝えることはできなかったけど私の気持ちを知った若菜は若菜なりに応援してくれていた。

 別れた時も話を聞いてくれていた。だから本当のことを全部言えなくて申し訳ないと思ってるのに、彼の想い人なのに、彼女に甘えてしまうんだ。


「あのね……彼に会ったの」

『……隼人に?』

「うん。今日会社の上司に誘われた飲み会に彼がいて……」

『遅かったか……』

「え?」

『ううん、何でもないよ。やつに会ったんだ……』


 若菜怒ってるみたい。私が彼と別れた話をした時もすごく怒ってたしすごく気を使ってくれた。


「うん……。心の準備はできてたと思ってたんだけどね。ほら、若菜の結婚もそろそろだから彼と会うのも、もうすぐかなって……。でも駄目だった。目を背けてる時点で整理がついてないってわかってたはずなのに」

『前に話した取引先の人?』

「うん。やっぱり彼だった」


 シラン商事の担当者が変わった4月、彼と同姓同名だと動揺した私は若菜に話をしていた。


「今日仕事で電話しなきゃいけなくて、電話したら彼の声でびっくりして」

『うん』

「それでも彼じゃないって否定して、もし彼でも会わないから大丈夫だって思った。若菜言ってくれたよね。時間が解決してくれるって。地元から離れて新しい環境で過ごしてるうちに忘れられるって。……でも忘れられないよ。彼の優しい笑顔も柔らかい声もたまにからかってくるのも、バスケをしてる姿も、それから時々辛そうにしてる顔も、全然忘れられないよ」

『椿……』

「若菜、ごめんね。今日はなにか報告があったんじゃないの?私の話しちゃってごめん」

『椿、報告なんてないから。昼に言ったけどただ話をしたかっただけだよ。それに遠慮するの、椿の悪いとこだよ。私は椿が大好きだから椿が辛い時は話を聞きたい。黙って教えてくれない方が嫌。だからなんでも話して?』

「若菜……ありがとう……。でもこれからどうしたら……」

『椿はどうしたいの?』

「どうしたら良いのかわからないよ」

『それは椿がしたいようにしようよ。忘れようって今まで頑張ってきたけど忘れられないんでしょ?』

「うん。忘れられない。彼から逃げてたけどやっぱりまだ好きだってわかった。好きでいたいよ」

『それなら私は椿を応援するよ。私は椿の一番の味方だからね』

「ありがとう……。若菜、いつもありがとう!!大好きだよ」

『私も大好き!!昴より大好きだよ!!』

「え、そこまではちょっと……」

『なんで!?』

「旦那さんより好きはちょっとね……」

『旦那!?あのね、さっきも思ったけど昴と結婚話なんてでてないから。むしろ椿とやつを会わせないために結婚なんてする気なかったし。あの時は思わず冗談言っただけだし』

「え!?そんなの駄目だよ!!」

『駄目じゃないですー。昴には椿が新しい相手を見つけるまで結婚しないし結婚しても式にやつは呼ばないって言ってるもん』

「そんなこと言ってたの!?知らなかったよ!!それに結婚式に親戚は呼ばないと!!」

『そんな決まりはありませんー』

「でも結城くんにとっても彼はお兄さんみたいな人じゃない。大切な人は呼ばないと」

『まったく、椿は……。わかった。じゃあ、仲良く私たちの結婚式に出席できるように頑張らないとね』

「え!?どういう意……」

『じゃーおやすみー!!またねー!!』

「若菜!?」


 いきなり切れた通話に呆然としていると、メッセージには眠りについたクマのスタンプが送られてきた。


「ふっ……」


 相変わらず嵐のような若菜に吹き出す。

 電話する前は混乱して、さっきまで泣いていたのに、今はすっきりしてる。やっぱり若菜は私の憧れだな、と思いながら私もおやすみと、メッセージを送った。

ここで一旦大人編は終了です。次回から高校生時代のお話になります。

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