恋愛成就の女神様
話しているとある駅で何人も降りて4人掛けの席が空いたから私たちはそこに座った。
「それにしてもジンクスかー」
結城くんがしみじみと懐かしそうに言った。
「結城くんはそのジンクス知ってたの?」
「高2の時は知らなかったよ。ただ若菜が食べたがってたのは知ってたから。3年の時に改めてそのアイスを食べた時に若菜が教えてくれたんだよ」
「教えてあげたら昴ずっと一緒にいようって言ってくれたよー!!」
「そうなんだー!!」
「わ、若菜……。恥ずかしいからこんな所で言わないで」
結城くんが顔を少し赤らめて言った。やっぱりこの2人はいつも仲良しだなと羨ましく思う。
「そ、そういえばね、ジンクスと言えば若菜にもあるんだよ、ジンクスみたいなやつ」
「若菜に?どういうこと?」
結城くんがいつもの冷静な彼に戻ってにこやかに言う。
「えっとね、若菜にネイルしてもらうと好きな人と上手くいくって言われてるんだ」
「え!?そうなの!?」
「みんなが言ってるだけだよー」
若菜はのんびりした口調で言うけど結城くんは続ける。
「でも結構多いらしいよ。若菜が仕事始めて4年経つけど最初の頃から指名してくれるお客さんもたくさんいるって話してたでしょ。ネイルのことだけじゃなくて恋愛話のアドバイスが的確だったりおしゃれのこととか、ブログも好評だしね」
「うんうん、そうだね。恋愛相談よくされるって言ってたもんね」
「それでどんどん若菜にネイルしてもらうと自信がついてきたり元気になれたりするって言われて、最近では恋愛成就の女神みたいだとも言われたり」
「それ極一部だから!!言い過ぎだから!!」
「すごい、すごいね若菜!!女神様だって!!」
「椿まで止めて!!さすがに恥ずかしいから!!」
恥ずかしがる若菜はすごく貴重だ。私や結城くんに痛くないパンチをしてくる若菜になんだか誇らしい気持ちになってきた。
「どうして椿がそんなに嬉しそうなの?」
「ん?だって嬉しいんだもん。私もいつも若菜にたくさん綺麗にしてもらったりして元気になったり幸せな気持ちにさせてもらってたから。みんなも同じ気持ちになってるんだと思ったら嬉しくて、なんか自分のことじゃないのに誇らしくなるっていうかいろんな人に自慢したくなるっていうか」
「もう、意味わかんなーい」
「えへへ、ごめんね。でも昔から思ってたんだよね。私は若菜が大好きだけど、若菜のことを知ったらみんな若菜が大好きになるに決まってるって!!」
「えー?っていうか大好きになってもらったわけじゃないし」
「そんなことないよ!!いっぱい指名してくれる人いるんでしょ?そんなジンクスができたり恋愛成就の女神様だなんて言われるくらい慕われてるんだからみんな若菜が大好きなんだよ。みんなが若菜の魅力に惹かれてるんだよ!!嬉しいね!!」
「もう、椿は……」
「でも僕も坂下さんの言う通りだと思うよ。僕や隼人くんや家族だけしか話しなかった若菜がこんなにたくさんの人と関わるようになって僕も嬉しいよ」
「昴……。それなんか私ぼっちで寂しい子だったみたい。事実だけど」
「若菜の周りにたくさんの人が集まってくるようになって嬉しいってことだよ」
「まったくもう……。はいはい、成長したよね、私って。……でもこれも全部椿のおかげなんだからね」
「え?私なんにもしてないよ」
「そんなことないよ。ネイリストになろうと思ったのも椿がきっかけでしょ」
「え、結城くんが勧めてくれたんじゃなかったっけ?」
「確かに昴が、女の子が綺麗になりたいって気持ちが誰よりわかる私ならたくさんの人を綺麗にできるはずだよ、とか言ってくれたけどね。でも綺麗になりたいっていうのはずっと自分だけの話だったの。椿と仲良くなって椿が恋して綺麗になろうとしてるのを見て好きな人のために努力したいって思うのは女の子みんなが思う気持ちなんだってわかった。頑張ってる椿を見て私もできることをしたいって思ったんだ。それが隼人のためっていうのだけは不本意だったけど」
「若菜……」
あの頃の私はそんな若菜が思ってくれるような純粋な気持ちじゃなかった。確かに必死になっていたけど若菜に成り代わろうって邪な気持ちだった。すごく申し訳なくなったけど若菜にそんな風に思ってもらえて、きっかけの1つになれたんだとしたら、なにも言わないのがお互いのためだと思えた。だから私は素直に今思うことだけを言うことにした。
「若菜には女の子を幸せにする力があるよ。高校生の時も、それに今日だって、若菜に綺麗にしてもらってわくわくしたり嬉しくなったり幸せな気持ちになってるから。きっかけって言ってもらえるのはすごく嬉しいけど若菜の努力だったり、なにより女の子を綺麗にしたいって思う気持ちがこの結果に繋がってるんだよ。すごいね、若菜。私若菜と仲良くなれて本当に嬉しいよ」
「椿……つばき……つば……えーん」
「わ、若菜泣かないでよ」
隣に座る結城くんにもたれて泣いてしまった若菜に私はどうしたらいいかわからなくなってしまった。だけど若菜の背中を擦りながら結城くんが私を見て笑ってくれたから私は少し安心していられた。
もしかしたらこの先若菜があの頃の私の気持ちを知ることがあるかもしれない。すぐかもしれないし何年後かもしれない。その時若菜は傷つくと思う。また自分を責めて苦しんでしまうかも。誰よりも愛情深くて優しい若菜に私のせいで苦しんでほしくない。悲しい涙を流してほしくない。もし、若菜が本当のことを知った時私には若菜を慰められない。私にはできない。偽りの努力が若菜のネイリストとしての今をつくるきっかけになってたと知ったら若菜は嫌な気持ちになるかもしれない。
その時若菜のそばにいるのはきっと結城くんだ。だからお願い、若菜があの頃のように苦しまないように、少しでも楽にしてあげてほしい……そう願うことしかできなかった。
中華街がある最寄りの駅に着くと若菜は飛び出すように電車を降りた。
「椿ー!!来て来てー写真撮ろう!!」
「若菜、前見ないと危ないよ!!」
若菜は興奮して楽しそうに門に向かって走るけどせめて前を向いて走ってほしい。駅に着いてすぐは走ったら危ないよ、と結城くんに注意されていたけど全然聞く耳持たずだった。
そして豪華な門の前で3人で写真を撮り歩く先で若菜の目についたものをいくつも買って食べた。
「あ、向こう見てくる!!」
「え!?はぐれちゃうよ!!」
「平気平気!!」
少し落ち着いて歩けるようになったと思ったら若菜が私たちはをおいて少し先の店に向かって行ってしまった。
「……若菜ったら」
「落ち着きないね」
「うん、若菜らしいけどね」
結城くんと並んで若菜の暴走気味な様子に2人してため息をついた。
「あのさ、坂下さん……」
「どうしたの?」
「あ、いや……。なんでもない」
神妙な様子で呼びかけられたけど私が問いかけると少し焦った様子で結城くんはそう言った。どうしたんだろう……。
「本当になんでもないんだ、行こう。若菜、目を離したらすぐどっか行っちゃう」
「結城くんお母さんみたい」
「せめてお父さんにしてよー」
「ここは彼氏だって言いなよ、私が言い出してなんだけど」
「あ、確かに」
そう言って笑ってから私たちも他の人の邪魔にならないように小走りで若菜の元に行った。
「あ、ここだよ椿!!キーホルダー!!」
「そうだね、あ、売ってるよ!!」
「可愛い!!椿も買おう!!お揃い!!」
「うん!!」
しばらく食べ歩きしていると、始めに話していたパンダのキーホルダーが売っているトリックアートミュージアムにたどり着いた。
色違いで若菜はピンク、私は緑の衣装を着ているパンダのキーホルダーを買った。
「えへへー!!昴良いでしょー!!」
「良かったね。僕より隼人くんに見せてあげなよ」
「あとで見せてやろー!!」
「ねえ、若菜。ミュージアムには行かないの?」
「行く行く!!」
そして売り場を通り抜けてトリックアートミュージアムの入り口に来た。入場料を払う時結城くんが3人分まとめて払おうとしたから私は待ったをかけた。
「私自分の分は自分で払うよ」
「え?良いよ良いよ」
「そう言わずに、ね」
結城くんが若菜の分を払うのはわかるけど私の分は違うと思う。私がさっと出してチケットを受け取ってしまうと結城くんも諦めてくれたようで2人で販売所を離れた。
「はい、若菜」
「ありがとー」
カップルはこういうのが普通なんだろうな。昔の私と先輩はどうだっただろう。雑誌に載っているようにカップルらしく奢ってもらってたけど申し訳なさが勝ってあんなに自然にいれなかったと思う。表面上は繕ってたかもしれないけど。
この前のカフェが初めて自然にお礼が言えた。正解のことができたと思ったけど慣れないだろうな、と考えていると目の前に若菜の顔がすぐ近くに来て驚いて後ろに飛び退いてしまった。
「び、びっくりした!!」
「なんでぼーっとしてるのー?それに昴にお金出してもらえば良かったのに」
「いやいや、悪いから」
「別に気にしなくて良いのに」
「そうだよー。どうせ私と昴同じとこから出てくんだから」
「え?あれ?2人生活費どうしてるの?」
「共同口座があってね、そこから家賃とか光熱費とか払ってるよ。スーパーで買い物する時は私が払って外出とかでなにかするとか買う時は昴の財布から払うけどどっちにしても一緒だから」
「そ、そうなんだ。なんか夫婦みたいだね」
「そうかな?でもそんなものかもしれないね」
「うん、まあ結婚してるようなものでしょー」
「え、それは違うよ」
「今昴もそんなものだって言ったじゃん」
「違うんだよ、こういうのはちゃんとね、ちゃんと……ね、坂下さん」
「え、そうだね。ちゃんとプロポーズして、とか」
「えー?高校生の時ずっと一緒にいようって言ってくれたじゃん。あれがプロポーズでしょ。結婚しないのは椿と隼人の問題があるからだけ!!」
「うそ!?あれ、プロポーズになってたの!?もっとちゃんと言うからあれはなし!!」
「えー!!なしとかない!!あれが嬉しかったんだから!!」
「そんなー!!」
微笑ましいやりとりにクスッと笑ってしまう。ロマンチックが好きな若菜のことだから夜景の見えるレストランがいいとか考えてると思ってたけどそうじゃなかったんだ。少し意外だけどそれだけ高校生の時に結城くんがかけてくれた言葉が嬉しかったんだと思う。
結局結城くんがちゃんと考えてるから、と言ってこの話は終わりになり、3人でトリックアートをたっぷり時間をかけて楽しんだ。たくさん写真も撮った。
「見てこれ、椿変な顔してるー!!」
「若菜が急に押すからでしょ!!」
「この若菜の方が変だよ」
「なりきってるの!!変じゃないの!!」
ミュージアムを出た後も今撮った写真を見ながらみんなで喋ってる。そして時計を見た結城くんが言う。
「あ、そろそろ予約したお店に行こうか」
「お店どの辺りなの?」
「ここから10分くらい、向こうだよ」
「よし、じゃー行こう!!」




