同姓同名に動揺する
席に座ると同時に間宮さんが私に気付いて来る。
「戻ったか」
「はい。ただいま戻りました。どうかしましたか?」
「俺今から出るんだけどシラン商事の見積書変更してほしいんだ」
「承知しました。すぐに対応しますね」
「助かるよ。変更点メールしておいたから修正したもの直接佐々木さんに送っておいてくれない?急ぎだからメールしたら電話も頼むよ」
「はい」
ありがとう、頼むよと言って間宮さんは鞄を持って部屋を出て行った。
私はパソコンを立ち上げて見積書作成のエクセルを開いて修正する。そしてメール画面を開いてアドレス帳で連絡先を確認する。
「えっと……シラン商事の担当さんのアドレスは……」
アドレスを読み込んで"佐々木隼人"というフルネームを表示させて少し動揺する。
この仕事をしているとたくさんの人と関わるからあの人と同姓同名の人がいても不思議ではない。珍しい名前でもないから余計に。だからといって毎回動揺するのを止めることもできないけど。
この人と彼は別人、この人と彼は別人と考えながらメールを作成して見積書を添付して送信する。そして電話番号を確認して電話をかける。
こうして取引先にメールや電話をすることはよくある。今回のように修正したり急ぎの対応が必要な時はメールを送ったことを電話で伝える。シラン商事は今までイレギュラー対応がなかったから担当者に直接連絡することは今回が初めてだった。
もしあの人だったら……いや、そんなはずない。こんなに地元から離れた場所に来たのにそんなことあるはずないんだ。
ドキドキして受話器を持つ手に力が入る。長いのか短いのかわからない電子音が途切れた。
『はい』
一瞬で昔にタイムスリップしそうになるのをどうにかこらえた。
あの人の声だ。
「あ……えっと、お世話になっております。トリトマの坂下と申します」
『お世話になっております』
「先程間宮にご依頼いただきました、修正したお見積書をメールにてお送りいたしましたのでご確認お願いいたします」
『確認いたしました。早々にご対応いただきありがとうございます』
「いえ、それでは今後とも宜しくお願いいたします。失礼いたします」
『宜しくお願いいたします。失礼いたします』
静かに受話器を降ろす。
「はぁー……」
普段と同じように話せただろうか。声が震えていたかもしれない。
お昼から戻ってリフレッシュしたはずが既に残業後のような疲労感を感じる。
深呼吸をして考える。高くもなく低くもない、聞いていると安心できるような柔らかい声。確かにあの人だった。でも他人のそら似かもしれない。自分の記憶にある声と似ていると思っただけで実際そこまで似てなかったかもしれない。だけど同姓同名だし勘違いじゃないかもしれない。
ぐるぐると思考を巡らせているうちにメールを受信した。
さっきの見積書に対するメールだ。簡潔に感謝の言葉が書かれたテンプレートな文面。
そうだ。もし仮に万が一あの人だからってなんだというのだろう。相手はメールか電話という電子機器を隔てた向こう側にいるんだから。……今かっこいいこと言った気がする。
「坂下さん、どうしたの?さっきから百面相してるけど」
「え!?いえ、なんでもないです!!」
調子乗った。仕事しよう。
向かい側に座ってる青木さんは私と同じ営業事務をしていて、新入社員の時から仕事を教えてくれる上司だ。今年32歳で仕事もできて結婚もしている素敵な人だ。眼鏡が似合う美人さん。
営業課は私と青木さんの2人の営業事務と間宮さんを含めた営業4人と課長の7人体制だ。毎日忙しくて頻繁ではないけど繁忙期を乗り越えた後や忘年会とかで集まったりする。営業さんだからか、面白くて話上手な人が多い。その中でも間宮さんは面倒見のいいお兄さんみたいな存在で、青木さんはお姉さんという感じだ。私はそんなアットホームな職場だから激務も乗り越えられると思っている。
「青木さん」
「どうしたの?」
「午後も頑張りますね!!」
「う、うん……。もう15時だけどね?」
今は仕事しよう。あの人のことは考えないように仕事を再開した。




