アイスの真相
花畑を過ぎると緑道がある。だけどそのすぐ手前にある車に気付いて私は立ち止まった。アイスを移動販売している車が停まっていた。
「この時期はここでよくアイスを買って食べてましたよ」
「そうなんだ。食べる?」
「先輩も食べます?」
「そうだね」
私はストロベリーのアイス、先輩は抹茶のアイスを買った。カップに入ったそのアイスを手に歩き出す。
「あの、先輩……」
「ん?」
「えっと、ありがとうございます」
「うん」
うっかりお財布を出そうとした私になにも言わず笑顔で首を傾げる先輩に、私はハッと気付いてお礼を言った。そして一口食べる。
「美味しい!!冷たい!!」
「うん、美味しいね」
「先輩、それなら食べられますか?」
「そんなに甘くないし、それに全く駄目ってわけじゃないから。あ、でもそういえば昔食べたあのアイスは甘かったなー」
「どんなのでした?」
「コンビニに売ってるパキッて真ん中で割れるやつ……わかる?名前なんだったかな……」
「え、わかりますわかります!!先輩食べたことあるんですか?すごく美味しいんですけどすごく甘いんです」
「そう、だから一口食べたら昴に返したよ」
「え?結城くんにですか?」
先輩の言うアイスは高校時代女の子たちの間で流行っていたアイスのはず。そのアイスを好きな人と一緒に食べれば長く一緒にいられるっていうようなジンクスがあった。私はジンクス関係なく普通に食べたんだけど。そうそう、高校2年の時若菜も食べたがってたな。
「それ、若菜が結城くんと食べたがってました。高校2年の時なんですけど、テストにやる気が出ないって言う若菜に結城くんが賭けを提案したんです。負けた方が勝った人の言うことをなんでも聞くって。それで若菜はそのアイスを結城くんと食べたかったんですけど賭けは結城くんが勝って、でも結城くんは若菜が食べたがってたアイスを食べようって、そうそう!!僕の願いは若菜がしたいことを叶えることだからねって!!かっこよかったんですよ!!」
私はその時のことを思い出して少し興奮しながら言った。そう、あの時結城くんが救世主に見えたんだったな。いつ思い出しても素敵だな、愛されてるなって幸せな気持ちになれる。
「……かっこよかった、ね」
「……先輩?どうしたんですか?」
「なんでもないよ。そういえばそれ食べたら若菜がすごい怒ってきたよ」
「……あ!!もしかして!!」
あの日の翌日の若菜を思い出す。あまりの鬼気迫る様子に聞けなかったけどアイスを食べられなかったんだろうと予想したんだった。
「もしかして若菜のアイスを食べちゃったんですか!?」
「たまたま部活帰りにコンビニの入り口に昴たちがいるのを見かけて、暑かったから若菜が持ってたアイスをもらっただけ。昴はもう食べてたけど若菜は両手に持って見てるだけだったから。でも一口食べたら甘すぎて若菜に返したらいらないって突き返されたから昴に渡したんだ」
「な……」
私は開いた口が塞がらなかった。なんてことを……。あんなに結城くんと食べるのを楽しみにしていたのに……。
「それは酷いです……残酷です……」
「え、そんなに?」
「そうですよ。いくらなんでも酷いです。あれはただのアイスじゃないんです。ジンクスがあったんです」
「ジンクス?」
「はい。そのアイスを好きな人と一緒に食べれば喧嘩しても仲直りしてずっと一緒にいられるって!!」
「あー、それであんなに。でも泣くほど?」
泣いてる若菜が思い浮かぶ。それは当然だろう。その時の若菜の気持ちを考えると私も悲しくなった。でも先輩は知らなかったんだし男の人ってきっとそういうの信じないんだろうな。
「泣くほど食べたかったんですよ。でも仕方ないですね」
「ふーん。……そうだ、こっちも食べる?」
「え?」
急に話を方向転換されて先輩は自分が持つアイスを指す。
「溶け始めてるけど」
「い、いいです」
涼しい緑道を歩いていても少し溶け始めているアイスをスプーンに乗せて私の目の前に差し出してくる先輩。
「若菜とはよく食べ合ってるんでしょ?」
「若菜と先輩は違いますから!!」
「甘いもの苦手だからこれならあげられると思ったんだけど……」
「せ、先輩……」
落ち込んでしまった先輩に申し訳ない気持ちになる。……そうだよね。いつもできるわけじゃないから気にしてくれてたのかも。
「じゃあいただきますね……え?」
先輩からスプーンを受け取ろうとしたら避けられてしまった。
「はい、あーん」
「な、自分で食べますから!!」
「はい」
「……」
どうしても譲らないというように爽やかに笑う先輩に負けて恐る恐る目を閉じて口にしてみてからふと目を開けて先輩を見ると先輩の顔がなんとなく赤い気がした。不思議に思いながらスプーンから口を離す。
「うん、美味しいです!!濃い抹茶ですね、食べたことなかったんですけど美味しいです!!……て、先輩?どうしたんですか?」
珍しく固まってる先輩。今日はいろんな先輩を見られてなんだか嬉しいな、と思っていると。
「で……」
「で?」
「電話……昴に電話しなきゃ……」
「え?結城くんですか?なんでですか?」
「……あ、え?どうしたの?」
「いえ、どうしたのは私が聞きたいんですけど」
「なんでもないよ」
「……そうですか?」
先輩がスタスタと歩き始めてしまったから私も慌てて後に続いた。再び先輩がアイスを食べるから私も残ったアイスを食べる。ただ、ちらりと先輩を見ながら。間接キスだ……。いや、高校生の時に間接じゃなくてキスだってしてるんだけど。むしろそれ以上も。……あ、駄目だ。また悪い方に思考が飛びそうだから止めておこう。今に集中しないと。
「あ、あのベンチに座ってぼーとしてることもありましたよ」
緑道にある木のベンチを指差して私は言った。そう言いながら食べ終わったアイスのカップを近くのゴミ箱に捨てようとしたら先輩が一緒に捨ててくれた。
「俺もだよ。自然の良い香りがするよね」
「そうですよね。……なんだかやっぱり不思議です。こんなに地元から離れた場所なのに同じ場所に来て同じものを見て同じことを感じてたなんて」
あれ?恥ずかしいことを言ったような気がする。これじゃ嬉しいって言ってるみたい。いや、嬉しいんだけど。
「す、座りますか?」
「うん、そうだね」
そうしてなんの変哲もないベンチに座ると高校生の時みたいだな、と思って心がぽかぽかしてきた。あの時みたいにスペースは開いてるのにわずかに肩が触れるくらいの距離に緊張する。
「なんか懐かしいね」
「わ、私もそう思いました……」
「ここでどんなことを考えてたの?」
「え?たいしたことじゃないですよ。大学の講義のこととかバイトのこととか。先輩はどうでしたか?」
「そうだなー。ここに来たかなーとかこの景色を見たかなーとかこの香り感じたかなーとか」
どういうことだろう……?また先輩の不可解な言葉が始まって頭の中がはてなマークで埋まってしまった。
「どういう意味ですか?」
「教えない。……まだわからないから」
「……?」
結局先輩はなにも言ってくれなくて気にしないことにした。その代わり、静かに自然の香りとそよ風を感じていた。あの頃と同じ穏やかな空気になにも話さなくても心が暖かくなって心地よい気持ちがした。




