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勘違いですれ違った恋  作者: 柏木紗月
再スタート編
24/53

気合い十分の金曜日

 ついに金曜日。先輩に再会したのが今週の月曜日だから先週までの私の気持ちの変わりようと言ったらまさに別人だ。忘れよう、忘れようとしていたのに一度振り切ってしまえばこんなにも違う。

 直接会うのは月曜日ぶり。2人で食事なんて7年ぶり。朝から早起きして気合い十分で出勤した。




 しかしそんな心意気も空しく崩れ落ちそうなほど朝から忙しくて仕事が終わったのは19時半。約束の時間ギリギリになりそうだ。念のため先輩に遅れるかもしれないことを連絡した。

 そして、最寄り駅に着いたのは20時ちょうど。駅の改札前に先輩が既に待っていた。私は慌てて駆け寄る。


「お待たせしてすみません!!」

「お疲れさま。急がなくて良かったのに」


 さっきまで電車に乗っていたのに遅れてしまうと焦っていたからか、改札までの短い距離を走っただけで息が切れていた。


「大丈夫?」

「は、はい!!全然大丈夫です!!」


 焦る私に先輩は優しく笑って、私が落ち着くまで待ってくれた。そしてお店までの短い道中指輪の有無を確認しようと思ったけど先輩の右側に私がいたから先輩の左手がよく見えなかった。それならお店に着いてからだ、そう思って機会を伺っていたのに右利きの先輩は片手でメニューを渡してくれたりお箸を取ってくれたりして左手が全然見えなかった。私がメニューに気をとられたりよそ見をしている時に左手がテーブルの上から見える位置に現れていたのだとしたらタイミングが悪すぎる。ビールととりあえず、といって何点か頼んだおつまみが来て乾杯をした。


「坂下さん……?」

「はい?」


 切り干し大根を食べながらも左手を見逃さないようにじっと先輩の左手側に集中していたら先輩に声をかけられた。今集中しているところだったのに、と思いながら顔を向けると先輩が苦笑いして言う。


「えっと、さっきからどうしたの?」

「なにがです?」

「いや、ずっと一生懸命なぜか俺の左側見てるみたいだし」


 ……がーん


 気付かれていたと知って慌てる。


「あ、いや……。なぜでしょうねー……あはは」


 首を傾げて困り顔の先輩。困っててもかっこいい。……じゃなくて。


「えっとですね!!手を!!見たくてですね!!」

「手?左手?はい」


 すんなり左手を差し出した先輩。指輪ははめていなかった。


「あ、ありがとうございますー!!そう!!最近手相にはまってて!!」


 指輪はしていなくてひとまず一安心だ。そろそろ言い訳が苦しくなってきた私を見て先輩は吹き出した。


「先輩!?もう!!どうして笑うんですか!?」


 口元に手を当てて声をあげて笑う先輩に懐かしさを感じながら笑われたことに怒る。


「ごめんごめん。それで?左手を見てなにがしたかったの?」


 これ以上誤魔化す気が起きなくて呆気なく白旗を振った。


「指輪があるか見たかったんです」

「指輪?なんで?」

「なんでってそれは……その……」

「うん?」

「結婚してるのかな……と」

「え、結婚?俺が?」

「はい」


 先輩は少し考え込んでから優しく笑った。


「結婚もしてないし彼女もいないよ。だいたいそういう相手がいたらこうやって誘ってないよ」

「そ、そうなんですか?あ、でも誘ったの私の方じゃ……」

「うん。先越されちゃったけどね、俺も誘う気でいたし、今日にしようって言ったのは俺でしょ」


 先輩も誘ってくれようとしてたんだ。嬉しい。……あ!!作戦は失敗したけど最重要事項の大事なことが聞けたことに一拍遅れて気付いた。


「彼女もいないんですか!?」

「いないよ。気にしてくれたんだ」


 そう言って嬉しそうに笑う先輩にドキッとした。もしかして早くも私の気持ちバレバレなんじゃないか。なんだか恥ずかしい……。


「き、気にしてなくもない……気もしない……というか……あれ、どっち?」

「ふふっ。気にしてくれてたって思うことにするよ」


 笑ってる先輩を見て、先輩が嬉しそうだからもうなんでもいいか、という気になった。そして今日の仕事のこととかの話をしはじめて、しばらくして話が途切れた。


「で、坂下さんは彼氏いるの?」

「え、私ですか!?いないですいないです!!」


 突然話を振られて慌てて否定する。


「ふーん」


 先輩はよくわからない表情でそう呟いた。

 自分で聞いてきたのに興味なかったかな。いや、私の恋愛事情に興味ないだろうけど。


「そういえば昨日お店決める時どうしてここにしたの?」

「え、やっぱり駄目でした?この前先輩結構お酒飲んでたので居酒屋の方が良いかなって思ったんですけど」

「見ててくれたんだ」

「え?それは、まあ」

「あとは?」

「あとは?……そうですね。レストランは私が緊張しちゃうと思って。だってああいうお店って周りもみんな静かで食器の音が響くんですよ。失敗しないようにって緊張して全然料理の味がわからないんですもん。そんな所積極的に行きたいとはまだなかなか思えないですよ。あ、子どもだなって思います?」

「……」

「先輩?聞いてますか?」


 なんだろう。先輩は笑ってるはずなのに目の奥が笑ってない。


「誰かとそういうお店に行ったことがあるみたいだね?」

「え?あー、はい。大学時代に院生の先輩に誘われて」

「へえ……」


 なんなんだろう。熱気で暑いはずの店内なのに冷えてきた。鳥肌が立った腕を擦る。


「付き合ってたの?」

「え!?いやいや、ただの先輩ですよ!!告白されましたけど断りました!!価値観が違うって感じでしたし、もうなんかいろいろ違ったんです!!」


 なんだか余計なことまで言った気がする……。先輩は、どう思ったのかわからないけどビールを一気に飲み干すと優しく笑った。


「まあ、それなら良いよ」

「あ、ありがとうございます?」


 思わずお礼を言ってしまった。ちょっとさっきの先輩怖かったな……。でも本当にその人とは付き合わなかった。そもそも佐々木先輩以外の人と付き合ったことはない。院生の先輩もそうだし、他にも何人か食事とかに誘ってくれたり告白されたりもしたけど、佐々木先輩ならこういう時こうするのに、とか佐々木先輩ならこういう時に笑ってくれるのに、とか思っていろいろ違うと思って付き合おうという気持ちになれなかった。

 そして時間は21時前で、そろそろ帰ろうと先輩が言う。どうしてみんな私を21時に帰そうとするんだろう。たった1時間じゃあまりに短すぎる。そう思っている間に先輩は店員さんに伝票をもらってそのままお金を渡して荷物を持ち上げてしまう。その間10秒ほどの早業だった。あまりに早すぎたから反応が遅れてしまった。


「せ、先輩!!お金!!」

「え?なに?」


 本当にわからないというように首を傾げる先輩に私は焦る。


「割り勘にしましょうよ!!いくらでした!?」

「え、いいよ、俺が払うから」

「駄目ですよ!!この前もそうでした!!」

「だからいいんだって」

「なにも良くないですよ!!」


 付き合ってもいないのに奢ってもらう理由がないのに、先輩は全然折れてくれない。


「困ったなー」

「それはこっちの台詞ですよ」

「じゃあ……また会ってくれる?」


 え?また会ってくれるの?ドキッとしているうちに先輩はお店の外に出てしまい私も慌てて続いた。お店の外すぐそばで待ってくれていた先輩が歩き出すので私も歩き始めた。


「明日と明後日は俺予定があるから来週の土曜日空いてる?」

「空いてます!!」


 思わず反射的に答えてしまってから考える。大丈夫。美容院の予約はまだ先だし友達と遊ぶ予定も入ってない。


「あ、でも……」

「都合悪い?」

「い、いえ。そうじゃないですけど……いいんですか?そもそも奢ってもらうのとどういう関係が……?それにわざわざ都合つけてくれるなら悪い気が……」

「いいのいいの。今度前いた支社でお世話になった上司が退職することになったから贈り物しようと思うんだ。一緒に選んでくれると嬉しいんだけど」

「え、そうなんですか?それなら……いいのかな」

「うん」


 そういうことなら良いのかも。それに私にとってはチャンスだ。


「それなら頑張ってお手伝いしますね!!」

「ありがとう。坂下さんの家の近くで車停められる所ってある?」

「え?車ですか……。アパートのすぐそばに時々停めてる人がいるの見たことあるので少しならそこ、あ、あの辺りです……そこなら大丈夫だと思います」


 アパートまであっという間で、もう着いてしまった。私は車が停まってるのを見たことがある場所を指差した。


「そしたら土曜日、あの辺りで待ってるね。時間はあとで連絡するよ」

「はい……って、え!?車ですか?」

「うん、駄目?」

「え、いえ、駄目ってことはないですけど……先輩の買い物ですし……」


 先輩の運転する車に乗るの?今からドキドキするんだけど……。


「じゃあ良いよね」

「は、はい……」

「坂下さん」


 改めて名前を呼ばれて不思議に思いながら先輩を見る。先輩は穏やかに微笑んで言った。


「さっきも言ったけど、誘おうと思ったのは本当だけど先に言ってくれたのは坂下さんだよね。それに連絡先を渡した時も俺は気が向いたらで良いって言ってたのに実際に連絡くれた。……だから良いんだよね?」

「……はい?なにがですか?」

「だからね、もう逃がさないよってこと」

「え……?」

「じゃあまた連絡するよ。おやすみ」


 なにを言われたのかわからなくて呆然としているうちに先輩は駅へと向かって歩いていってしまった。

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