価値観が合うということ
車に乗って起動したナビに表示された時間を見て驚く。
「もう18時過ぎなんですね」
「そうだね。なにか食べて帰ろうか。行きたいところある?」
「んー……この近くにパスタのお店がありますよ」
「そしたらそこに行こうか。案内してくれる?」
「はい。でも本当に近くです」
そして駐車場を出て5分もしないうちに私が大学生の時何度か行ったことのあるお店だ。食べているとふと、先輩は食べ方がすごく綺麗で高級そうなお店が似合いそうなのに昔も今もそういうお店を選ばないな、と思った。昔は高校生だったからかもしれないけど。それにこの前予約してくれた中華のお店も私好みの雰囲気が良いお店だった。やっぱり価値観が合うのが良いな。……これも合わせてもらってた?
「先輩……聞いていいですか?」
「ん?どうしたの?」
「先輩って育ち良い人ですよね?」
「え、俺は普通だよ」
「あれ、そうですか?若菜が昔おばあさんの家にある池に落ちたことがあるって聞いたことがあるのでそういうお家なんだと思ってました」
「ああ、おじいちゃんのとこはね。俺の所も若菜の所も普通だよ。親父は学生の時に友達と創った会社で働いてるけどただの平社員で定時でさっさと帰って来てるし」
「え、学生起業ですか!?」
「うん、でも親父は引っ張られてただプログラム組んでるだけだよ。元々人の上に立つのが嫌いだってのらりくらりしてたのに母さんと付き合い始めて母さんとの時間を奪われるのは嫌だってずっと役職就かなくてね」
「……お母さんのこと大好きなんですねえ」
「一緒に創ったメンバーに、もっと働いてくれないかって言われても折れなくてね。今じゃ昴がいるから全部昴に押し付けて帰ってきてるよ」
「……え、結城くんと先輩のお父さんって同じ会社で働いてるんですか?」
「あれ?知らなかったんだ」
「システムエンジニアみたいな感じって聞いてました」
「そうそう。あとは親父に来る仕事の依頼を調整する役」
「そうなんですか……?」
依頼を調整ってなんだろう。なんとなく結城くんはすごく苦労してそうだなというのはわかった。
「結城くんって先輩のお父さんに憧れてるんですもんね。一緒に働くくらいだなんて知らなかったですけど」
「それが違うんだよ。いや、それもあるんだけど親父の策略に嵌まっただけ」
「策略……?」
「昴が親父みたいになって若菜と付き合うって宣言、親父や母さんがいるリビングでしてきたんだ。親父も母さんも最初は可愛い可愛いってはしゃいでたんだけど親父がその時閃いちゃって。昴を育てて自分の会社に引き込めば煩く言われず母さんと長くいられるってね。それで昴に目標を立てたら次に何をしようか、そう、プログラミングだね、みたいな」
「え、無茶苦茶……」
「親父も目的のためには手段選ばないから。ヤバいでしょ」
「すごいですね……。あれ?でも結城くんがそう言ったのって小学生の時ですよね?」
「そう。壮大な計画でしょ。でもやってのけたからね。パソコン関係の色んな知識を昔から昴に叩き込んで若菜と付き合い始めても何かと理由つけて覚えさせて」
「なんだか良いのか悪いのかわからないですね」
「英才教育で昴はパソコン好きになったしわからないことはプロがいつでも教えてくれるから結局ますます親父に憧れるっていう親父の策略に嵌まってるんだよ」
「そうですか……結城くんが良いならそれで良いんでしょうね」
「あ、そうだ。でも昴が就職する時ちょっと一悶着あってね」
「どうしたんですか?」
「昴が大学4年の時に俺が実家に帰省して昴とうちで夜ご飯食べてた時にね、昴にインターンに行ってる親父の会社はどうかって聞いたんだよ。そしたら親父の思惑なんて知らない昴が面白いけど縁故で就職するのはちょっとって言ったんだ。それを聞いた親父がこんなに立派に育ててあげたのにって言い出すしそれを見た母さんが昴に、どうして琉依さんと一緒に働くのが嫌なのってうるうるしちゃってもう大変。俺は黙ってご飯食べながら、なんだこれって思ってね」
「それは……」
なんだかシュール……。
「まあ、とにかくどうにか昴も無事就職したし、今では50人以上いる社員の中で親父の次に速くて正確な仕事をするって好評価らしいよ」
「ふふ、それなら良かったですね」
「うん。あ、そうそう、だから別にうちは普通の家だよ。むしろ倹約家。でもあの母さんだからね……」
「……なんですか?」
「朝ご飯食べてる時に母さんに牛肉が安い日だから夕飯はローストビーフよって言われたんだけど、食器をシンクに運んだあとふと目に入った冷蔵庫に貼ってある広告見たら前の日でね」
「あらら、お母さん天然さんですもんね」
実際に会った時も可愛いと思ったけど最近ますます可愛いお母さんだなーと思うようになった。
「そんなのばっかりだよ。それで?育ちが良いってのはなんの話だったの?」
「あ、そうでした。私また話飛んでました……」
自分が振った話題を忘れててなんでそう言ったのか思い出す。
「そうそう、先輩は食べ方も綺麗ですし高級なお店が似合いそうなのに私が好きなお店ばかり選んでくれて嬉しいけど合わせてくれてたら申し訳ないなと思って」
「ああ、そういうこと。別にそこは合わせてるわけじゃないよ、好きそうだなって思う所が俺の好みにも合ってるだけ」
「良かった。じゃあやっぱり価値観が合うってことですね」
なにかで読んだ価値観が合わない人とは上手くいかないっていうのは当てはまらなそうだ。ふと、あの高級レストランでの思い出を思い出す。顔はぼんやりとして思い出せないけど合わないなって思ったなあ。
「……誰か思い出してる?」
「へ?」
なんだろう、急に寒気が……。さっきまでちょうどいい冷房の温度だったのに。
「ねえ、椿。椿の見るドラマとかに他の男の話をしてはいけませんってシーンなかった?」
「え?……ありました!!……あ」
優しく笑う先輩が怖い。そっか、先輩は私のことが好きだから、私が別の男の人の話をするのが嫌なんだ。……これまでの謎がすっきりした気分。
「あ、でも話してません」
「考えるのも駄目」
「……そうなんですか?」
「そうなんです」
「……気を付けます」
そう答えて食事を再開したけどふと浮かんだ映像のことは先輩にバレないように顔に出さなかった。
『荒木さんってこういうお店が似合いますね。食べ方も綺麗で素敵です』
『そう?ありがとう。坂下さんも上手だと思うけど』
『私は全然わかりませんよ。だからこういうのわかる人尊敬します』
『褒めすぎだよ』
どうして今あの時のことを思い出すんだろう。ただの会話のはずなのに胸がざわざわした。
そして食事を終えて車に戻ると時刻は19時半。
「渋滞してるみたい」
「え、そうなんですか?」
先輩が携帯で渋滞情報を調べて見せてくれた。
「ぎりぎりになりそうだね。……眠い?」
「……え?あ、少し」
瞼が重いと思っていると先輩に聞かれてそう答える。
「眠ってて良いよ」
「でも……先輩とお話ししていたいので」
「そっか。でも眠くなったらいつでも寝て良いからね」
「……はい」
うとうとしていたけど先輩との時間を無駄にしたくなかった。だって今日が終わったら1ヶ月半も会えないから。だから私は今にも眠りそうな目を擦りながら先輩と話していた。




