荒木さんという人
金曜日は時間も短いしぎりぎりまでいたいからと言われてまた私の家の近くで食事に行った。以前候補にあった中華のお店だ。結局先輩の仕事が押してしまって1時間も会えなかったけどその貴重な時間がすごく幸せに感じた。あいかわらず先輩は忙しそうで21時過ぎに終わったり、時には接待に行くこともあるみたい。間宮さんみたいでやっぱり営業の仕事は大変だなと思う。
だから基本的にはメッセージでやりとりしていつもより少しだけでも早く帰れた時に少しだけ電話で話をした。耳元で聞く先輩の声はどうにも慣れなくて緊張してしまう。それでも頑張って話してるといつの間にか夢中になって話したり話を聞いたりしてあっという間に時間が経ってしまう。
気付けば7月ももうすぐ終わり、先輩と再会した日から1ヶ月が過ぎた。たった1ヶ月だけどこれまでの時間を埋めるように毎日先輩のことで頭がいっぱいで幸せで充実してる。仕事中も集中してるけどお昼休憩に先輩は今なにしてるかな、ご飯まだかな、お昼なにを食べるのかな、とかそんなことばかり考えてる。直接会えないのはやっぱり寂しいけどお盆の後の土曜日に会えることになっているからそれを楽しみにしている。
そんなある日今度旅行に行く3人とグループメッセージをしていた。由紀が私が大学で初めて仲良くなった友達。そして千恵と愛ちゃんが由紀を通じて仲良くなった友達だ。大学時代も卒業してからもこの4人でよくいろんな所に遊びに行ったりする。
由紀『そういえば荒木さんこっちに戻ってくるらしいよ』
旅行の話が一段落して、あとは直接会う時にしようという話になった後、由紀がそんなメッセージを送ってきた。
自分『そうなんだ』
由紀『なんか1ヶ月か2ヶ月か短期間だけこっち来るみたい』
愛子『今どこに住んでるんだっけ?』
荒木さんというのは私が大学2年生だった時に大学院に通っていた人だ。愛ちゃんの質問に由紀がここから少し離れた地名を答えた。
自分『会計士だっけ?』
千恵『椿それはないわー』
自分『え?どうして?』
由紀『会計士諦めて一般企業に就職したって言ったでしょ』
自分『あ、そうだっけ?』
愛子『荒木さんかわいそー。好きな人に1ミリも興味持ってもらえないなんて』
自分『ちょっと!!そんなことないって!!』
由紀『まあまあ、興味ない男のことなんてどうでも良いよね』
千恵『ちょっと酷い』
愛子『それで由紀、荒木さんが戻ってくるの?』
由紀『出張でね、来月の中旬くらいに来るらしいよ。私も人から聞いただけで詳しく知らないけど』
愛子『結局荒木さんって椿に告白したんだっけ?してないんだっけ?』
千恵『告白されて振ったんじゃないの?』
自分『そうだよ』
由紀『結局告白したんだっけ?』
自分『大学院の卒業式の前の日にね』
愛子『そうだったそうだった!!』
千恵『あれから連絡ないの?』
自分『ないよ!!あれっきり!!』
由紀『椿全然相手にしてなかったよね』
愛子『荒木さんの空振り!!』
千恵『でも食事には行ったんでしょ』
自分『千恵よく覚えてるね……』
千恵『椿に片想いする人多くて面白くて』
由紀『面白がっちゃ駄目でしょーw』
愛子『荒木さんってお金持ちなんじゃなかった?良いとこの坊っちゃんだったよね』
千恵『高級レストランとか?』
自分『すごい高そうなお店だったよ!!怖いくらい!!確かに荒木さんは慣れてるっぽかった』
愛子『やっぱりね!!』
由紀『でも私でも荒木さんはないなー。なんか頼りないっていうか』
千恵『わかる。なよなよしてる』
愛子『でもお金持ちだよ』
由紀『愛子はそればっかり!!』
自分『荒木さんは優しかったよ』
千恵『優しいだけ』
由紀『優しいだけじゃねー』
自分『別にそれで断ったわけじゃないよ?』
愛子『どうするの?偶然会ってまた告白してきたら』
自分『ないよ!!もう何年も前の話でしょ!!』
千恵『わからないよ。7年も片思いしてる人だっているんだから』
愛子『そうだよ。長いよ、長すぎるよ』
由紀『片思い?付き合ってたんじゃなかったっけ?』
自分『んーまあ、それは今いいでしょー』
千恵『その人とはどうなの?』
自分『えっと、実は6月に再会したんだ』
愛子『!?』
由紀『!?』
千恵『おめでとー』
自分『いや、おめでとうじゃないから。愛ちゃんも由紀もそんなにびっくりしないで。会っただけだよ』
千恵『なーんだ』
愛子『チャンスだよ!!』
由紀『アプローチしなきゃ!!』
自分『何回か出掛けてて毎日連絡してるよ』
愛子『積極的!!』
由紀『いいね!!』
千恵『感触はどう?』
自分『感触……?わからないよ。でもいつもドキドキするようなことばかりしてきて心臓に悪いよ』
由紀『それ向こうも気があるんじゃない!?』
自分『え、そんなことないよ』
愛子『あるよー!!頑張るんだよ!!』
千恵『後悔しちゃ駄目!!』
自分『う、うん。頑張る』
由紀『それにしてもようやく椿にも春が来そうだねー』
千恵『真夏だけどね』
愛子『暑いねー。ってかそういう由紀はどうなの?今付き合ってるの?別れてるの?』
千恵『月に1回は別れてたよね』
自分『気付いたらより戻しててびっくりしてたよー』
由紀『あー実はね……』
愛子『別れ中か』
千恵『どうせすぐ戻るって』
由紀『プロポーズされちゃいました!!』
愛子『なんと!?』
千恵『すげー』
自分『え、おめでとう!!』
由紀『ありがとう!!ってかやっぱりまともに祝ってくれるの椿だけかw』
愛子『そんなことないよ!!』
千恵『失礼な!!』
愛子『ちゃんとお祝いするよ!!なにがいいかなー』
千恵『調べるの任せた椿』
自分『任せて!!』
由紀『ほら。結局椿じゃん』
愛子『大丈夫!!候補見つけてくれれば決める』
千恵『迷うから2択で』
自分『わかった!!』
由紀『……まあ、いいや』
愛子『あ、私そろそろ時間ー』
千恵『もうこんな時間か』
由紀『じゃあそろそろ寝るかね』
自分『そうだね』
由紀『あ、椿は荒木さんに気を付けること』
自分『え?なんで?』
愛子『ああいうのが勘違いしてストーカーとかになりやすいの』
自分『まさか。だからもう向こうも私のことなんてなんとも思ってないって』
千恵『油断大敵!!』
由紀『そうだよ!!まあ、椿も引っ越してるし住んでる所もわからないだろうけど』
愛子『どこから話が伝わるかわからないからね』
千恵『もちろん私は教えないよ。そもそも連絡先知らないけど』
愛子『私だってそうだよ!!』
由紀『もちろん私もだけど注意するにこしたことないからね』
自分『わかった。ないだろうけど気を付けるから』
由紀『うん!!じゃあまたね』
愛子『バイバイー』
千恵『またね』
自分『また今度ね。バイバイ』
携帯を机に置いてベッドに横になる。付けっぱなしにしていたテレビではストーカー被害のニュースを報道していた。
「荒木さん……か」
荒木さんは私の4歳年上で物静かな優しい人だった。偶然講義の内容で質問をしに先生の研究室に行った時に会ったのが初めてで、それから何度か研究室で会った。私が大学2年生の時に大学院を卒業する年で冬のいつだかに食事に誘われた。それが行ったことのない高級レストランで作法がわからなくて困った記憶しかない。でも荒木さんは慣れていてすごいなと思った。2人で出掛けたのはそれだけで後は友達と一緒だったし全然そんな感じじゃなかったから大学院の卒業式の前日に呼ばれて告白された時は驚いたな。
結局そういう風に考えられないし先輩のことが頭に浮かんで断ってしまってそれきり連絡が来ることはなかった。そもそも私が大学4年生の時に携帯を壊してしまってデータが引き継げなかったからその時に荒木さんの連絡先もわからなくなってしまったんだけど。
でも荒木さんか……。もう一度改めて荒木さんのことを思い出そうとするものの申し訳ないけどそんなに覚えてない。由紀たちが言うようなことは思わないけどどこにでもいそうというか普通の青年だったから。会っても素通りしちゃいそうだな……。
そんな風に考えているといつものように先輩からのメッセージが届いた。時間を見てみるともう22時だ。電話はできそうにないけど短い時間でも携帯を通じて先輩と繋がってると思うだけで幸せな気持ちになった。




