変わらない、変わらないといけない、変わりたくない
私が恋をしても失恋しても周りはなにも変わらない。恋に気付く前と変わらず学校もあるし、今みたいに移動教室の移動中に先輩にも会う。
「こんにちは」
「えっと……こんにちは」
あんなに嬉しかった先輩の優しい笑顔を見るのも複雑だ。思えば初めて会った時にもこの表情だったし、いつでも先輩は笑っていた。先輩にとって笑顔はデフォルトなんだ。好きな人にはこの前のように真剣な顔で熱い視線を向けるのだろう。優しくされて勘違いして恥ずかしい。
しかもまだ勘違いして彼に笑顔を向けられると胸が高鳴ってドキドキして、全然好きを止められない。会うと嬉しくなってしまう。
あの時彼の視線に気付かなかったら私は単純に先輩と会えて喜んでいただろうに。視力2.0が恨めしい。
「はいはい!!挨拶したなら満足でしょ。椿、行こう!!」
「あ……」
いつものように若菜に手を引かれて先輩の横を通りすぎる。若菜を見る視線を見たくなくて私はじっと下を向いて振り返らなかった。
移動教室は仕方ないにしても部活の時に会わないようにはできるはずだと思い、渡り廊下を通らず遠回りして書道室に行くようになった。
移動中は若菜が先輩に突っかかってばかりで元々あまり話してなかったけど話を振られれば嬉しくなってしまいトーンを上げて話してしまう。
あれから数週間経ってクリスマスの一週間前。この日も移動教室に行く途中で先輩に会った。いつも通り挨拶して若菜に手を引かれそうになったその時。
「待って!!」
「きゃあ!!」
突然声を荒げた先輩に左腕を力強く掴まれた。普段の先輩は声も荒げないし乱暴なこともしない。
左腕がどんどん赤くなって耐えられないほど痛む。
「なにするのよ!!」
すかさず若菜が先輩の腕を掴んで私から離そうとするけど強く握られた先輩の手はびくともしない。
痛みといつもと違う先輩の様子に私は混乱して何が起きてるのかわからなくなったけど彼と若菜が真剣な顔で視線を合わせてるのを見て熱が冷め、冷静になった。掴まれた腕の痛みだけを感じる。
「せ、先輩……どうしたんですか?」
私が問いかけると先輩は私の腕を離してくれた。
「腕、ごめんね。痛くなかった?」
「あ、えっと、大丈夫です……」
口調はいつもと同じなのにいつもと違い冷たい調子で聞かれて思わず肩を竦めて嘘をついた。本当はすごく痛くて心臓の鼓動も速くて腕と同じくらい心も痛い。
先輩の顔が見れなくて私の嘘に気付いているのかわからない。
いったいなにが起きてるの?こんな先輩知らない……。
「良かった。あのさ、25日なんだけど、部活が午前中だけだから良かったらい「そうそう!!」」
先輩の声に被さって若菜が声をあげるから最後まで聞けなかった。
「椿は25日私とクリスマスパーティーするんだ!!楽しみだね!!」
「え、え?」
そんな約束してた……?
「ってことだからもう行かないと授業始まっちゃうよ!!」
「あ!!ちょっと!?」
いつも通り若菜に左手を引かれて走り出す。ヒリヒリする左腕が未だに痛む。
まだ先輩の行動にパニックになってる。前を走る若菜が突然立ち止まった。
「25日は私の家でクリスマスパーティーだよ、椿」
突然のことで危うくぶつかりそうになったけど、立ち止まって振り返った若菜は笑顔でそう言った。
「……そうなの?」
「うん。椿は私の家に来て2人でクリスマスパーティーするの。プレゼント交換して、ケーキを食べてお喋りするの。楽しみだね!!」
「う、うん?……そうだね」
私の左腕を横に振り回して楽しそうに若菜が言う。不自然な若菜の様子を疑問に思うけどそれを問いかける余裕はなかった。動揺しながら別のことを聞く。
「わ、若菜……さっきの先輩いつもと違って「そう?いつも通りだったよー!!」」
そんなはずない……。明らかに違うし若菜もおかしい。なのに若菜はもう話は終わりとばかりに再び歩き出してしまった。
……気のせい?いや、違う。でも腕の痛みが引いてくると、もうこれ以上なにかを知って傷付きたくないと思った。
恋を知る前には戻れないけど今まで通りでいたい。
恋を知って失恋して、急に大人にならないといけないような、成長しないといけないような、なぜか、今までと変わらないといけないような気がした。
だけど……。私は今まで通りで、ゆっくり時間をかけて大人になりたい。変わりたくない。
次の日から、私はなにも変わらなかった。先輩に会えば嬉しいけど辛くて、でもそれだけだった。
時々若菜が真剣になにか考えているようで大人びて見えた。でも私はこれで良い。
これからも何気ないことで笑ったり楽しんだり、驚いたり。それでゆっくり大人になっていくんだ。
シリアスになりかけましたが、もうしばらくは今まで通りの流れになります。




