さようなら
翌日月曜日。先輩に、朝は先に行くことと放課後にあの中庭に来てほしいというメッセージを送った。
泣き腫らした私の目を見て若菜が驚いていた。でもなにも説明できなくて何か言おうとしてた若菜に心の中で謝って1日なにも話をしなかった。
そして放課後中庭に行くと先輩が先に来ていた。
「遅くなってすみません」
「ううん」
先輩の顔は見ることができなかった。うつ向いたまま私は言った。
「あの……自分から言い出したのに自分勝手でごめんなさい。別れてください」
しばらく経ってもなにも答えない先輩にしびれを切らして顔をあげて動揺する。
どうしてそんなに辛そうな顔をしてるの?わからなくなった。この顔が見たくなくて付き合ったのに結局同じ表情をさせてしまった。優しい先輩はたった3ヶ月だけ付き合った私なんかに情を持ってくれたんだろうか。私のことを嫌ってるはずなのにどこまでも優しい人……。
先輩が悲しむことなんてないのに。だから、もう終わりにしないと。
「先輩、ごめんなさい、大好きでした。さようなら」
先輩の悲しむ顔は見たくなかった。目から溢れる涙が止まらなかった。
どうやって家に帰ったのかわからない。ドアをノックする音で自分が自分の部屋にいることに気が付いた。ゆっくり開くドアからそっと覗きこんできたのは若菜だった。若菜は私を見ると顔を歪めて駆け寄ってきた。
「椿!!」
「わ、かな……」
上手く声が出なかった私を抱き締めてくれる若菜の温もりにまた涙が溢れてきた。
泣きじゃくる私に若菜はなにも言わずに背中を擦ってくれた。
どれくらい経ったのか、しばらくすると、私はポツポツと間違えてしまったこと、先輩を傷付けてしまったことを話した。先輩が若菜のことが好きなことは私から言えないから全部は言えなかったし、支離滅裂な私の話を若菜はうん、うん、と聞いてくれた。
なんだか若菜と話すのがずいぶん久し振りに感じた。毎日会って話もしていたのに。この3ヶ月間自分が自分じゃなかったような気がする。そういえば先輩と付き合うことをなんて伝えたのかも曖昧だ。付き合うきっかけを話すのに後ろめたさを感じていてちゃんと言えなかった気もする。普段の会話も直接的な先輩との話題はしなかった。
いや、3ヶ月前じゃない……?私はいつから間違えていたんだろう。どこでおかしくなったんだろう。私はずっと私だったはずなのに、もっと前から普通じゃなかった?
私の思考を断ち切るように突然若菜は声をあげた。
「あー!!もう!!」
そう叫んで叩き割る勢いで机をグーで殴り、そのまま両手でドンドンと叩きながら怒る。
「やっぱり1発だけじゃなくてもう10発くらい殴っておけばよかった!!あの極悪最低男!!変態!!ヘタレ!!女の敵!!女の子が好きな人のために努力してなにが不満なのよ!!ほんと、わけわからない!!」
次々と吐き出される言葉に呆然としていたけど机を叩き続ける若菜の手が赤くなってきて慌てて近くにあったクッションを机の上に乗せる。
違う、違うよ、若菜。先輩はなにも悪くない。私が間違ってた。おかしかった。全部私が悪いんだよ。
若菜はそのクッションを叩き、しばらくすると落ち着いたのか深く息を吐いた。
「椿はこれからどうしたい?」
「どうするって……」
どうしたいかなんて考えられないけど……。
「でも、先輩にはもう会えない。会わせる顔がないよ……」
最後に見た先輩の表情を思い返して止まっていた涙が再び溢れてきた。もう泣けないってくらい泣いたはずなのに。
「会わなきゃいいよ、あんなやつ。どうせ後数ヶ月で卒業するんだから」
「そ、そっか。卒業だもんね」
「まあ、やつも私たちと同じで実家はまだ出れないから通える大学だろうけど」
そうだ。若菜と結城くんと先輩の両親が決めて就職するまで一人暮らし禁止なのだと若菜が以前言っていたことを思い出す。
「そしたら会っちゃうかもしれない」
この辺りの人が遊ぶ場所は県外まで出ないとなると限られてるから地元を離れないと先輩に会うこともあるかもしれない。
「若菜、どうしよう。先輩に会いたくないよ。ここから離れないと……。先輩のこと忘れたい」
でも離れたら若菜とも会えなくなってしまう。大切な約束が守れなくなってしまう。言ってから気付いてどうしたら良いのかわからなくなって頭を抱える。
「離れたら良いよ」
「でも約束が……」
「椿がそうしたいならしたら良いよ。椿が私にいつも言ってくれることじゃない。それに離れたって私と椿はずっとずっと親友だよ。距離なんて関係ないよ」
「若菜……。でもそれって逃げてるよね」
「逃げても良いじゃん。ここから離れて新しい環境で過ごしてればあいつのことなんてそのうちさっぱり忘れちゃうよ。それでさ、あいつとまったく別の、なんの関わりもない別の世界で生きるんだよ。そしたらね、椿は幸せになれるから」
「そう……なのかな」
優しく微笑んでゆっくり話してくれる若菜の話を頭の中で繰り返す。
「そうそう!!あ、私と昴の結婚式には戻ってきて出席してね!!私の晴れ舞台、椿は親友として参加必須なんだからー!!」
冗談っぽく笑って言う。そうだね。若菜の結婚式は先輩も親戚として来るだろう。その時挨拶と世間話くらいできるように先輩を好きな気持ちを風化できるようにしよう。
それから先輩は学校を卒業し、私は県外の一人暮らしをしながら通えるように特待生制度がある学校を目指し毎日予備校に通って必死に勉強した。
さらに時が過ぎ私たちも高校を卒業した。私は希望の県外の大学、若菜は専門学校、結城くんは地元の大学にそれぞれ進学した。若菜と結城くんとは時々会ったけど誰も先輩のことを口にしなかった。2人は先輩とも会ってるはずだけど何も言わなかった。
先輩がいない毎日が日常になって、先輩のことを考えない日が増えた。そして私は穏やかにゆっくりと大人になった。
これで高校生編が終了です。次回から最終第3章が始まります。




