彼と2人
「じゃあ、とりあえずお開きってことにしようぜ」
「そうですね。あ、坂下さんの分は俺が払うから」
「え!?いえいえ!!自分で払いますから!!」
「良いから」
財布を取り出していた私に彼が制止をかけた。奢ってもらう理由がないと言うと彼は苦笑いした。
「そしたら、送らせてほしいな」
「え!?ますます悪いです!!」
奢ってもらう上にさらに送ってもらうなんてどんな理屈だと思ったけど、もう決定事項だというように彼はささっとお金をはらって荷物を持ち始めた。
「よーし、帰るぞ。坂下、ボケッとしてんな」
「え、あの、私……」
私納得してないんですけど、と言いかけたけど間宮さんに早くしろとせっつかれて、しぶしぶ私も荷物を持ってお店を出た。
とりあえず駅までは間宮さんも一緒なはずだと思っていたのにまさかの裏切りに遭う。
「俺寄るとこあるからここで。じゃあな」
「はい。間宮さん、今日はありがとうございました」
「おう」
「え!!ちょっと待ってくださいよ!!」
「……なんだよ」
「今寄らないといけない所なんですか?明日じゃ駄目なんですか?どうしても今日じゃないといけないんですか?」
2人きりなんてどうしたら良いのか、少しでも3人でいようと、間宮さんの腕をがっしり掴むけど間宮さんの表情が青ざめていると気付いた。
「え、間宮さん大丈夫ですか?具合悪いんですか?」
「あ、ああ。そんなんだよ。ちょっと夜風に当たってから帰ろうかなって」
「え、大変じゃないですか。まだ帰らないで私もいますよ」
「いや、坂下は門限があるから早く帰れ」
「だから門限なんてありませんって」
どうしてかたくなに私を帰そうとするのかわからなかったけど気分が悪いという人を放って帰るなんてできない。
「本人が大丈夫って言ってるから大丈夫だよ。俺たちは帰ろう」
「え?そんな……」
間宮さんの腕を掴んでいた私の腕を彼がそっと優しく掴んで引っ張る。素肌に触れた温かい彼の体温に体が跳ねる。
お酒が入って熱い体が余計に熱くなってもう抵抗する気持ちがなくなってきた。
「わ、わかりました。じゃあ間宮さん、お大事にしてください。お疲れ様でした」
「おう!!お疲れ」
そうして彼に腕を引かれたまま駅へと向かうことになった。
「あ、あの……腕……はもう良いかと……」
もう腕を引かれなくても一緒に帰りますよ、と心の中で言う。
「ごめんね、痛かった?」
「いえ!!そんなことないです!!」
彼はそっと腕を離してくれた。腕は赤くなってるけどそれはもう全身熱くなってるからで、彼は全然強く掴んでなかったから痛いことはなかった。
「そう?それなら良いけど。坂下さんは家、どこ駅?」
私は最寄りの駅を告げる。そして彼が住んでいるのはその駅の4駅先だった。
「途中で降りて家まで送るよ」
「いえ、本当に良いですよ」
「送らせてほしいんだ」
もう掴まれていないはずなのに体中が沸騰したように熱くなった。
彼の優しい笑顔を見ると平常心でいられなくなるんだ。それこそ彼と初めて会ったあの日から。
「じゃ、じゃあお願いします」
「ありがとう」
お礼を言うのは私の方なんだけどな、と思う。駅に着いてタイミングよく来た電車に乗る。
「坂下さんの家からだと会社まで20分くらい?」
「そうです。20分しか乗ってないのに毎朝満員電車でヘトヘトです」
「満員電車は辛いよね。俺は始発だから座っていられるけど」
「あ、それ良いですね。って、あれ?シラン商事って路線違くないですか?うちの会社まで全然方向違うのにわざわざこっちまで?」
「うん。間宮さんにこっちまで来いって言われてね」
「ええ!?すみません」
「ふふ。なんで坂下さんが謝るの?」
「あ、えっと……それもそうなんですけど」
この時間は仕事帰りが多くて朝の満員電車ほどではないものの人が多い。私はドアに背を向けてその正面に彼がいる。
180センチの長身の彼に対して私は165センチ。ヒールを履いてるけどそれでも見上げる高さに彼の顔がある。高校生の時はヒールを履いてなかったから付き合っていた当時より近付いた距離にどぎまぎする。
「その服似合ってるよ。髪も」
「え?……ありがとうございます。でも普通ですよ?」
今の私は胸元まで伸びた黒髪を下ろして服は白いブラウスにネイビーのストライプパンツ。
なんの可愛げもない服だ。私はこういうシンプルな服が好きだけど昔彼と付き合っていたあの頃と全然違う。
あの頃失恋した彼の想い人を必死に真似ていた。髪の色は変えられなかったけど毎日コテで髪を巻いてそれまで程々に緩めていた襟元のボタンをさらに緩めてリボンをつけていた。膝丈だったスカートは膝上10センチまであげていた。休日のデートでは女の子らしいふんわりとしたブラウスにヒラヒラのスカートを履いていた。彼と会わない普段はパンツスタイルを好んでいたのに。
「坂下さんによく似合ってる」
彼はそう言って笑った。あの頃と変わらず柔らかいふんわりとした茶色い髪を見て思う。彼にとって私の必死な努力は無駄だったんだろうな。あの頃私の服を褒めてくれることなんてなかったな、とあの頃のことを思い出して胸が痛む。




