ヒーローの話と海外出張
そして18時前にお店に着いた私たちは店内へと入った。
「おお!!中華って感じー!!」
「そうだね!!」
店内は本格的な中華のお店という感じでシャンデリアとか丸いテーブルが豪華だった。だけどかしこまった感じじゃなくてファミリーで来てる人も多くてカジュアルな感じもある雰囲気の良いお店だった。席に座って小籠包とかフカヒレスープとかエビチリとか何点か頼んだ。
「このお店最初から決めてたの?」
「いや、さっき決めたよ。隼人くんが」
「え、先輩が?」
「あー、結構前にずっと携帯見てた時ー?」
「うん、お店連絡してって言われたけど僕がその後決めてないから時間になったら空いてそうな所に入るよって返信してたらしばらくしてからここ予約したからってメッセージ来てて」
「だから暇か。練習中じゃないの?」
「若菜……」
お酒じゃないただの水をぐびぐび飲んで若菜が言うから少し面白かった。
「お酒飲む?」
「いや、隼人くんが来てからで良いよ。若菜も良いよね?」
「はいはい」
「それにしてもわざわざ調べてくれたんだ、予約まで。当日でよく取れたね」
「意外と当日でも大丈夫そうだよ」
「そうなんだ」
あとで先輩にお礼を言わないと、と思っていると料理が来た。
「結城くん、先輩どれくらいで来れるかな」
「だいぶ前に練習終わったって連絡来たからもうすぐだと思うよ」
「そっかー、楽し……今日楽しかったね、暑かったけど」
「椿最初乗り気じゃなかった!!」
「え、そんなことないよ!!ちょっと暑いのに中華街かって思っただけ!!」
「ほらー!!不満だったってことじゃん!!」
「そ、そんなことないよ……」
暴れそうになる若菜を慌てて宥める。あ、肘がお皿に……
「若菜、危ないから暴れちゃ駄目でしょ」
「もー!!……はーい」
若菜のそばにあるお皿を結城くんが避難させてくれて安心した。丸い形のテーブルは4人席で、入り口が見える壁側の席に私が座って右横に若菜、その横に結城くんが座っている。回転するテーブルに置かれた大皿の料理を小皿に取り分ける。
「ねえ、ところで髪とかおかしくないかな……?」
料理を食べながらも気になるのはもうすぐ先輩に会えるということで、そう思うとそわそわしてきてしまう。
「おかしくないよ!!それさっきも言ったじゃん!!」
「そ、そうだね、ごめんね」
さっきお手洗いに行った時に髪の毛が乱れてないか整えたり汗をかいていたから制汗剤を使ったりして若菜に早く行くよと急かされた。
「全然大丈夫だよ」
結城くんにもそう言ってもらえて少しほっとする。
「だいたい私がコーディネートしてるんだから完璧でしょ。見せるのが隼人なのが癪だけど。いや、これも嫌がらせの一種だけど」
「え、嫌がらせ……?あれ?この格好駄目だったの?さっきは……」
「そうじゃないから大丈夫。完璧につぼ押さえてるから。そもそもこれまでのでも全然大丈夫なんだけど」
「これまでって?先輩と出かけた時の格好なんて話してないよね?」
「しまった……えっと……」
「椿のことならなんでもお見通しなの!!」
「え、そうなの?すごい」
「そうそう!!だから昴に教えてあげたの!!私は隼人の嗜好なんて興味ないけどいろいろ聞いてる昴のお墨付きだから問題なし!!」
「そ、そっか。それなら良かった」
「え、良いんだ?それで」
「昴、隼人のことならなんでも知ってるよ!!今でも3日に1回すっごい長電話してるし!!」
「確か高校の時もそうだったよね。仲良しだね」
「あの時は女子同士かと思ったけどこれはもう遠距離のカップルだよ!!私の彼氏なのに!!私の昴なのに!!」
なんだか昔も同じようなセリフ聞いたな、と思い出して笑ってしまう。
「笑い事じゃないよ!!夜中だよ!!深夜!!こっちの都合もお構い無しにかけてくるんだよ!!信じられない!!」
「そ、そうなんだ……」
またただの水をぐびぐび飲んでからドンとテーブルに叩きつけるように置く若菜。まだお酒飲んでないのに……。
「事の重大さがわかってない!!夜だよ!!同棲してるカップルの夜をあえて!!邪魔してるんだよ!!」
「た、大変だね」
若菜の鬼気迫る迫力に戸惑いながらも答える。若菜は頬を膨らませていたけど小籠包を口に入れると幸せそうに顔を緩ませてた。
「お、美味しいんだ……」
「うん、椿も食べてみて」
「うん……本当だ!!美味しい!!」
若菜に勧められて食べてみると頬っぺたが落ちそうになるくらい美味しかった。美味しい料理を食べていたらこの前先輩と車で話したことを思い出した。
「そういえば先輩がこの前若菜が家で料理するのかって言ってたよ」
「ぶーぶー!!なんて失礼な!!ちゃんとしてるよ!!」
「ほとんど丼ものだけどね」
「え?やっぱり?」
「隼人くんから優菜さんのこと聞いた?」
「うん。若菜のお母さんは丼ものばかりだって」
「確かに優菜さんのレパートリー中華丼とか親子丼とかそんなのばっかりだもんね」
「そんなことないよ!!ちゃんとお惣菜買ってきて盛ってるから!!」
「か、買ってるんだね、若菜も」
「スーパーのお惣菜美味しいでしょ」
「うん、それは美味しいけどね」
あながち先輩の予想は間違ってなかったみたい。
「ま、ご飯なら僕も作れるから大丈夫」
「ケーキとかお菓子なら作れるから大丈夫!!」
「主食は僕が作るから健康には問題ない、はず」
「そ、そっか……」
なんだか若菜たちの普段のご飯の様子がすごく気になってきた……。
「その流れだと美香さんの、和食味ない問題も聞いたでしょ」
「あ、味ない問題……。聞いた聞いた」
どうなんだろう、そのまんまのネーミングは……。美香さんって言うのは先輩のお母さんの名前だ。
「琉依さんも隼人くんもどっちも酷いよね」
「や、やっぱりそうだよね。私答えに詰まっちゃった」
「いや、隼人が酷いよ!!美香さんうっすら気付いたから。ちょっと落ち込んでたから!!」
「そ、そうだよね、ショックだよね」
「その点琉依さんのは隼人が勝手に思ってるだけだから!!琉依さんは純粋な気持ちで言ってるんだから!!私も料理作らなくて良いよって言われたら喜んで作らないよ!!」
「えっと、それはどうなの?」
「まあ、僕が作るから。おいおいね、なんでも作れるようになれば良いね」
「彩華さんはなんでも作れてバランスよくて健康的!!すごい!!」
彩華さんというのは結城くんのお母さんの名前だ。
「僕たちの家族の中じゃできないことは3家族の誰かがやれば良いってスタンスだから」
「画期的でしょ!!」
「んー?まあ、確かに……」
「じゃあ私と椿もそうしよう!!」
「え!?どういうこと!?」
「だから私と昴と隼人の家みたいにするの!!むしろ一緒に住めば良い!!」
「ええ!?」
「一緒に住むのはちょっと……」
「なにー!?昴嫌なの!?」
「いや、琉依さんたちもそうだったけど結婚してるのに一緒に住むのはちょっと……」
「なんで!?楽しいよ!!ね、椿!!」
「えーと……」
これはいったいどういう話の流れなんだろう。若菜と結城くんは結婚して夫婦になってて、私はどういう立場で一緒に住むんだろうか。
「さすがに夫婦と私だけの3人でルームシェアはちょっと……お邪魔かなと」
「どういうこと!?」
「隼人くんどこ行ったの……?」
「あ、単身赴任だ!!良いかも、隼人邪魔だし!!」
「え、なんで先輩が出てくるの!?」
「ちょっとストップストッープ!!」
なんだか話が噛み合ってない気がしていると結城くんがストップをかけてくれた。
「僕と若菜が結婚して、坂下さんと隼人くんが結婚したらせっかくだから一緒に住みたいって話だよね、僕は嫌だけど」
「だからなんで嫌なの?私と隼人は従兄弟だからその隼人と椿が結婚したら私と椿は家族じゃない。家族になったんだから一緒に住んでなにが問題なの?」
「いやいや、どうして私と先輩が結婚することになるの?」
「え、椿は隼人と結婚するでしょ?私は不本意だけど椿と家族になれるから良いよ」
「そもそも一緒に住まなくて良いでしょ。親たちもそうだったけどそれぞれの家族の時間も大切でしょ」
「近くに住めば結局同じじゃん。一緒に住めば家も1つで済むし経済的!!」
「うん、そうだね、経済的だよ。……僕だけじゃこの話駄目だな、隼人くんがいる時に仕切り直さなきゃ……。実際結婚してから考えようよ、若菜。まだどっちも結婚してないんだから」
「うむ……。それもそうかも……。じゃあこの話は一旦保留で」
「ねえねえ!!ちょっと勝手に終わらせないでよ!!」
口を挟む間もなく話が終わってしまいそうになって私は声を上げた。
「なんで私と先輩が結婚するの?まだ付き合ってもないんだよ?」
「へ?より戻すまでの初々しい茶番してるだけでしょ?あーんしてドキドキーなんて付き合いたてのカップルかって感じー」
きょとんとした表情で若菜に言われて私は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
「そ、そんなことないよ!!そんな風に思ってたの!?だいたい先輩がどう思ってるかわからないでしょ!!」
「どうってそんなの考えなくてもわかると思うけど?」
「結城くんまで?わからないよ!!」
私がそう言うと若菜と結城くんは顔を見合わせて2人で首を傾げてる。私も2人がなんで普通に私と先輩が付き合うだけじゃなく結婚するって思ってるのかわからない。
「とにかく先輩に好きになってもらわないとなにも始まらないんだから、ね」
「わかった。じゃあそれも含めてこの話は一旦終わりにしよう」
「そうだね。はい、強制しゅーしょー!!それより食べちゃおう!!」
話が強制的に終わってから私たちは食事を再開した。そして少し経ってから若菜が言った。
「それでは隼人のことが好きな椿に大好きな隼人の話をしてあげます!!不本意だけど」
「なんで好きって強調するの……?不本意ならしなくて良いんだけど……」
「まーまー……そうだ、隼人のヒーロー話を教えてあげる。全然ヒーローじゃないけど」
「え、僕の話?」
「結城くんの?」
「そう。昴と隼人の話だよ。これなら昴の話でもあるからまだ許せる」
「って隼人くんの話しようって言ったの若菜でしょ」
「良いの良いの。これを聞けば昴がこっちの味方だけど隼人サイドの人間でもあるってわかるから」
「……どういうこと?」
「昴にとって隼人はヒーローだから肝心な時に裏切るってこと」
「だから、その話は良いでしょ。しかもその結果結構面白かったじゃん」
「結果的にでしょ。良いから話してよー」
よくわからなかったけど2人の中で話がまとまったみたい。結城くんは、こほんと咳払いをした。
「じゃあ話すけど別に面白い話じゃないからね。僕にとって隼人くんは幼なじみであり兄でありヒーローでもあるっていう話だよ。僕が小学校2年生の時のことなんだけど、それまでは周りがみんな同じことをして同じようにできてたんだけどその頃から走るのがすごい速い子が出てきたりすごく頭がいい子がいたりって差が出てきたんだ。小さかった僕はそれが嫌でなんでも普通で特別なことがなにもないって落ち込んでたんだ。特別な才能がある人が羨ましいってね。ある日1人で公園のブランコに乗ってぼーっとしてたら隼人くんに会ったんだ。隼人くんは小学校に入ってすぐにミニバスのクラブチームに入ってね、忙しくしてたからその時久しぶりに会ったんだ。久しぶりに会った隼人くんは前より大人びていてそういえば僕の周りで一番抜きん出てるのは隼人くんだってその時思ったんだ。昔から誰よりもかっこよくて頭も良くてスポーツもできてたから。だから僕は隼人くんに話せばなにかわかるかも、とはまあ、幼かったからそこまで考えてなかったと思うんだけどとにかく隼人くんに相談したんだ。そしたら隼人くんは言ったんだよ。周りにすごいやつがいるからって人は人、自分は自分だろ。普通でなにが悪いんだ?なんでもそつなくこなすってのも才能だよってね。それを聞いたらそういうものかーって、やっぱり隼人くんは言うことが大人だなって思ってスッキリしたんだけど僕の顔を見てまだ悩んでるかと思ったみたいで隼人くんは少し考えてくれたんだ。それで……もし僕がこうなりたいって目標ができたら一生懸命努力してもっと上を目指せば良いんじゃないかって、それから僕はよく気が利いて優しいところが人より優れていてすごいところだと思うよって言ってくれたんだ。でもそう言う隼人くんの方が優しいと思わない?僕のために真剣に考えてくれたんだから。だから僕にとって隼人くんはヒーローなんだ」
「うん、優しいね」
小さかった時の話なのにすごく鮮明に覚えているみたいで、結城くんは一言一言先輩の言葉を噛み締めるように話してくれた。きっとそれだけ何度も思い出して支えになった大切な言葉だったんだろうな。
「でもね、それから1ヶ月後僕に目標みたいなものが出来たんだ」
そう言って結城くんが若菜を見て笑った。
「若菜が琉依さんみたいな人と結婚したいって言うからね、僕は琉依さんみたいにかっこいい大人になって若菜と付き合いたいって思ったんだ。目標って言えるかわからないけどそう思ってすぐに隼人くんに言いにいったんだよ。そしたらなんて言ったと思う?なんの話?って言ったんだ。1ヶ月だよ、1ヶ月しか経ってないのに自分が言ったこと覚えてなくてね。僕もうおかしくて笑っちゃったよ。僕が突然笑い出すから隼人くんもびっくりしちゃってね、一生懸命思い出そうとしてくれたんだ。それから何年も、今でも時々その話するんだけど僕は一語一句覚えてるっていうのに隼人くんはぼんやりとしか覚えてなくてね、もっとかっこいいこと言えば良かったなって言うんだよ。でも隼人くんの飾らない自然な言葉と僕のために一生懸命考えてくれたってことが僕にとって重要なんだ」
「……なんだか良いね、すごく感動したよ」
「え、なぜ!?」
「え、若菜もそう思わないの?」
私はすごくいい話だなって思ったけど……。
「隼人の人の気持ちを踏みにじるデリカシーのない話でしょ」
「え、そんなことないよ。感動的なエピソードだと思うよ?」
あれ?前にもこんなことを言った気がする。なんだか最近多いな……。
「昴がこんなに大切にしてる思い出を全然覚えようとしないんだよ、嫌なやつ!!」
「そういう若菜は琉依さんみたいな人と結婚したいって言った記憶が全然ないんでしょ?」
「む!?それは……。だっておかしいもん、その頃昴のこと良いなーって思ってたはずだからそんなこと言うはずないもん」
「でも事実だよ。良いなーって思ってただけで好きじゃなかったんだよ。僕はその時、いや、初めて会った時から好きだったけどね」
「もう!!好きの気持ちは私の方が大きいよ!!」
「それも僕の方が大きいよ」
あらら……いつの間にかイチャイチャが始まってしまった。でも見てるだけでこっちまで幸せになれるから良いかな。
「あ、そうそう。だから椿わかったでしょ?」
「え?なにが?」
「昴が隼人のこと大好きだから裏切るって話!!」
「ごめんってば。それに結果的に面白いものが見れたんじゃない?坂下さん」
「……どういうこと?」
「電話で先に謝っておくって言って隼人くんに坂下さんが住んでる場所を教えたって言ったでしょ」
「うん」
「それ、隼人くんに言ったら面白い反応見れたでしょ」
「……ちょっと慌ててたけど?」
「慌ててる隼人くんって珍しいからね。いつも人より優勢っていうか。だからあえて隼人くんに言わなかったんだ。やっぱりちょっとやり返したいと思う時もあるからね」
「そう、隼人極悪人だから」
「好きなんだけどね、確かにヒーローで憧れなんだけどたまにやり返したくなるんだよね。だいたいどれだけ僕のサポートがあったかわかってるのかな。それに早朝でも深夜でもお構いなしに呼び出してあれを買ってこいだのやっぱこっちがいいだの……」
「そうだそうだ。昴をパシりにするなんて悪いやつだ。極悪非道だ」
「そもそもどうして僕が隼人くんの一人暮らしの家の消耗品がなくなりそうか把握してお知らせしてあげないといけないだろう。ってかなんでわかるんだろう、一緒に住んでないのに」
「まったくだ、意味わからん!!」
「客観的に見てあれだけ酷い人ってなかなかいないよね。良いところもあるんだけどもったいない。極悪非道っていうか人でなし?腹黒?ドエス?悪魔?鬼?サディスト?」
そう言葉を羅列していく結城くんの後ろに先輩が……。あーあ、会いたいと思ってたけどなんてタイミングの悪い……。私は目で結城くんに訴えていたけど結局気付いてくれなかった。
「へー……。いつもヒーローだなんて慕ってくれてると思ってたけど俺がいないところじゃそんなこと言うんだ」
「は、隼人くん!?」
先輩の言葉でようやく気付いてくれた結城くんの顔は青ざめていた。
「えっと、良い意味だよ!!かっこよくて頭も良くて運動神経抜群の人なんて嘘くさいけど隼人くんは完璧じゃないところが良いって!!」
「ふーん」
「本当だよ!!」
「そういうことにしておいてあげる。後で覚えとけよ?」
一瞬私と目が合った先輩はニコリと笑ってからそう言った。ふー、とため息をつく結城くんの隣、つまり私の横でもある席に座る先輩。ドキッとするのも一瞬で隣の若菜の大きい声にびっくりした。
「来たな暇人極悪腹黒悪魔!!返り討ちにしてやるんだから!!」
「あれ?こんな所に煩いじゃじゃ馬がいる。昴、恋愛成就の女神様はどこにいるの?」
「きー!!隼人が言うと悪意しかない!!せっかく椿がすごいねって褒めてくれたのに!!」
「俺だって褒めてるよ、すごいすごい」
「棒読みだ!!恐ろしいほど棒読み!!なんて酷い!!」
若菜の大きい声に周りがちらりと私たちの方を見るのがわかった。
「若菜、先輩が来て嬉しいのはわかるけどもっとボリューム落として、ね?」
「嬉しいのは椿でしょ!!曲解が酷い!!」
「坂下さんの言う通りだよ。煩い」
「隼人に言われるとむかつく!!」
「まあまあ、若菜落ち着いて。隼人くんも来たことだし頼もうよ、隼人くんなに飲む?ビール?」
「飲んでて良かったのに。俺車だから飲まないよ」
「あれ?隼人くん車で来たの?」
「ラッキー!!帰りはホテルまで車で楽々だね!!」
「ついでだからね。坂下さん送っていくついでに乗せていってあげるだけだよ」
「わかってるってー」
「だからね、みんなは飲んで良いよ」
「わかったよ、隼人くんありがとう」
「それじゃあ先輩飲んでください。私が運転しますよ」
「え、なんで?良いから良いから」
「でも疲れてるのにわざわざ来てくれましたし予約まで……」
「全部俺がしたかったからしただけだよ」
「そ、そうですか……?」
なんだか悪い気がするけど……。そう思っている私の目の前に先輩がメニューを開いて見せてくれる。その時ふんわりと良い香りがした。それが先輩のシャンプーの匂いだと気付いて体が熱くなった。
「あれ?暑い?」
「い、いえ……」
冷房が効いてる店内は肌寒いくらいだったのに今は暑すぎる。
「あの……先輩の匂いが……」
「え?おかしいな……シャワー浴びてきたんだけど臭う?」
「い、いえ……良い匂いです」
「え……」
しまった。言ってしまった後に恥ずかしくなって更に真っ赤になっていくのが自分でわかった。
「つーばーきー!!」
「え、な、なに?」
動揺しながら若菜の方を向くと鳥みたいに腕をパタパタさせてた。
「もう!!暴れちゃ危ないでしょ!!」
「むー!!椿が怒ったー!!」
「怒ってないよ!!お皿とか危ないでしょ」
「そんなことより良い匂いするー?」
「そんなことって……匂い?するよ、いつもの甘いのでしょ?」
高校を卒業してから若菜はますますおしゃれになって、なんとかっていうブランドの甘い香りの香水をつけるようになった。
「良い匂いー!?」
「う、うん。いつも通り……」
「わーい!!」
なんでそんなに喜んでるんだろう。大人しくなってくれたからまあ良いか……。
「坂下さんも良い匂いがするね」
「きゃあ!!」
突然耳元で先輩の声がして驚くとすぐ近くに体を寄せてきた先輩がいて店内なのに大きな声をあげてしまった。口をパクパクさせながら先輩を見ると爽やかに笑ってる。
「もう!!なんなんですか!?」
「ごめんごめん。でも良い匂いがするよ。坂下さんも香水?」
「い、いえ、ただの制汗剤です……」
「坂下さんらしいね」
「そ、そうですか」
まだ心臓がバクバクしてる。とりあえず汗の匂い消えてて良かった……。
「どうしよう……。ここ僕以外変態と天然しかいない……。ねえ!!とりあえずなに飲むか決めよう。隼人くんも食べ物決めてね」
そうして結城くんが取りまとめてくれた飲み物や食べ物がテーブルに運ばれてきた。それぞれ食べたい物を小皿に取って食べていく。
「それにしても隼人くん少し遅かったね。合間に返信くるくらいだから途中で抜けてくるのかと思ってたよ」
「暇人ー」
「暇じゃないの。正式にコーチしてるわけじゃないから自由にやってるだけ。途中で帰っても良かったんだけどがっつり見れるのもあと少しだからちょっとちゃんと見てあげようと思って」
「「あと少し?」」
私と結城くんの声が被った。
「うん、1ヶ月半くらいだけなんだけど出張になって」
「そうなんだ?どこ?」
「ロサンゼルスだよ」
「海外出張?さすが隼人くん」
「カリフォルニア!!おばあちゃん!!私も行きたい!!会いたい!!ってか早く帰ってきてほしい!!」
「遊びにいくわけじゃないよ。それにまだ帰省したばかりでしょ。戻ってくるまで1年もあるよ」
「でもアンナさんもホームシックだから早く日本に帰りたいって言ってるらしいよ」
「向こうがホームだろ」
「違うよ!!アンナおばあちゃん18才の時お嫁に来てほとんど日本に住んでるもん!!」
「だからこそおじいちゃんが生まれ故郷を大切にしようって言って期限付きで帰省してるんだろ」
「この前西海岸で日光浴してる写真を載せて、寿司とか着物とか人力車とか畳とか単語だけがいっぱい書かれたハガキが届いたよ」
「それ俺の所にも届いた。向こう楽しんでるのか日本が恋しいのかわからないよね」
「でもなんだかんだで楽しんでるみたいで良かったよ。出発する時ずっと若菜の手握ったまま大号泣だったからね」
どんどん進んでいく会話が耳を素通りしていく。出張?海外?ぼんやりしてる私に気付いた若菜が私の肩をトントンと叩いた。
「つばきー、たった1ヶ月半でしょ。私と昴となんて半年以上も会ってなかったんだけど?それより短いのにそんなにショックなのー?」
ふざけた感じで言ってるけど心配してくれてるんだとわかった。そうだよね、たった1ヶ月半……。でもこの前1ヶ月会えないってなった時も思ったけど会えない時間が長いとやっぱり寂しい。
「すぐにってわけじゃないよ。お盆明けて金曜日仕事して土曜日休みで日曜休日出勤してから月曜日に出発」
それをもうすぐって言うんです、とますます落ち込んでしまう。
「まあまあ、坂下さん元気だして?1ヶ月半なんてすぐだしメッセージアプリも使えるよ?なんの問題もないよ」
「そうだよー!!時差16時間あるから仕事終わりに連絡すれば向こうは深夜!!嫌がらせにはもってこい!!」
「……連絡しない方がいいですね」
ぼんやりして頭が働かないからピンとこなかったけど連絡したら迷惑になるってことはわかった。
「若菜っ」
「間違えたっ!!ど、どうしよう昴!!」
「まったくもう……」
「坂下さん」
呆然としていた私は優しい声で我に返って先輩のことを見る。
「来週の土曜日はこの前と同じ公園に行こう。それで大事な話をしたいんだ。良いよね?」
「え?は、はい」
大事な話ってなに……?また思考を飛ばして呆然としている私に先輩と結城くんの話は耳に入ってこなかった。
「隼人くん、わかったの?」
「わからない。この一週間で考えるんだよ」
「了解。僕たちもあとで話したいことがあるんだ」
「わかった」
大事な話……大事な話……ってなに……と考え込む私の目の前に携帯が差し出された。さっき買ったばかりのパンダのキーホルダーが付いている。
「別の楽しいことを考えたら良いんだよー!!お揃い!!」
「う、うん、そうだね」
私も袋に入ったままだったストラップを鞄から取り出した。
「へー、可愛いね」
そう言ってくれた先輩に私はストラップを近くで見せてあげた。
「お揃いなの!!羨ましいでしょ!!」
「お揃い……。んー……」
「思ってた反応と違う!!変なの!!」
「若菜がどや顔で羨ましいでしょって言うのはムカつくけど順番ってのがあるの」
「順番ってなにー?」
「わからなくて良いよ」
「あ!!いらないいらない!!」
先輩はレバニラ炒めを小皿に取り分けて若菜の前に置いた。レバーもニラも若菜の嫌いな食べ物だから若菜は全力で嫌がってる。
「昴あげる!!」
「僕はいいよ」
「椿あげる!!」
「え、私もいいかな。お腹いっぱいだし……」
私がそう言うとあからさまにしょんぼりしてしまった若菜がかわいそうになって私はすぐ言葉を撤回した。
「や、やっぱりまだお腹いっぱいじゃなかったかも!!若菜、ちょうだい!!」
若菜に目を輝かせて見つめられて、良かったーと思ったら私の目の前にレバニラが乗った小皿が……。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
爽やかに笑うの先輩に思わず顔がひきつってしまった。そうじゃないんです、と言いたいけどわかっててやっているであろう先輩に何も言えなかった。
結局私も若菜も黙々とそのレバニラ炒めを食べた。ちらりちらりと何度も視線を向けてくる若菜に根負けした結城くんも途中から食べてあげていた。そしてもうすぐ19時半になる時間、先輩がそろそろ行こうかと切り出して帰ることにした。
「なに?この小籠包の数……」
「私ー!!美味しかった」
「ああ、そう……昴、半分出してくれる?」
「うん、もちろん」
「あ、私も……」
割り勘にするなら私もと思ったのに伝票を手にした先輩に良いから良いからと止められてしまった。
「ご飯は出させてくれるんでしょ?」
「でも今日は2人じゃないですし……」
「払うって言ってるんだから良いのー!!バスケばっかでこういう時にしか使わないんだから!!むしろブランドの高いバッグとか買わせたら良いよ!!」
「欲しかったら買うよ」
「だ、駄目です!!」
「じゃあこれくらい良いよね」
「あ……」
結城くんにお金を受け取った先輩はすぐにレジへと行ってしまった。
「ごちそうさま……」
「いえいえ。隼人くんもしたくてしてるんだからそんなに気にしないでよ。隼人くん奢らせてくれるようになったってすごく嬉しそうに報告してくれたんだよ」
「そ、そうなの?」
結城くんの言葉を聞いて疑問に思う。奢らせてもらって喜ぶってどういうことなんだろう。確かに私がごちそうさまです、と言うと嬉しそうに笑ってくれるけど。
「遠慮されたくないんだよ。むしろわがまま言ってくれた方が嬉しいと思うよ」
「そんな、わがままは駄目だよ」
「まあ、おいおいだね」
結城くんはそう言うと出口に歩き出してしまった。今のことも、それに出張のこともさっきは気を逸らされたけどモヤモヤしたままだ。だけど若菜に腕を組まれて私も出口に向かった。




