若菜の思い
部屋に入った私は今日のことを振り返る。最初はドキドキしたけど楽しかった。なのにあの頃の知らなかった事実に動揺してまた暗くてぐちゃぐちゃしている思考回路の中に沈みこんでしまったかのようだ。もしかして先輩に会うとこれからもこんなことがたくさんあるのかな。嫌だな……と思うけどそれだけあの頃自分が気付かなかった、目を逸らしていたことがたくさんあるんだろう。私はそれに向き合わないといけない。向き合わないと、と思うのに毎回こんなに沈んでいたらいろいろ心がボロボロになりそうだ。
とにかく今は若菜に連絡して謝らないと……そう思い時計を見ると18時。今はまだ仕事中かもしれない。だからモヤモヤした気持ちのまま20時過ぎまで待った。そしてそろそろ電話しても良いかとメッセージを送ってみた。すぐに既読が付いて通話画面に切り替わった。
「もしもし」
『あ、もしもしー?』
いつもの聞き慣れた明るい声に少し気持ちが軽くなった気がした。
「ごめんね、急に」
『全然大丈夫ー。椿から電話なんて珍しくてうれしー!!どうしたのー?』
「うん、あのね……。今日佐々木先輩に会ったんだけど……」
『え……』
「若菜?どうかした?」
『なんでもなーい!!珍しい椿からの電話がやつのことだなんて面白くなーいだけー!!』
それだけー、と言うけど明らかに不機嫌になった気がする若菜に慌てる。
「あ、あのね、とにかくね、若菜に謝らないといけないことがあって……」
『謝らないといけないこと?』
「うん、あの……。高校2年の時にダイエットしてた時があったでしょ?あの時若菜にすごく心配かけてたって知って謝りたいと思って……」
『……隼人が言ったの?』
「う、うん。先輩に聞いたの……。ごめんね、私全然周り見れてなくて若菜に心配かけちゃって、知ったのも今で、今さらだと思うんだけど……でも、謝りたくて」
『もう、なんで余計なこと言うのよ……』
「わ、若菜?違うの。先輩に教えてもらって良かったの。知らないままだったらずっとこうやって謝れなかったもん……」
『椿は気にしなくて良いんだよ』
「駄目なの。もう逃げないって決めたの。みんなに守られてるだけじゃ嫌なの。だから教えてほしい」
『椿……。んー……わかった。ちょっと待って?あとスピーカーにしていい?昴も話すよ』
「結城くんも?良いの?ありがとう」
そして少しだけ時間が経った。
『坂下さん、久しぶり』
「結城くん、ごめんね」
『ううん』
結城くんにまでこんな風に付き合わせてしまって申し訳ないと思ったけどありがたかった。
『それじゃあ話すけど。でも本当に椿が気にすることじゃないんだよ?私も反省したし昴にも叱られたけど過去は過去。もう、そんなことあったなーって感じなんだから』
「え、そうなの?」
『そうだよ。私が前日に見たテレビでやってたダイエット特集に影響されて綺麗になろうとする気持ちが大事なんだって軽々しく言っちゃったでしょ?自分なんてその日のうちにダイエットなんて辞めちゃったからそう話してたことも忘れてたくらいでさ、椿が次の日お弁当忘れたって言った時も不思議に思わなかった。でもその次の日もそのまた次の日もサプリメントとか栄養ドリンクとかばっかりになっておかしいって思ったの。それで私のお菓子をあげようとしてもおかずを渡そうとしても食べてくれなくて、それで椿に話したことを思い出してすぐに昴に話したの』
『それで話を聞いた僕は、僕たちと違って純粋な坂下さんに無責任なこと言うからいけないんだよって若菜に』
『そうそう、でも本当椿のそういうとこ好きなんだよね!!昴も隼人も私の言うこと3分の1も聞いてくれないのに椿ったら私がこれ良いかも、あれも良いかもって言うとぜーんぶ真に受けちゃうんだもん』
「そ、それは……」
高校生時代の私を思い出すと確かにそうだった気がする。でも結城くんの純粋な、とか若菜の言い方には素直に喜べない。2人のことだから、けなそうとしているわけじゃないってわかるんだけど……。
『それでね、若菜から話を聞いたすぐ後に隼人くんから坂下さんの様子がおかしいけど普段の生活でなにか変わったことがないかって連絡がきたんだ。それで若菜から聞いた話をしたんだよ。どうしようかって聞いたんだけどその頃の坂下さんはいつもと違ってたし、言っても聞き流されるような感じがして、とりあえず様子を見ようってなった。でもしばらく経ってなにも変わらないどころかどんどん悪化していく坂下さんを見て若菜が自分のせいだって泣き出すからさすがにどうにかしないとって隼人くんにも連絡して3人で話した』
『だって椿本当になにも食べなくなって家でも食べてないみたいでどんどん痩せてくし!!やったことないけどママに教えてもらって作ったクッキーあげようとしても全然食べてくれないしもうどうしたらいいのかわかんなくなっちゃったんだもん!!』
「わ、若菜……。ごめんね」
喋るたびに感情が高ぶってきた若菜に私は謝るしかない。
『隼人くんの家で集まって若菜の話を聞いた隼人くんは少し考えて僕たちに、自分がなんとかするからなにもしないでほしいって言ったんだよ』
『私も椿のためになにかするって言ったのに全然聞いてくれなかった!!ムカついたけどさっさと部屋から追い出されてイライラした!!』
『隼人くんにも考えがあるんだって思った。あんな隼人くん初めて見たんだ。だから僕は若菜を宥めて隼人くんに任せようって思った』
『でもその結果があれだよ!!あんな酷いことってないよ!!もうありえない!!』
そんなことがあったなんて知らなかった。若菜はあの日のことを思い出して気持ちがあの頃にタイムスリップしているみたいだ。あの時も若菜は自分のことみたいに怒ってくれた。
『ひっぱたいて言いたいこと言って嵐のように走っていったよね』
『だってあんな意味不明な話に納得できないもん!!女の子が好きな人のためにおしゃれして努力してなにが不満なんだってのー!!』
『あ、痛い!!肩打たないで!!』
結城くんの叫び声を聞きながら私はあの日いっぱいいっぱいで聞きそびれていたことをもう一度聞いて思い出した。
「若菜……先輩になにしたの?」
『ひっぱたいてやった!!』
けろっとした声で言う言葉に驚愕する。叩いたの……?先輩はなにも悪くないのに?自分の顔が青ざめるのがわかった。
『そう!!で、言いたいことがーって言った!!最低だって!!もう二度と椿に近付くなって!!』
「え……」
好きでもない人と付き合って好きな人に叩かれて謂れのないことを言われたなんて、先輩のことを考えると辛くなった。若菜はなにも悪くない。先輩に申し訳ないと思うことがまた1つ増えてしまった。
だけどその後若菜が話すことも衝撃的だった
『でもね、勢いよく椿の家に向かったけど途中で思ったの。一番最低なのは私だって』
「そんな……なんでそんなこと……」
『大好きな親友のためになにもできなくて、すぐに気付いてあげられなくて……これじゃ親友でいる資格がないって。……知ってると思うけど私って友達いないんだ。隼人は従兄だし昴も昔から家族みたいなものだし。だから椿は初めてできた友達だった。だから大切だったしずっと一緒にいたかった。でも椿が思い詰めてるのにも気付いてあげられなかった私になにができるんだろうって。椿の家に着いても考えちゃって、椿のママが入れてくれてようやく勇気を出したんだよ。椿が望むならどんなことでも叶えようって』
若菜……。若菜が私のこと好きでいてくれてるのはわかっていたのにこんなにも思ってくれてたなんて知らなかった……。
『その後の僕への八つ当たりは酷かったけどね』
『今いい話してたのに!!』
『ごめん』
『許す!!』
『でも隼人くんも吹っ切れてなんだかいろいろぶっちゃけそうだね。僕も先に謝っておこうかな』
『そうだよ!!昴が裏切ったからこんなことになってるんだよ!!』
『でも僕はヒントをあげただけで実際見つけるのに3年もかかったじゃない?……あ、いや、でもごめん』
『最初から言い訳しない!!』
「え……え?なんのこと?」
『隼人くんに坂下さんのことはなにも話さないって決めてたんだ。若菜がそう宣言してね。だからなにも言わなかったんだけど隼人くんが就職活動してる大学4年の時に僕、坂下さんがどこに住んでるか教えちゃったんだ』
「そ、そうなの?別に教えても良いんじゃ……」
『なんでよ!!会っちゃうでしょ!!』
「あ、そっか!!でも教えたからって会うとは限らないし……」
先輩にはずっと会いたくなかった。そんな私を2人がずっと守ってくれていたんだって改めて思った。確かに会いたくなかったけどそれを先輩に教えたからってどうもしないと思うんだけど。知りたいとも思わないだろうし。不思議だ。
『まあ、結果オーライだよ。それより若菜は坂下さんに聞かないといけないことがあるんじゃない?』
『あ!!そうそう、椿ー!!』
「え、なに?」
『8月の第2土曜日って暇?』
「え……と、多分暇だよ?若菜も仕事お休みなの?遊ぼっか!!」
『遊ばない!!』
「え!?遊ばないの!?」
予定聞いてくれたから遊びに誘ってくれる流れだったように思うんだけど……。久しぶりに若菜に会えると思ったんだけどな。
「残念だけど仕方ないね」
『う……。えっとね、椿、実は』
『じゃー坂下さん!!そろそろ電話切るね!!』
『あっ、昴勝手に切らないで!!バ、バイバイつばきー!!』
「え、う、うん!!バイバイ!!」
そして一方的に電話が切れてしまった。なんだったんだろう……。しばらく呆然としていたけど今度は先輩に連絡しようと思い再び携帯を見る。だけど表示された時間を見て思いとどまる。もうすぐ日付が変わりそうになっていた。




