ドキドキと混乱
あの翌日もメッセージが届き、平日も朝と夜に短いやりとりをして、結局連絡先を聞いた日から毎日メッセージは続いた。本当に些細な内容で、今期見ているドラマの話だったり仕事の話だったり先輩が見ているクラブチームの子供たちのことだったり……。
最初はメッセージが来る度にドキドキして慌てていたけどだんだん普通でいられるようになってきた。
今日は約束の土曜日。軽く昼ごはんを食べて早いかなと思いつつ12時45分に外に出た。駐車場じゃないから邪魔にならないようにアパートの前で待つことにした。
この1週間今日を楽しみにしている私がわかりやすかったのか、青木さんにデート?って聞かれたけどデートではないと否定した。買い物の付き添いです、と言ったら、付き添い楽しんできてねと笑われた。間宮さんには身の危険を感じたら使えと防犯ブザーをもらった。どういう意味だろう。防犯ブザーなんて小学生の時に持っていた以来だ。必要ないと思いながらとりあえず鞄に入れておいた。
そしてもうすぐ13時になろうという時間、一台の黒い車が走ってきて伝えていた場所に停まった。先輩だ。心臓の鼓動が速まるのを感じながらそばに向かって駆け寄る。黒いミニバンの運転席から降りてきた人を見て思わず悲鳴をあげるところだった。
確かに先輩だけど髪をフワッとかきあげて黒い眼鏡をかけていて一瞬違う人に見えた。服装はシンプルな白いシャツに細身の黒いパンツ。
かっこよすぎ……。反則的なかっこよさに立ち止まっている私をよそに先輩が助手席を開けてくれていた。
「こんにちは」
「あ、こ、こんにちは」
どうしてこんなにかっこいいのか。フィルターがかかってなくても先輩は誰が見てもモデルさんのような爽やかイケメンだ。こんな人の近く、助手席なんて座れない……と後ろのドアに体を向けようとした時。
「坂下さん?」
なんだろう。名前を呼ばれただけなのに有無を言わせない圧を感じた。仕方なく先輩が開けてくれたドアから助手席に座った。静かにドアを閉めた先輩はすぐに運転席に座った。
「シートベルトしてね」
「は、はい……えっと……」
若干震える手で焦りながらシートベルトをした。それを見た先輩はゆっくりと車を発進させた。おお、なんだか不思議な気分だ。お父さんが運転する時の乗り慣れて特になにも感じないような気分とは違い、友達の運転する車に初めて乗った時に感じたような、少し申し訳ないけどヒヤヒヤする気持ちとも違う、安心するけどふわふわとした、なんとも言えない気持ちがした。
「あの、えっと、この車は先輩の車ですか?」
とりあえず沈黙は困るから話しかける。
「うん。元々は親父のだけどね。新しいの買うっていうから譲ってもらったんだ」
「へー、そうなんですか……」
いけない。また車内が静かになってしまった。まったく不公平なほどキラキラしてる先輩を見ないように外を見ながら話す。
「先輩、眼鏡かけるんですね。知らなかったです」
「普段は別にかけなくても困らないくらいなんだけど運転する時は必要でね」
「そうなんですねー……」
イケメン度が増しますね、と心の中だけで続ける。というかなんでいつもは先輩が話を振ってくれる時も多いのに今日に限ってそうしてくれないんだ、と心の中で思う。そう思っていると先輩が吹き出して思わず外を見ていた視線を先輩へと向ける。
「せ、先輩!!なんで笑うんですか!!」
「ごめんごめん」
笑いながら謝られてもからかっているようにしか思えない。またからかわれたと気付いて怒る。
「からかわないでください!!」
「そんなんじゃないよ。可愛いな」
「かわ、可愛くないです!!」
私は怒ってるのに先輩は楽しそうに笑ってるだけで面白くない……。私ばっかりドキドキして、いや、それは仕方ないけど。でも先輩にも少しくらいドキドキしてもらいたい。そう思って私は勇気を出して言ってみた。
「先輩はかっこいいです。……髪の毛とか」
「ありがとう」
先輩はさらっとお礼の言葉を言った。……駄目だ。先輩は自分がかっこいいってわかってる人だ。出し抜けるはずないと私は早々に諦めた。
「まあ、髪も親父の真似だけどね」
「お父さんですか?」
昔1度だけ見たことがあった先輩のお父さんを思い出す。挨拶しただけでほんの一瞬しか会ったことがないからあまりよく覚えてないけど先輩によく似ていた。でも日本語を話すのが不思議なくらい外国人って感じの、お父さんというよりお兄さんみたいな人だったな。
「そのヘアスタイルだとますますお父さんにそっくりですね。あまり覚えてなくて申し訳ないですけど……」
「むしろ覚えてなくていいって」
「え?なんでですか?」
「親父のこと見たらみんな惚れちゃうからね」
「そ、そうなんですか」
確かにかっこよかったからみんなが惚れてしまうのもわかる気がする。でも私は先輩の方がかっこいいと思う……。よく似てるから不思議なんだけど。
「そうだよ。昴も若菜も昔から親父に憧れてるからね」
「そうなんですか?」
2人から先輩のお父さんの話ってあまり聞いたことなかったけど2人も先輩のお父さんが好きなんだ。
「そうだよ。若菜なんて昔からわがままで両親に怒られる度に親父のところに来て甘やかされるからよけいに付け上がってね」
「へー!!そうなんですか」
「うん。だからその付け上がった鼻をへし折るのが俺の役目で。どんどん口だけ達者になって困ったよ」
「そうなんですか?……えっと、若菜お喋りですもんね!!」
先輩の口から若菜の名前が出てくるとドキっとする。けど私の知らない若菜を知るのは素直にわくわくする。若菜とは長く一緒にいるのに。……先輩は、今は若菜のことどう思ってるのかな。もう吹っ切れたのかな。でも若菜のことを話す先輩はとても生き生きとして楽しそうだ。
2人が付き合いはじめて7年。先輩の中で折り合いがつけられたのかな。そんな感じに思えて、私はドキっとしたけどなにもなかったように自然に先輩の話を聞いた。
「本当、若菜には手を焼いたよ。それに対して昴は本当に良くできたやつだよ。優しいし気も効く、少し気が小さいけど……あ、それは俺のせいか」
「え?」
「あ、なんでもないよ。とにかく昴は良いやつだってこと。で、昴も昔から親父に憧れててね。その理由の1つが若菜なんだよ」
「どういうことですか?」
「家族ぐるみで会うと若菜は親父にべったりでね、小さい時に親父みたいな人と結婚したいって言ってたらしいんだ。だから昴、親父みたいにかっこいい大人になって若菜と付き合うっていつも言ってたよ」
「……あれ?もしかしてそれって……」
「そう。若菜が約束だってよく言ってたやつ。たいしてもったいつけて言う話でもないよ」
「え!?そんなことないですよ!!どうしよう、大切な2人の思い出聞いちゃって若菜に怒られないかな!?」
「気にしない気にしない」
ハンドルを片手で握ってもう片方の手でヒラヒラとする先輩を見ても私は動揺していた。
「もっとも、若菜は自分で言ったこと覚えてなかったし昴の考えなんて知らなかったけどね。昴は若菜に大人になるまで待つように言って親父を見習って真面目に頑張っていたっていうのに、痺れを切らした若菜にいつまで待たせるんだ!!ってキレられてしぶしぶ付き合ったんだよ」
「え、そんなことないと思いますよ……?」
なんだか聞いていた話と微妙に違ってる気がする。
「いつまで待ってれば良いのかわからなくて不安になってる中で結城くんが女の子を庇って怪我してしまって、自分じゃない他の子を守ったことに動揺して、いつまで待てば良いのって泣いたら結城くんが付き合おうって言ってくれたって……」
昔聞いたのは確かこういう感動的なエピソードだった気がする。
「あいつがしおらしく泣くだけなわけないでしょ。泣きながらキレて鬼のように恐ろしい形相で詰め寄ってきたよ」
「え!?結城くんがそんなこと言ってました!?」
「いや、それは俺の脚色」
「もう!!ビックリしちゃったじゃないですか!!」
結城くんがそんなひどい言い方するわけない。そういえば先輩は昔からこういうことをよく言ってた。
「でもだいたいそんな感じだったに決まってるよ。面白エピソードだよ」
「そんな!!感動的で幸せなエピソードですよ!!」
「違うよー。もう聞いたら爆笑だったよ。あまりに長く語るから2時間くらい経った頃から笑えなくなってきたけど。昴は良いやつだけど女の子のセンスはまるでないね。若菜が天使か妖精に見えるって相当目が悪すぎる。妖怪の間違いだよ」
「えー!?酷いこと言わないでください!!」
そう言いながら私の頭は混乱していた。あの時のことをこんな風に話せるなんて、この7年の間で先輩はどんな折り合いをつけたというんだろう。あれから素敵な女性と出会って付き合ったのだろうか。それならどうしてそんな人と別れてしまったんだろう……。内心動揺しているうちにショッピングモールへ到着した。




