急接近(1)
翌週の火曜日、いつもは通り部活に行こうとするとちょうど担任の先生に呼ばれた。
「先生、どうしたんですか?」
「悪いんだが、このネットを体育館の倉庫に戻しておいてくれないか」
「え、ネットですか?」
先生が持っていたのは卓球台のネットだった。
「どうして先生が卓球台のネットなんて持ってるんです?」
「いやー、さっき体育教師の杉山先生から壊れたネットをとりあえず応急処置したから戻しておいてって頼まれて」
「え?次の授業の時に返せば良いんじゃないんですか?」
「そうなんだが忘れたら困るだろ」
「はあ……。でも頼まれたなら頼まれた先生が行けばいいんじゃないですか」
「先生は今から職員会議でな。終わってから行くのも面倒だし」
「結局面倒だから行けってことですね……。わかりました」
どちらにしても2号館の書道室に行く時に体育館近くを通るんだから良いかと了承した。
体育館に近付くと、バスケのボールをつく音や走る音、大きな声が聞こえてきた。と、ここで思った。ネットを返すには体育館の中に入らないといけない。しかし部活動中に入るのは邪魔になってしまう……どうしたらいいの。
軽い気持ちで来てしまったけど途方にくれてしまう。入り口でうろうろしていたけどいつまでもこうしてたって状況は変わらない。そっとドアを開けてさっさと戻してくれば良いだけだ、と気合いを入れてドアを開けようと取っ手に手をかけた時にいきなりドアが開いた。呆然とする私の前には佐々木先輩がいた。
「あれ?坂下さん?こんな所でどうしたの?」
佐々木先輩も驚いていたけどそれも一瞬ですぐにいつものように微笑んで私に問いかける。
「これなんですけど担任に体育館の倉庫に戻すように頼まれて……」
「そうなの?じゃあ俺が戻しておくよ」
「いえ、悪いです。私が頼まれたんですから自分で行きます」
「ふふっ。前と同じこと言ってる」
「あ、本当ですね」
「ま、とりあえず練習中てボール飛んできたら危ないから俺に任せてくれない?その代わり待ってて?」
「じゃあお言葉に甘えてお願いします。ここで待ってます」
先輩の言う通り、ボールがビュンビュンと飛んでいて危なそうだから先輩にお願いすることにした。
倉庫に向かった先輩はすぐに戻ってきた。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。ちょっと付き合ってくれる?」
「え?」
戻ってきた先輩はそのまま外に出る。
「先輩、どこに行くんですか?」
「ちょっと休憩するだけだよ。そこのベンチで」
体育館のそばの中庭にあるベンチを指差して言う。
「休憩ですか?みなさん練習してますけど……」
「いいのいいの。今顧問いないし、みんな自由に自主練してるだけだから」
「え、そうなんですか……」
それなら良いのかな、と先輩の後に着いていく。
ベンチに座った先輩の隣に人が1人入れるくらいの間を空けて私も座った。
「遠いなあ」
「え?そ、そうですか?」
先輩が私の側に座り直す。わずかに触れる肩に熱が集まる。
「あの、これは近すぎるのでは……」
「ん?そんなことないよ」
「いえ、そんなことあると……思うのですが」
いつもより近い距離でいつもと同じように優しい笑顔に何も言えなくなってしまった。




