決意を新たに
あの頃の私は自分のことばかりで周りが全然見えていなかった。あの日以降、私のことを守るように一緒にいてくれた若菜と、先輩を慕っていたのに私を気遣ってくれた結城くんのおかげで少しずつ先輩のことを思い出にできた。
あれから私もいろんな人と出会い、たくさんの経験をしてきた。今だからこそわかることがある。あの頃の私はそれまで味わったことのない感情に身体が追い付かなかった。自分が傷付きたくなくて心に負荷がかかろうとする度に逃げて目を逸らしていた。ちゃんと向き合っていれば、落ち着いて考えれば、もっと別の道があったはずなのにあの頃の自分はあまりにも子供すぎた。だけどあの頃の私は私なりに必死で、一生懸命に考えていて、精一杯だった。先輩を傷付けて自分勝手に振り回した私はもう先輩に関わるべきではないだろう。だけど長い時が経った今でも先輩のことが忘れられない、変わらず好きでいると気付いた。長い間目を反らし続けてきた気持ちだ。もう逃げ続けてはいられない。振り向いたらあの時みたいに傷付くかもしれない。でもそれを恐れていたら、私はあの頃のまま、高校生の身勝手な坂下椿のままだと思う。
だから今度は思いっきりぶつかって、自分の気持ちに正直になろう。
と思ったところで今の私は彼の会社用携帯とメールアドレスしか知らない。先輩と別れたその日に先輩に関わるものは全部なくしてしまったから。気持ちを新たにしたところでなにもできないままあれから2日経った水曜日。午後少し仕事が落ち着いた時、ふと思いついた。そうだ、若菜に連絡先を聞けばいいだけじゃない。あ、でも待って。私の環境があの頃と違うように先輩の環境も変わっている。私には私の生活があるように先輩にも先輩の生活があるというわけで。……もしかしてもう結婚してるってことはないかな。早いかもしれないけど昔からかっこよくて人気のあった彼のことだからありえないとは言えない。この前会った時左手に指輪はあっただろうか。
……駄目だ。それどころじゃなかったら思い出せない。それに結婚してなくても彼女くらいはいるだろう。若菜みたいに一緒に住んでたりするかも。想像してみた。もし私からのメッセージが届いてそれが今の彼女に見つかって、その彼女に問い詰められる先輩……。駄目駄目。先輩に迷惑かけられない。若菜には連絡先を聞く前に先輩にそういう相手がいるかを聞かないと。
黙ってファイリングをしている間にそんなことを考えていると営業から戻ってきた間宮さんが私のデスクに寄ってきた。
「坂下ー」
「あ、お疲れ様です」
にやにやしてる間宮さんを不思議に思っていると目の前に紙を差し出してきた。……それは佐々木先輩の名刺だった。
「……これは?」
「坂下にプレゼントだ」
「佐々木先輩の名刺はありがたいですが既に連絡先はデータに入っていますよ?」
私が知りたいのはプライベートの連絡先です!!とは言えない……。
「わかってないな……。裏見てみなよ。まったくあいつもベタなんだから……」
「え?裏ですか……?」
名刺を裏返して見ると昔一緒に勉強している時に見た癖のない丁寧な先輩の文字で電話番号とメッセージアプリのIDが書かれていた。
「間宮さん、これ……」
「気が向いたら連絡してほしいってさ」
胸が高鳴った。あの頃と同じように心がじわじわ温かくなってきた。これで先輩に連絡できるんだ!!
「間宮さん!!ありがとうございます!!」
「はいよ。ってことでこの資料まとめるの頼むな」
「なんでもやります!!」
ハイテンションで仕事を受けると次から次へと仕事を振られてしまい会社を退社するころには20時を過ぎていた。
けど先輩の名刺を手にすると嬉しくて顔がにやけてしまう。すぐに登録してしまおう、とメッセージアプリの登録画面でIDを登録した。なんて送ろうかな。……いや、本当、なんて送れば良いんだろ?
これは7年ぶりに先輩に送るメッセージだ。そう思ったら途端に緊張してきた。結局会社から駅に着くまでに考えることができなかった。そうだ、先に若菜に聞かないと……。そうそう。先輩に彼女がいたり結婚なんてしてたらこのせっかくの決意も意味がない。結婚してるよー、とか彼女いるよー、とか返ってきたらどうしよう……。でもそれじゃ前に進めないよね。思いきって若菜にメッセージを送った。
『佐々木先輩って今彼女いるのかな?もしかして結婚してるとかないよね?』
緊張しながら返事を待つと、一瞬で既読がついた。早っ。
『教えなーい』
え……。私は慌てて返事をする。
『そんなこと言わずに教えて?応援するって言ってくれたじゃない』
すぐに若菜から返事とスタンプが送られてきた。
『そうだっけ?』
スタンプはクマがぼんやりと斜め上を見ているものだった。
『そうだよ!!私、すごく嬉しかったんだから!!』
若菜にしては少し間が空いた。30秒ほど経ってからメッセージが届いた。
『3回に1回くらいは協力してあげる』
え、どういうこと!?よくわからないけど昔移動教室への移動中、3回に1回は私に先輩と2人で話せるように気を使ってくれたことを思い出した。先輩の気持ちを知って辛かったけど好きの気持ちが抑えきれずにドキドキしてた。
忘れたいくらい辛くて悲しかった恋だったけど自覚する前から恋だったと思えばあの頃先輩に出会って好きになって毎日ドキドキして幸せだった。良い思い出も悲しい思い出もたくさん経験して今の私がいるんだ。だからこそ、今度は先輩に振り向いてほしい。今度はちゃんと私のことを好きになって付き合ってほしい。結婚してたら、なんて本当にしてたら考えよう。彼女がいたら今の彼女より好きになってもらえるように努力しよう。そう思うと勇気が出てきた。
『ありがとう。今回は自分で聞いてみるね!!』
ちょうど最寄り駅に着いて家に帰ると着替えをする前に先輩へ7年ぶりのメッセージを送った。
『お疲れ様です。坂下です。間宮さんに聞いて連絡しました。この前は先輩に会えて嬉しかったです。もし良かったら今度食事に行きませんか?』




