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勘違いですれ違った恋  作者: 柏木紗月
再スタート編
38/53

嬉しいサプライズ


 8月に入りますます暑くなってきた。今は第2土曜日の12時を過ぎた頃。私は日課の掃除を終えた後、ソファーでぼんやりテレビを見ていた。午後はなにをしようかなと思っているとチャイムが鳴った。

 最近通販も買ってないし、なにかが来る予定はないはずのに……と思いながら玄関に向かい、ドアスコープから外を見て驚いた。慌ててすぐにドアを開ける。



「やっほー椿!!」

「若菜!!それに結城くん!!」

「坂下さん、こんにちは。突然ごめんね?」


 そう、半年以上会っていなかった若菜と結城くんだった。突然のことに驚きながらも2人を部屋にあげる。大学を卒業した後に住み始めたこのアパートに2人が来るのはこれが2回目だ。大学生時代に住んでた所には何度も来てくれていたけど、みんな社会人になってからはあまり時間が取れなくて会っても外で会うことが多かった。

 若菜は外が暑すぎたのだろう、暑い暑いと言いながらソファーに座り込んだ。私がお茶を出そうと冷蔵庫を開けると結城くんが手伝いを申し出てくれる。


「結城くんもお客様なんだからゆっくりしてて。若菜なんてほら、寛いでる」

「若菜ー、人の家なんだからもうちょっとちゃんとしてー」

「人の家じゃないもん。椿の家だもん」


 そう言う若菜が面白くて私と結城くんは顔を見合わせて吹き出した。結局コップにお茶を入れて、結城くんに運ぶのを手伝ってもらった。お茶を飲んで一息ついてから2人が持ってきたキャリーバッグを見て私は聞いた。


「ところで2人はどうしたの?旅行の途中?」

「そうそう!!旅先はここ!!」

「え!?ここ!?」


 まさか、2人を泊める予定なんてあっただろうか。そんな約束忘れるはずないけど。慌てる私に結城くんが落ち着いた口調で言う。


「坂下さん、落ち着いて。約束してないから。突然ごめんって言ったでしょ?」

「あ、そっか……」


 でも、泊まるのはちょっと……。掃除はたった今したばかりだから散らかってはいないけどさすがに3人で寝るのには狭い部屋だと思う。


「大丈夫!!ちゃんとホテル取ってあるの!!」

「そうなの?……なんだ、安心したよー」

「さすがにいきなり来て泊めてほしいなんて言わないよ」

「ふふ、そうだよね。いや、若菜なら言うかも……」

「私だったら泊めてくれるでしょ!!昴はダメー!!」

「はいはい」


 軽い調子であしらう結城くん。昔から変わらない2人の掛け合いにほっこりしてきた。


「サプライズなの!!びっくりした?」

「うん、したよ。あれ?でもそういえばこの前……」

「そう。若菜がうっかり口を滑らすところだったよ。後で後悔するだろうと思って止めたんだ」

「あー……あれそういうことだったんだね。けど、旅行先がここっていうのはどういう……?」

「これはね、椿に会いたーい、椿と遊びたーい、隼人に嫌がらせしたーいっていう旅なの!!」

「……へ?」


 私に会いに来てくれたのはわかったけど、先輩に嫌がらせ……?首を傾げる私に結城くんが説明してくれる。


「つまり、若菜が坂下さんに会いに行きたいから1泊2日で旅行に来たんだ。近くのホテルを取ってね。だいぶ前に坂下さんお盆に帰ってこないって聞いてたし。それで坂下さんと遊びつつ最近坂下さんといい感じの隼人くんに嫌がらせしようっていうのが今回の旅の目的」

「い、いい感じじゃないよ!!」

「むー!!そこに反応する!?面白くなーい!!」


 腕をパシパシと叩かれて地味に痛い。でも思わず口に出してしまったんだから仕方ない。


「もう嫌がらせはしてるもんねー、椿見て見てー!!」


 若菜が結城くんの鞄から結城くんの携帯を取り出して私に見せてくれた。メッセージ画面で上の部分に先輩の名前が出ていて先輩とのやり取り画面だとわかった。そこには、私の家の最寄り駅の前で若菜と結城くんが2人でポーズを決めている写真が送られていた。


「これ、どうしたの?」

「さっき撮って送ったのー!!悔しがるだろうなー!!楽しみー!!」


 そう言って興奮する若菜。あ、既読がついた。


「あ、隼人め、暇人だなー」


 悪い顔をして笑ってる若菜に苦笑いする私と結城くん。返事のメッセージは一言だった。


『なにこれ?』


 普段私とのやり取りではない感情が読み取れない一言だった。少し驚いてる私に通常運転の2人。若菜から携帯を返してもらった結城くんがすぐに返事を返した。


『坂下さんと遊ぶために来たよ』

『なんで?』

『若菜が坂下さんに会いたいって言うから』

『泊まるの?』

『ホテル取ったよー』


 クククと笑う若菜に対して私は驚きまくりだ。これ、本当に先輩?いつもやりとりする先輩は絵文字とかスタンプとか使わないけどもう少しこう、柔らかい感じなんだけど……。不思議に思ってると、若菜が突然結城くんから再び携帯を借りてカメラに切り替えた携帯をこっちに向けてきた。


「はいはーい、椿撮るよー」

「え、え?」


 そして慌てる私にお構い無しにシャッターを切るとすぐにその写真を先輩に送ってしまった。私、変な顔してる……。



『若菜邪魔』


 そうすぐに先輩からのメッセージが届く。


「うわ、こっわー!!あはははは!!」


 若菜はすごく楽しそうだけど私はもうなにがなんだか……。先輩ってこんなこと普段言わないのに……。呆然としている私だったけどメッセージのやり取りは続く。


『羨ましいでしょー』

『加工して保存する』

『え、ダメダメー!!』

『うざ。もうしたから』

『はや!!消して!!』

『呼ばれてるから行く。昴、夕方行くから場所連絡して』


 あっという間の早業だった。若菜と先輩っていつも返事早いんだよね。2人のやり取りだとこんななんだ……と感心してからハッとする。


「結城くん!!夕方行くって!?」

「うん、夕方来るみたいだね」

「え!?先輩来るの!?どうしよう!?」

「返り討ちだよー!!」


 いや、それは違う!!どうしよう、今日は先輩、いつもの小学生に教えてるバスケクラブに行く予定だから会えるなんて思ってなかった。出かける予定もなかったからお化粧もしてないし……ってこの2人がいてできないか。どうしよう。


「坂下さん、僕たちのことは気にせず支度して良いよ」

「え、本当?」

「うん」

「あ、久しぶりに椿の髪の毛いじりたい!!」

「じゃあお願いしようかな」


 私は部屋着、といっても外にも出れるような服からちゃんとした外出用の服を選んだ。


「あ、ちょっと待ってー」

「どうしたの?」


 クローゼットを覗く私の後ろから若菜に声をかけられた。


「私が選ぶー!!」

「若菜が?」


 若菜はセンスが良いから問題ないないけどなんでそんなに嬉しそうなんだろう……。そして若菜が選んだのは白いオフショルダーのトップスとデニムのワイドパンツだった。


「肩出すの……?」

「良いから良いから!!」


 服を手に持たされて背中を押され脱衣場で着替えてきた。私を見た結城くんが目を細めて若菜を見る。


「ゆ、結城くん……変かな?」

「いや?似合ってるよ。わかってるなーと思っただけ」

「どういうこと?」

「ささ、メイクして。メイクは椿の方が上手だから私なんにもしないよ」

「え、うん。わかった」


 そうは言っても若菜の方が上手なんだけど。自分の顔には毎日お化粧してるから他人よりは上手くできるって意味だろう。いつも通りナチュラルメイクをした。そしていつのまにか洗面所からドライヤーを持ってきていた若菜に後は任せた。


「はい、でーきた!!」

「ありがとう、若菜。やっぱり上手だね」


 高校生の時にもよくこうやって若菜にヘアアレンジしてもらってたな。ざっくり編み込んでサイドで流してくれていて自分じゃ絶対できないスタイルが完成していた。


「むしろメイクも若菜がやってくれて良かったんじゃない?おかしくない?」

「全然おかしくないよ!!可愛い!!完璧!!ね、昴!!」

「うん。今から恐ろしいけどね」

「返り討ちだよ!!」

「それにしてもよくそんな肩出すようなの持ってたね」


 ギクリとした。やっぱり変だよね。


「去年一緒に買い物に行った時に買ったんだよ!!ばっちりだよ!!」

「へー……やっぱり従兄弟だと目の付け所が同じなのかな」


 そう。去年若菜と会った時に買ったんたけどソワソワしてしまって1度だけしか着たことがなかったんだ。だけど結城くんの言葉をもう一度頭の中で復唱してみて時間差で気付いてしまった。


「……もしかして先輩ってこういうのが好きなの?」

「さあ?知らなーい」

「えー……そうなの?」

「はっきりこういうのが良いって聞いたわけじゃないよ。それに人ありきだし」

「そっか……。でもありかなしかでいったらありかもしれないってことだよね」


 これは初めて先輩をドキドキさせられるチャンスでは!?さすが長い付き合いの2人だな。先輩の好みを知ってるなんて。


「よーし!!じゃあ出発だよー!!」


 元気よく若菜が言う。2人の荷物は後で取りに来ることにして身軽な状態で私たちは外に出た。


「ところでどこに行くのか決めてるの?」

「中華街!!」

「中華街……?暑いよ?」

「暑いからこそ行くの!!」

「なんかそこのミュージアムにしか売ってないパンダのキーホルダーがあるみたい」

「あ、見たことある。若菜が好きそうだと思ったー」

「さすが椿ー!!私の好きなものがわかるなんてー!!」

「えへへ、当然だよ!!」


 私と若菜は手を繋いで駅に向かっていた。その後ろを結城くんが歩いている。ここから中華街は2時間近くかかるし、暑いだろうな。行くのは全く問題ないんだけど念のため駅の近くにある中華料理屋さんを指差して若菜に聞いてみる。


「ちなみにそこのお店も美味しいんだよ。でもキーホルダー買うんだもんね」

「もー!!隼人と行った所には行かないもん!!」

「わわっ!!って先輩と行ったこと話したっけ?」


 腕がちぎれそうなほどぐるぐると振り回されて、慌てながらも聞いた。


「椿のことならなんでもお見通しなのだ!!」

「そ、そうなの?すごいね」

「いや、おかしいと思おうよ、坂下さん」

「え?違うの?」

「普通に隼人くんから聞いてるだけだよ」

「なんだ、そうなの?あいかわらず仲良いね」

「私も椿と中華食べるの!!隼人と違って本格的に!!」

「そこのお店も本格的だけど……」

「食べ歩きしたいでしょ!!隼人めったに食べ歩きしないよ!!ゆっくり座って食べたいって言って!!」

「そうなの?……アイスは別なのかな?この前アイス食べながら歩いたけど」

「な!?昴!!その話聞いてない!!」

「え、その話はちょっと……」

「やっぱりアイスでも本当は嫌だったの?」

「いや、そんなんじゃないよ。それに若菜と一緒だと目につくもの買って一口食べたら僕や隼人くんに手渡してくから両手が埋まっちゃうって意味で嫌だって言ってるだけだから」

「もーそうなの?若菜、結城くんや先輩に迷惑かけちゃ駄目でしょ」

「良いの良いの!!それより私と昴の間で秘密はないのに!!」

「それはそうなんだけど……いたっ、ちょっと!!坂下さん巻き込んで叩かないで!!」

「ゆ、結城くんごめん!!若菜駄目だよ!!」


 若菜が私と繋いでる手で結城くんの腕をペシペシと叩くから私は力を入れて必死に止めようとする。そうやって騒がしく歩いてるうちに駅に着いて中華街へと向かう。



「……で?」

「で、とは?」


 電車内が涼しくて気持ちいいと思っていると若菜が私に聞いてきた。なんの話かわからない。


「さっきのアイスの話でしょー!!」

「え、たいした話じゃないんだけど。あ、でも聞いたよ。私も聞いただけでショック受けたよー」

「へ?なーに?」

「ほら、高校2年の時に若菜が食べたがってたアイスの話。先輩が食べちゃったんでしょ?」

「あー!!あったあった!!思い出したらまた腹が立ってきた!!」

「結局その年食べなかったよね。何度か一緒に食べようかって聞いてみたけど」

「だってなんかムカついて!!意地でも食べるもんかって思って!!」

「でも次の年になったら普通に買ってきて一緒に食べようって言ってきたよね」

「隼人の意地悪に負けるもんかって思ったっていうか、そんなこと気にするより昴と美味しくアイスを食べる方が大事だって思ったっていうかね」

「そうなんだ。聞いた時若菜の気持ちがわかって悲しかったよ」

「椿ー!!やっぱり椿は親友だね!!だから隼人が極悪人ってわかったでしょー!!」

「え……?そうは思わないよー?男の人ってそういうの知らなそうだし気にしなさそうだし」

「そんなー……つばきー……」


 目に見えて落ち込んでしまった若菜に困ってしまう。焦って結城くんに目配せすると結城くんがバトンタッチしてくれた。


「若菜、坂下さんは隼人くんが好きなんだから隼人くん贔屓になっても仕方ないよ。若菜も僕がなにかしても謝ったら許してくれるでしょ」

「むー、昴まで隼人の肩持って面白くないけど仕方ないなー」


 結城くんにはっきり私が先輩のことが好きだと言われて一瞬ヒヤッとしたけど事実だから恥ずかしいけどなにも言わなかった。結城くんに宥めてもらって若菜の機嫌が直って安心して一息ついた。


「で、結局アイスがなんだって?」

「さすが、若菜。坂下さんのことだと全部聞くまで引かないね」


 話がアイスのことに戻ってきた。本当に2人でアイスを食べたってだけなんだけど。


「若菜、私が行ってた大学の近くによく行ってた公園があってね、そこに先輩と行ったの。そこで移動販売のアイスを食べたっていうだけだよ」

「わかった!!あーんしたりされたりしたんだ!!」

「え!?ええ!?」


 なんでわかったの!?


「で、でもされただけだよ!!してないよ!!」

「そんなことはどっちでも良いの!!むー!!イチャイチャして面白くない!!」

「い、イチャイチャしてないよ!!」

「ちょっと2人とも……ここ電車の中だからね……」

「あっ……ごめん」


 結城くんに言われて私は小声で謝った。


「べーだ。それで昴教えてくれなかったんだ」

「教えたら暴れるのわかるからね……」


 そう言って結城くんはため息をついた。


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