先輩の熱い想いと本当のこと(2)
「若菜は……若菜のことはどうしちゃったんですか?」
「……この話聞いて俺が椿のことが好きなこと疑う?」
私は何度も首を横に振る。わかった、十分わかった。だけど若菜のことは?先輩は若菜のことが好きっていうのは大前提で揺るぎないものだった。だけど先週ふとそれが揺らいだ。……私の勘違いだったの?だったら今までのことはいったい……。私は今までなにをしていたの……?
胸が苦しくなって左胸を抑える。
「でも私聞いたんです。見たんですよ。……なのにどうして」
「いつ俺が若菜のことが好きだって言ったの?」
「そうじゃ……」
動揺する頭でふと思った。先輩は知ってたの? どうして驚かないの?
「どうして先輩が若菜のことが好きだと思ってるって……」
「いや、知らなかったよ」
「でも、それじゃあなんで驚かないんですか……?」
「知らないけど予測はしてたから。昴と若菜とも話し合って考えて」
「結城くんと若菜と……」
頭に涙を流す若菜が思い浮かんだ。私が先輩は若菜が好きだと思い込んでる可能性を考えて私のために涙を流す若菜の姿にもっと胸が痛んだ。
「若菜は知らないよ、まだ。まだ、もしかして椿は俺が違う人が好きだと思ってるかもしれないってことしか考えてない。帰省した時2人もやっぱり来ていてね。一昨日昴と2人だけで話したんだ。それでその可能性が高いんじゃないかって」
それを聞いて少しだけほっとした。
「でもどう考えてもなんでそんな奇想天外な発想にいたったのかわからないんだ。俺がいつそう言ってるところを見たの?」
「先輩が言ってたんじゃないです。見たんです。先輩が若菜のことを見つめてるのを」
私がそう言うと先輩の顔から全ての感情が消えたように真顔になった。
「……見つめてた?それだけ?」
私は途端に焦りだした。それだけで勘違いしてこんな、よくわからない事態を招いてしまったのかと呆れられてしまったと思った。私は慌てて先輩の左手を両手で握った。
「熱い視線だったんです。真剣な熱い視線だったんです。直前にクラスの女の子に聞いたんです。男の人は好きな人に熱い視線を向けるんだって」
変わらない先輩の表情に私はさらに続けた。
「その時その子から話を聞いて、初めて私は先輩が好きだって気付いたんです。すぐ授業が始まってグラウンドを見たら先輩がサッカーしてるのを見て好きだって思って、だけどすぐに先輩が若菜に熱い視線を向けてるのを見て先輩は若菜が好きなんだって気付いて。だから月下美人の花言葉を聞いて納得できたんです。好きだって気付いたすぐあとに失恋したから……と思い込んでたから」
勢いに任せて話して最後は付け足すように小さく呟いた。先輩は項垂れてしまっていた。
「いつだ……いつの話なんだ……」
俯いて私に問いかけてるわけじゃないと思ったけど焦ってる私は答えた。
「高校1年の11月でした。……お昼休みのあとだったので5時間目……」
「高2の11月……5時間目、体育……」
しばらくそのまま、時間だけが過ぎていった。そして突然先輩が声をあげた。思いの外大きい声でそばでそわそわと見守っていた私は驚いてしまう。
「その時って二つ結びしてた?」
「ふ、二つ結び……?えっと……」
あの日のヘアスタイルなんて覚えてない……。どうしよう、どうしようと思い出そうと必死になっていると、ふと思い出した。そうだ、若菜がいろいろヘアアレンジしてくれる中、ツインテールは小学生っぽくなって嫌だといつも断っていた。だけど1度だけお母さんが読んでいる雑誌に大人っぽいツインテールが載ってたと言って朝から雑誌を片手に待ち構えられて朝のホームルーム前にツインテールにされたことがあった。それがあの日じゃなかったかな。それ以上に衝撃的なことがあったからあんまり覚えてないけど。
「多分ですけど、そうだった気がします」
「わかった!!わかったよ!!」
先輩は飛び上がりそうな勢いでそう言うと私の目をじっと見た。
「わかったよ。あの日の前日の夜、若菜の家で夜ご飯を食べていたんだ。その時若菜が、椿の髪はさらさらで指を通すと滑らかでずっと触りたくなる、アレンジしたいってお願いするとやらせてくれるから思う存分触れるんだって自慢してきたんだ。俺に椿にはどんなヘアスタイルが似合うと思うかって聞いてきたから二つ結びって答えた。そしたら椿はそれだけは無理ってやらせてくれないけどもう一度お願いしてみようかな、椿は自分のお願いを断らないからって言って。それがあった次の日椿を見てあまりの可愛さに見惚れてたらすぐに顔を反らされて残念だなって思ってたら若菜の視線を感じて。すごいどや顔で見てきてたから睨んでたんだ」
「……そんな……」
あの日の真実がこんなことだなんて。その視線を好きな人に向けてる熱い視線だと勘違いしてこんなことに?真実があまりにあんまりすぎて言葉も出なかった。気の抜けるほどどうでも良い……とは言わないけどそんなことでこんな拗れた話になるなんて馬鹿げてる。いや、私が馬鹿だ。大馬鹿だ。斜め上のおかしな勘違いなんてしなければ私は、私たちは両思いでごく普通のハッピーエンドを迎えられたはずなのに。
いや、先輩にとってはハッピーエンドになっていたのではないか?結局別れてしまったから傷付けてしまったことには代わりないけど私がどんな気持ちで付き合っていたのかを知らなければ……。
「でもそれならどうして?椿は失恋してると思ってたのにどうして告白してくれたの?失恋してるけど好きだって伝えようとしてくれた?」
先輩も無理があると思っているだろう。あの時私は付き合ってくださいと言ったんだ。気持ちを伝えたわけじゃない。先輩もまたなにかおかしな勘違いがあったとわかってる上で聞いてるんだ。頼むからそうであってほしいという気持ちが先輩の強張った表情から読み取れた。
知らない方が幸せになれることもある、私は先輩の言葉を肯定しようとした。でもできなかった。その時私の頭に浮かんだのは私が付き合おうと言った日の嬉しそうに笑う先輩の顔、幸せそうな顔だった。その顔がだんだん曇ってきて日に日にため息が多くなった。クリスマスイブの日泣いて逃げようとする私を引き止めた時見ない振りをしていたけど悲しそうな顔をしてた。そして別れを告げた時の辛そうな顔が思い浮かぶ。今日に限って、いや、今日だからこそ7年前のことが何度も頭を駆け巡る。今日何度目めかのこの鮮明な映像に涙が溢れる。
先輩の言葉を肯定することができない。……これ以上偽れない。
「ごめんなさい……」
涙で滲む先で先輩の悲壮感漂う表情が見てとれた。私は震える声で本当のことを伝える。
「……若菜が結城くんと付き合ったから……先輩が傷付いてると思って……でも会いに行っただけなんです。あんなこと言うつもりじゃなかったんです。でも先輩が思ってた以上に辛そうで、そんなにショックだったんだって思ったら、いても立ってももいられなくなって、それで……。先輩に元気になってほしかったんです、若菜の代わりになってそばにいたら先輩の気持ちが晴れるかなって、思ったんです……」
泣きながら言葉に詰まりながら私は言った。
「椿に避けられてどうしたら良いのかわからなくて毎日悩んでた。元々睡眠不足だったのに昴から若菜と付き合うって電話が来て一晩中話に付き合わされて疲れてたんだ……」
ああ、また私の勘違いだ。もうどうしようもなく私は馬鹿だ。涙が堰を切ったように流れる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
渡してくれたハンカチを両手で握りしめ目元に当てながら繰り返し謝り続けた。
「ありがとう。俺のためだったんだね。俺のためにそばにいてくれたんだよね。俺のために一生懸命になってくれたんだよね」
先輩の優しい言葉が胸に響く。怒りたいと思う、呆れてると思う、だけど勘違いして、から回っていた私を労ってくれる先輩の優しさが私の気持ちをゆっくり宥めてくれていた。
何度も繰り返し言葉をかけてもらっているうちに、私の心は徐々に落ち着いてきた。




