崩れ落ちる
先輩とは学校のある日は朝も帰りも一緒で土日は時々お互いに用事があって会わない時もあるけどほとんど会っていた。
困るのは話題だ。前はあんなに自分からいろんな話をしていて、先輩も笑ってくれていたけど今考えるといつも若菜との話をしてたから楽しんでくれたんじゃないかと思う。だから楽しんでもらいたくて若菜の話をしようとするけど最近の私は上手く若菜の話ができない。
それに先輩に優しくされる度に好きな気持ちがどんどん膨らんで、駄目だと思えば思うほど大きくなってしまう。笑顔を向けてくれるたびに好きだと思う。手を握ってくれる時、キスしてくれる時、抱きしめてくれる時、いつも全身が熱くなって本当は自分のことを見てほしい、若菜じゃなくて私を好きになってほしいと思ってしまう。だから若菜の話がなかなかできなくなってしまった。
恋人同士がしそうなことは多分ほとんどしているはずなのに、先輩は変わらず時々ため息をついている。どうしたら先輩の気持ちを晴らせるのか、まだできることがあるはず、なにをすれば先輩に喜んでもらえるのか……そう考えていると、12月のある日若菜からダイエット中だという話を聞く。
「若菜太ってないじゃない」
「甘い!!」
「え?」
「甘いよ椿!!太ってる太ってないじゃなくて好きな人のために綺麗になろうって気持ちの問題なの!!」
「そ、そうなの?」
ダイエットして綺麗になったら先輩は喜んでくれるかな……。
「椿、もう食べないの?」
「あ、えっと……。お腹いっぱいで……」
「そうなの?」
普段から食べないようにしていると胃が小さくなったみたいでお休みの日に先輩とご飯を食べる時にも食べきれなくて残してしまうようになった。
「もしかしてダイエット?」
「え?違いますよー。夏バテならぬ冬バテですかね。ははっ」
なんとなくダイエットしてるだなんて言いづらくてごまかしてしまう。先輩は少し考え込んでいるようだったけどもうその話はしなかった。
そしてクリスマス。今年はイブが土曜日でクリスマスが日曜日だから先輩の家に泊まることになっていた。
先輩の両親は若菜と結城くんの両親と旅行に行っているから今頃若菜達はテーマパークで楽しんでいる頃だろう。
私と先輩はお土曜日の昼過ぎに待ち合わせしてショッピングをしてケーキ屋さんに入った。前に若菜と結城くんと来たことがあるお店だ。そういえば先輩が甘いもの大丈夫なのか聞いていなかった。若菜も結城くんも甘いものが好きだからすっかり聞き忘れた。
「今さらですけど先輩は甘いもの大丈夫でした?」
「うん」
「なら、良かったです」
甘いのが苦手なら私が前に食べたことがあるチョコレートケーキは甘さ控えめだから少し苦手なくらいなら食べられると思った。少しどころじゃなくて嫌いって人は駄目かもしれないけど。
「それならレアチーズケーキとか美味しいですよ。あ、でも新商品のミルフィーユも美味しそう……」
「それじゃあレアチーズにするよ」
「あ、本当ですか?じゃあ私はミルフィーユにしようかな」
しばらくしてテーブルに運ばれてきたミルフィーユはすごく美味しかった。
「んー、美味しい!!そっちはどうですか?」
「美味しいよ。はい、あーん」
「え!?」
どぎまぎしていると早く、と急かされて先輩にあーんされて一口食べる。
「どう?」
「美味しいです!!」
「じゃあもっと食べて良いよ」
「いやいや、悪いですよ!!」
「大丈夫大丈夫」
そう言ってるとまたフォークを差し出されて恥ずかしいから普通に食べますと言って結局ほとんど2つとも自分が食べてしまった。……せっかくダイエットしてたのに。
文句の1つでも言おうと思ったけどブラックコーヒーを飲んでいた先輩に微笑まれて何も言えなくなってしまった。
途中でDVDを借りて先輩の家に来た。既に何度もお邪魔して勉強したりDVDを見たりしていた部屋に入った。DVDを見終わって、DVDと同じく途中で買ってきたご飯を食べてお風呂を借りて部屋に戻る。入れ替わりでお風呂に入った先輩が戻ってきたら少し様子がおかしかった。
「先輩?どうかしました?」
「あ、いや。ずっと言おうか迷ってて、しかもせっかくのクリスマスだしこんな日に言うのも気分悪くなるかなって……」
「なんですか?言いたいことがあったらクリスマスとか関係なくいつでも言ってください」
「うん……」
いつもベッドで並んで座るからいつも通り隣に座る先輩に話を促した。
「椿と付き合う前に若菜から写真を見せてもらったことがあるんだけど、椿めったにスカートとか履かないしそういう淡い色とかも着ないから……無理してないかな、とか」
「え。……いやいや、それはデートなんですから友達と遊ぶ時と同じ感じじゃないですよ」
一瞬動揺したけどすんなりそれらしいことが言えた気がする。
「そうかな……。俺は普段と同じ方が良いんだけど……」
胸がキリキリと痛くなった。やっぱり似合わない服は着ない方が良かったかな。若菜の代わりになろうとした浅ましい考えに気付いたのかも。
「それに……やっぱりダイエットしてるでしょ?」
「そ、そんなこと……」
「わかるよ。他にもわざわざ俺に合わせて自分のしたいこと言わないし……」
その言葉で私は気付いてしまった。先輩のためだと思って先輩に合わせた私は先輩を不快にさせていたんだ。若菜は私と違って自分の気持ちをはっきり言う子だ。先輩は若菜が好きだから自分の考えを口にしない私は嫌われてたんだ。
この3ヶ月、私は先輩のためだと思って自己満足で付きまとっていただけだったんだ。それなのに先輩は今だって気を使って言いにくいことを言って私に気付かせてくれた。
思えば先輩は辛い失恋を忘れたかったのかもしれない。だから私の提案を受け入れてくれたんだろう。なのに忘れたい相手の若菜になろうとしていた私を見て余計に傷付けてしまっていたのかもしれない。先輩のことを傷付けて自己満足で振り回して、私……最低だ。
体が震えて涙が止まらなくなった。急いで帰ろうと立ち上がったけど先輩に腕を掴まれてしまった。
どうして?嫌ってるのに。早く追い出してくれればいいのにこれじゃ出ていけないよ。そばにいればいいのか立ち去れば良いのか、先輩が今何を考えているのかわからなくて私はいつしか声をあげて泣いていた。
気付いたらベッドの上にいて、目の前には眠っている先輩がいた。窓に目を向けると外は明るくてすでに日曜日の朝になっているようだ。背中に回されている腕がびくともしなくて、動揺する。早く帰らないと。どうしよう、と思っているとふと力が弱まるのがわかって、すぐに腕から抜けて荷物を持つと静かに先輩の家から出ていった。




