親友との約束
それは入学式の翌日、クラス委員を決める時間のこと。
私は積極的でも消極的でもなく、学級委員って決まりにくいっていうのがお決まりだなー。じゃんけんとかで、偶然なっちゃったら嫌だな……と思っていた。
だけど予想に反して私のクラスには学級委員長に立候補する女の子がいた。眼鏡をかけた真面目そうな子だった。
ちなみに今だからわかるけど彼女は凛としていて周りに左右されない。だからといって壁があるわけではなく分け隔てなく誰とでも接することができる思いやりのある女の子だ。
そしてこの時の私はすぐに決まって良かったな、くらいに思っていたけど後ろの方で他の女の子たちが話す声が聞こえた。
「なにあれ、目立ちたがり?」
「でしゃばってるね」
わざと聞こえるように言ってるのか、前から2番目の席に座る私の席にはっきり聞こえた。なんだか空気が悪くて嫌だな……そう思っているとすぐ前の席の女の子が立ち上がって後ろに振り向いた。ふわふわの茶色い髪にお人形のような真っ白で透き通るような肌で整った顔立ちの美少女だった。彼女が目をキッと細めて言う。
「後ろの人たち煩いんだけど。文句があるなら自分がやればいいじゃん。やりもしないのにぐちぐち言うなんて最低。それにわざと聞こえるように言うような人って私大嫌い」
少し高くて猫なで声、見た目通りの女の子らしい可愛い声だった。決して大きな声ではないのに、その可愛らしい声から発せられた言葉は冷たくて、クラスが一気に静かになった。先生が取り持ってそのまま進行していって休憩時間になった。
ちらほらと立ち上がって休憩に入るクラスメイトが私の前の席の女の子をちらちら見てる中、私はその子の肩をトンと叩いた。
振り向いた彼女は怪訝な顔をしていた。
「あ、ごめんね。急に」
怒らせてしまったかな、と少し慌てる。
「お話してみたかっただけなの」
「……私と?」
不思議そうにわずかに表情をやわらげて顔を傾げる彼女は本当にお人形のようだ。あまり表情を変えない子なのかな……。
「うん。かっこいいって思って」
「かっこいい……私が?」
「うん!!あんなにはっきり物を言える人ってそんなにいないと思う。私なんて空気悪いなー、嫌だなー、って思っただけで言葉に出そうだなんて思いもしなかったよ。だから憧れる!!」
「そんなこと初めて言われた……。あなたは私が可愛いと思う?」
「は?」
それはお人形みたいに可愛くて10人に聞いたら10人が可愛いって言うだろう。
「可愛いと思うけど?」
「ぶりっこしてるって思う?」
「え?いや、思わないけど?」
むしろ逆な気がするけど。
「ふーん」
「えっと、なにかな?」
彼女が無表情でじっと私を見るから落ち着かなくなる。
「こんな見た目だし制服とか着崩してるし甘いもの好きだし声も可愛い子ぶってるって言われるしお姫様になりたいって本当に思ってても?」
「はあ……?」
無表情で捲し立てられてちょっと引いてしまった。ちょっと変わった子だな……。でも……私は思ったことを言う。
「良いんじゃないかな、好きなことがはっきりしてて。見た目とか声とか周りがなんて言おうとそれがあなたでしょ。それより、嫌なものは嫌とか好きなものを好きって堂々と言えることがかっこいいと思うよ。私なんてすぐ人に流されちゃうし、中学の時なんかね、よく怒られてたよ。自分の意見を言いなさいって。……あ、えっと、あの、とりあえず難しいことはわからないけどあなたはあなたらしく、したいようにしたら良いんじゃない?」
話すのが苦手な私は自分で何を言ってるのかわからなくなってしまったから最後は投げやりな感じになってしまったけど彼女は大きな目をさらに大きく見開いて次の瞬間にはパッと華やぐような笑顔を浮かべて言った。
「若菜!!」
「え?」
「私の名前は小西若菜!!あなたは?」
「あ、椿だよ。坂下椿。宜しくね」
「うん!!椿大好き!!」
そのあと机越しに首に抱きつかれて慌てる私に若菜は声を上げて笑った。お人形さんみたいな女の子じゃなくてコロコロと表情が変わる明るくて元気いっぱいの若菜と仲良しになった。
若菜と仲良くなった日のことを思い出して改めて若菜を見るとあの時と同じように目を見開いていて笑ってしまう。
思えば佐々木先輩の好きな人が若菜っていうことは若菜は私のライバルってことになるのかな。
……でも若菜は結城くんが好きらしい。それは今聞いたことだけどそれを知る前から私は若菜に嫉妬したりそういうのは感じなかった。普通こういう時って嫉妬するものなのかはわからないけど。
だけど若菜が大好きな私は先輩が若菜のことを好きでも納得できるというか、若菜のことを知っている人ならみんな、物事をはっきり言えて感情豊かな可愛くもかっこよくもあるこの子を嫌いになる人なんていないって思うから。
「椿は……」
「うん?」
正面から隣に来て座り直した若菜に顔を向ける。
「椿は隼人と付き合えたら嬉しい?」
「んーどうかな……」
付き合えるはずがないってわかってるからどう答えようか迷ってしまう。
「隼人と付き合えなかったら悲しいの?」
「それは……悲しいかな」
付き合えないってわかってるから悲しい……それはもうわかってることだから受け止めるしかないけど。
「そっか……」
なにか吹っ切れたように泣きそうな、でも笑って若菜は言う。
「応援はしたくないけど椿が悲しむのは嫌だから……椿が隼人と付き合っても認めてあげる」
「……うん?」
……どういうことだろう。先輩と付き合うことはないんだけどその理由を若菜に言えないし……。
「だって、もし隼人と付き合っても椿は私の親友でしょ?」
「うん、それはもちろんそうだけど?」
「だから認めてあげるの。椿を取られるのは許せないけど椿が悲しむのは嫌だから。ね、これからの高校生活でも一緒で、大学も同じとこに行って、仕事はさすがに一緒のとこには行けないかもだけど、でも休みの日は一緒に遊んで、ずっとずっと一緒にいようね!!」
佐々木先輩と付き合ったら、なんて姿は想像できないけど、若菜と同じ大学で今までと同じように一緒にいる姿も就職しても休みの度に遊んでて、大人になってもずっと若菜と2人で笑ってる姿は簡単に想像できた。
「うん!!ずっと一緒にいようね!!約束!!」
これからもなにも変わらないと思いながらこの後ケーキを食べながら結城くんの話を聞いたりいつもの何気ない話題で若菜と笑い合った。
そして帰る時間が近付いた時若菜は思い出したように言った。
「はあ……。それにしても私より昴の方が椿のことわかってたなんて悔しいなー」
「え?なんのこと?」
「椿にいつも隼人と話す時邪魔だって言われたらどうしようと思ってたんだけど昴にね、椿はそんなこと思わないからちゃんと向き合ってみたらって言われたの」
「うん、そんなこと思わないし言わないよ」
「えへへー、良かった」
若菜は私が佐々木先輩と話したいのに邪魔するなって思ってるかもしれないと悩んで結城くんに相談していたらしい。邪魔だなんてそんなこと、思ってないのに。
それで結城くんに言われて、もしかしたら私が佐々木先輩のことなんとも思ってない可能性だってないこともないんだからちゃんと向き合って聞いてみたそう。さすがにストレートに邪魔かどうか聞けなかったけど思ってたら話の流れで言うだろうって。
嬉しそうにクマのぬいぐるみを抱きしめる若菜を見て思う。
私のことが大好きだと伝えてくれる若菜が私も大好きで、これからもずっと一緒だ。離れ離れになるはずもなくずっとそばにいる。さっきの約束は当たり前にやってくる未来だって信じて疑わなかった。




