初恋と失恋
あれから先輩とは移動教室の途中で会ったり、放課後部活に行く途中で偶然会って話をした。若菜と一緒の時も2人きりで話す時もどちらも楽しくて、いつしか先輩と会うのが楽しみになっていた。
そんなある日の昼休み、クラスの女の子が雑誌を広げて話していた。
「ね、彼氏へのプレゼントなにが良いかな」
「これはどう?」
へえ、あの子彼氏いるんだな。ショートボブの可愛い女の子で時々話したことがあるけど気が利く良い子だった。彼氏って今まで縁がない言葉だな、とぼんやり見るていると、彼女がそんな私に気付いた。
「坂下さん、どうかした?」
「え?ううん、ごめん。なんでもないよ」
「そう?あ、坂下さんちょっと来て」
「あ、うん」
彼女、浅岡美里さんに呼ばれて若菜にちょっと行ってくると声をかけて浅岡さんたちの席に向かった。浅岡さんの向かいに座っていた有吉さんが言う。
「美里がね、彼氏に渡すクリスマスプレゼントで悩んでるのよ。坂下さんどれがいいと思う?」
「え、私そういうのわからないよ!!」
「良いから良いから。参考までにちょっと選んで」
「う、うん。浅岡さんが悩んでるのってどれ?」
「今ね、これとかこの辺りで悩んでるんだ」
浅岡さんが雑誌を指差して教えてくれた。ネックレスとブレスレットだった。
「アクセサリーならお揃いにできるかなって」
「うん、良いと思う!!」
「美里の彼氏ね、大学生なんだ」
「え!!そうなんだ!!なんだか大人って感じ」
「そんなことないよ。普通普通」
「じゃあ、坂下さん。そんな大人な彼に渡すプレゼント、どっちがいいと思う?」
「んーどっちも素敵だけど……。浅岡さん、彼氏さんって普段腕時計つけてる?」
「つけてる……あ、そういえばこのブレスレットだとあんまり合わないかも」
「そしたらネックレスの方が良いかも。あ、あくまでも私の意見だけど」
「ううん!!ありがとう!!ネックレスにするよ」
なんだか解決したみたいで良かった。
「ねえ、坂下さんって彼氏いるの?」
「え!?いないよ!!なんで急に!?」
有吉さんがいきなり聞くから驚いてしまう。
「なんだ、いないの?」
「坂下さん、可愛いからいると思ってたよ」
「可愛くないよ!!若菜は可愛いけど私なんて全然!!」
「ま、小西さんは別格って感じ」
「うん。小西さんってお人形みたいに可愛いからね」
「んー……確かに私も初めはお人形さんに見えたけど」
若菜の方を見ると若菜はそっぽを向いていた。
「ありゃ。坂下さん借りちゃったから拗ねられちゃったか」
「え?どういう意味?」
確かにあの顔は拗ねてる顔だ。なにかあったのかな。
「小西さんって坂下さん大好きだからさ、取られたと思ってるのよ」
「そんな。ちょっと離れただけだよ」
「まあ、小西さんも良い子なんだけどね。あの学級委員決めた時とかもすごかったし」
「あー、だよね。はっきり言うなーって思った」
「うん。若菜って、いけないと思ったことは駄目だって言うし好きなことは好きっていうし、はっきりしてて、すごくかっこいいよ」
「確かにかっこいいね」
4月に若菜と仲良くなった日のことを思い出してまだ数ヶ月しか経ってないのに懐かしく感じた。
「ま、美里にとってかっこいいのは彼氏だけどね!!坂下さん、美里ってすぐノロケるんだよ」
「へー!!そうなんだ!!」
なんだか普段頻繁にしない話題でドキドキする。
「ほら、坂下さんにも聞かせてあげなよ」
「もう、茶化さないでよ」
「えー、聞きたいよ」
「ほら、坂下さんもそう言ってるんだから!!」
「えーそうだな……。困ってる時にさりげなく助けてくれたりしたら優しいな、好きだなって思うし……。彼氏は忙しいからなかなか会えないんだけど会った時には私の話をずっと聞いてくれて、楽しそうにしてくれるからもっと話したくなってねー。男の人って女の子の話長いって退屈する人が多いのに彼はにこにこ聞いてくれるの。で、忙しいのはわかってるけどもっと会いたいなって思ったり!!」
浅岡さんは話し出したら止まらなくて幸せそうな顔をして、本当に好きなのがよくわかった。
「あとはじっと見つめられるとドキッとしてね、体が沸騰したみたいに熱くなるの」
「あんなに真剣に見つめられたらそうなるわ。私も何度か美里と彼が一緒にいるの見たことがあるんだけど、あんなに熱い視線を向けられたら全力で好きだって言ってるようなもんだよ。目は口ほどにものを言うってこういうことを言うのかって、いい勉強になったよ」
「もう!!それはからかってるでしょ!!」
へー……。私も勉強になりました。
「なんだか良いなー」
なんだか幸せをお裾分けしてもらった気分。
「坂下さんもそういうのないの?」
「え!?私?ないよー!!確かに、もっと会いたいなって思ったり体が熱くなることはあるけど……」
「え、それって!!」
それって……好きってこと?
ちょうどその時昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「あー!!タイミング悪い!!坂下さんの恋バナ聞けるところだったのに!!また今度だね」
「そうだね、今度聞かせてね!!」
「え、いや、まだそんな!!」
私がもたついている間に2人は片付けを始めてしまった。……すばやい。
私もお弁当を片付けて次の授業の準備をしないと、と席に戻った。戻った時若菜は何も言わずに自分の席に戻ってしまった。
授業が始まって一息つくとさっきのことを思い出す。浅岡さんが言ってたように私は佐々木先輩に会いたいって思ってる。会えなかった日は寂しくて、会えると幸せな気持ちになる。緊張するけどすぐに楽しくなって、先輩が笑ってくれるから嬉しくなってもっと話を聞いてほしくなる。それと同時に先輩の話も聞きたくて、知らなかったことを聞けたら新たな先輩を知れた気持ちになって嬉しくなる。
これってそういうことなのかな。佐々木先輩が好き……。
そう思って今までの自分を振り返って見ると妙に納得がいく。むしろ今まで気付かなかった自分の鈍感さに呆れてくる。
好きって気持ちを自覚すると先輩に会った時みたいに体がぽかぽかと温かくなってきた。
そういえば浅岡さんは男の人は女の人の話を退屈に思う人が多いって言ってた。だったら佐々木先輩も浅岡さんの彼氏みたいなタイプの人なのかな。私の話は要領が悪くてだらだらとしてる気がするから。
この前も、美術の授業中に突然虫が入ってきて慌てて追い払おうとした若菜の腕が私の肩にぶつかって描いていた絵に黒のインクが着いた筆がおかしな所に付いてしまって、焦る若菜を宥めて少し工夫して完成させた絵が先生に独創的だと褒められた話をした時も声を出して笑ってくれたし。
あ、そういえばこんな話もした。若菜とアイスクリーム屋さんに行ったときにどれだけトッピングしても値段が変わらないと店員さんに勧められて、大きめのプラスチックのカップに入ったアイスの上にトッピングをしている時、若菜のあれも美味しそう、これも美味しそうと言う言葉に従ってそのままトッピングしていったらアイスよりトッピングのボリュームがすごくなってパフェを食べてる気分になったという話も楽しそうに聞いてくれた。
話を聞いてくれる先輩の優しい笑顔を思い出してにやけてしまう。とっくに授業は始まっているというのにまったく聞いていなかった。もう集中できそうにないや、と先生に知られたら怒られそうだけど思いながらなふと窓の外を見る。
ああ、好きだと思った途端に先輩を見れるなんてすごい!!彼がグラウンドでサッカーをしていた。窓際の一番後ろの席というラッキーな席がこんなところでも役に立つ。
先生の視角で堂々と先輩を見る。あ、先輩がシュート決めた。先輩ってバスケだけじゃなくてサッカーも上手いんだ。うわー、裾パタパタしてる……腹筋割れてる。って、私変態みたい。視力2.0の利点がここに……。
なんだか好きって自覚した途端に自分が自分じゃないみたいに思う。自分が恋したらどうなるのかな、って考えてみたことがあるけどこんな風になるとは思わなかった。
考えている間も先輩のことを目で追っていると先輩がこちらを向いて目が合って、反射的に勢いよく顔をそらした。
あ、あからさまだったかも。よく考えたらここは3階、グラウンドにいる先輩が私に気付くはずがないじゃない。
気のせいであんなに勢いよく顔をそらしてしまって恥ずかしいと思いながらもう一度グラウンドを見る。
先輩は体を校舎に向けてしっかりとこちらを見ていた。けど私の方ではなく一番前の席に座る若菜のことを見ていた。今まで私には向けられることがなかった熱くて真剣な目だった。先程の有吉さんの言葉が頭に浮かぶ。
『あんなに熱い視線を向けられたら全力で好きだって言ってるようなもんだよ』
佐々木先輩が好きなのは若菜なんだ。
先輩の視線の先にいる若菜がどんな表情をしているのかは後ろ姿からじゃわからない。だけど友達に呼ばれて歩きだすまで、先輩は普段私の前で見せたことがない真剣な表情を変えることはなかった。
元々集中できなかった授業は最後までまともに聞けなかった。初めて恋をした私は気付いて数分で失恋をした。




