結城くんは救世主
クリスマス以降、佐々木先輩のことは当然だけど進展もなにもしなくて、ただ穏やかに毎日が過ぎていった。
ただ1つ変わったことと言えば、移動教室への移動中、佐々木先輩に会うと3回に1回若菜が先に教室に行くようになった。残りの2回は相変わらず先輩に突っかかってるんだけど。……応援しないって言ってたけど若菜なりに応援してくれてるんじゃないかと思う。
相変わらず先輩と会うとドキドキしてしまうけど、若菜を見る先輩を見たくなくて視線を外しながら話す日々が過ぎ、学年が1つ上がり私たちは高校2年生になった。今年も若菜と同じクラス。結城くんとはまた違うクラスで若菜は少し落ち込んでた。
「椿?つーばーきー!!」
7月のある日、明日から期末テストが始まる。テストが終われば去年佐々木先輩に初めて会った夏休み。早いなー、とこの1年を複雑な気持ちで振り返ってぼんやりしていた私は目の前の机に力強く手を叩きつける若菜に驚いた。
「ど、どうしたの?びっくり」
なんだか前にも似たようなこんなことがあったような気がする。
「夏休みだよ!!夏休み!!今年はどこに遊びに行こっか!!」
「あー、夏休み……。でも夏休みの前にテストがあるよ?今勉強してるでしょ」
「テストなんてやる気でないよー」
「それもそうだね……」
今は放課後で若菜と結城くんと3人でテスト勉強をしているけど若菜はどうにもやる気がでないみたい。ちなみに私たち3人とも勉強ができないわけではない。
うちの学校は毎回テストが終わると掲示板に学年20位以内の生徒の名前が張り出される。そこに張り出されるくらいには成績優秀だ。ただ、こうムシムシ暑いとやる気もでないというもの。そういう私も全く集中していない。
「若菜、そしたら僕と賭けでもしようか?」
「賭けー?なにを賭けるの?」
「なにがいいかな……。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞くとか」
「んー……。なんでもいいの?」
「なんでもいいよ」
若菜は少し考えてなにか思い付いたのか目を輝かせた。
「若菜、なにか決まったの?」
「うん!!でも今は教えない!!」
「僕は決まらないから勝敗が決まったら決めるよ」
「昴には負けないからね!!」
「僕も若菜には負けないよ」
なんだか若菜もやる気が出て良かった。
若菜と結城くんは付き合ってないのに2人で話しているといつもほんわかする空気感がある。それがなんだか羨ましい。
以前若菜に結城くんと付き合ってるわけじゃないんだよね、と聞いたことがある。その時若菜は言ってた。
『だから付き合ってないってば。でも私は昴のことが好きで昴も私のことが好きだってわかってるんだ。だけどね、大好きな椿でも教えてあげられないけど約束みたいなものがあるの。それを私は待ってるんだー』
そう話す若菜はうっとり、幸せそうな顔をしていた。そして、好きだって言われたことはないんだけどね、と笑って言った。
約束みたいなもの、というのがどんなものなのかわからないけど長い付き合いの2人には私には考え付かない思い出がたくさんあるんだと思う。
付き合ってなくてもお互いのことを大切に思ってるのは私でもわかる。
2人はずっと今みたいに一緒にいるんだろうな。やる気が出た若菜を優しく見守る結城くんを見てそう思う。
そしてテスト期間が終わり、全教科が返却されて掲示板に張り出された日の放課後。
「信じられない!!」
数人の生徒が残っている教室で若菜が叫ぶ。
「若菜、落ち着いて……」
「だって1点差ってなに!?」
「お、惜しかったね……」
テストの結果私が6位、結城くんが8位、若菜が9位だった。若菜は計算問題で答えは間違っていたけど途中の計算方法は合っていておまけをもらってた。その点数分で結果が決まってしまったみたい。
嘆く若菜を張り出された昼休みからずっと慰めてる私だけど全く上手くいかない。
「そんなに負けたくなかったの?」
「負けたくなかったよ!!絶対一緒に食べようと思ってたんだもん!!」
「食べる?」
賭けのことだと思うけどなんのことだろう。
「椿も知ってるでしょ!!ジンクスのアイス!!」
「ジンクス……あ!!」
最近クラスの子から話を聞いたジンクスを思い出す。2つセットになっていてプラスチックの容器の真ん中でパキッと割れるアイスを好きな人と一緒に食べると長く一緒にいられるというものだ。
イチゴ味で入れ物もイチゴの形なんだけどなんとなくハート型にも見えるようになっていて、真ん中で割ったらハートが割れてしまう感じなんだけど、それを好きな人と一緒に食べれば喧嘩もするだろうけどすぐに仲直りして末長く一緒にいられる、みたいな話らしい。
嘆く若菜の気持ちがわかって微笑ましくなるけど、今どうしたらいいのかはわからずじまいだ。
「若菜、アイスを食べなくても結城くんとはずっと一緒だよ」
「そうだけどそうじゃない!!もー、椿はわかってない!!」
「ご、ごめん……」
そういうことじゃないみたい。……どうしよう。
「食べたから一緒にいられて食べないと一緒にいられないってことじゃないんだから。確証が持てるわけじゃないけど安心できるっていうか、昴に好きでいてもらえてるって自信を持てるっていうか……」
それを聞いてはっとした。若菜はいつも喜怒哀楽がはっきりしてて自分に自信を持ってるような気がしてた。けど若菜も不安になることがあるんだ。
……それはそうだよね。いくらなんでも結城くんの考えが全部わかるわけじゃないし。
若菜はおしゃれな雑誌を見ては、これは結城くんが可愛いって思ってくれそうってふせんやボールペンでチェックしてたり、動画サイトでヘアスタイルの勉強をしたり、いつも結城くんのために可愛くなろうとしてた。流行りのネイルやヘアスタイルを自分でやるだけじゃなく私にもやってくれるけどいつも上手で、元々あるセンス以外にそうやってたくさん勉強してるからこそだってわかる。そうやって努力しててもなにも変わらない関係に不安に思うこともあるんだ。
恋って難しい……。私はなにも言えずただ話を聞くことしかできない。
その時ドアが開いた。
「あ、若菜ー」
結城くんだ。私と若菜は2人で笑顔で教室に入ってくる結城くんを見る。
「若菜、僕の勝ちだね」
「わかってるよ!!」
「約束通り僕の言うことをなんでも聞いてね?」
「わかってるってば!!」
泣きそうな怒ってるような顔で若菜は大声を出す。
「じゃあね、僕が勝ったから若菜が食べたがってたアイスを食べよう」
「……へ?」
ニコニコと笑う結城くんに固まる若菜。一瞬驚いた2人を交互に見た私はすぐにほっとした気持ちになった。
「なんでそうなるのよ!!」
「だって僕の願いは若菜がしたいことを叶えることだからね」
「す、昴……」
真っ赤になって俯く若菜を見て私は思う。若菜が不安に思うことは絶対に絶対にないだろう。恋愛に絶対はないのかもしれないけど、若菜と結城くんの2人はこの先なにがあっても一緒にいるんだって、恋が難しくてわからない私にだってわかる。
前に若菜はお姫様になりたいって言ってた。それならまさに王子様は結城くんだ。私にとっての彼は今まさに救世主だけど。
その翌日、昨日の嬉しそうな表情とはうって変わって若菜は機嫌が悪い。無表情で呟く声が微かに聞こえた。
「は……のバ…………やと……あく……」
鬼気迫る様子の若菜に私はなにも聞けなかった。




