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忘れられない


「椿」

「あ、佐々木先輩……すみません」

「用事ってどうしたの?」

「授業で使うレジュメです。人数分プリントしてホチキスで止めておいてって頼まれてしまって」

「椿は本当に人がいいね。彼氏を放って頼まれ事を優先するなんて」

「う……ごめんなさい」

「良いよ。それが椿の良いところだからね。これ全部プリント終わったの?」

「はい、あとはとめるだけです」

「オッケー」

「え、オッケーって、先輩!?」

「手伝うよ」

「そんな、悪いです!!」

「1人より2人でやる方が早く終わるよ。そしたら一緒に帰ろう」

「先輩……ありがとうございます」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「夢か……」


 懐かしい夢を見た。

 朝の7時を知らせる携帯のアラームを聞きながら久しぶりに彼の夢を見たことにため息をつく。

 あれから7年も経つのに未練がましい自分に呆れる。再会の日までに気持ちを切り替えられると思っていたのにいつまで経ってもあの人のことが忘れられない。



「いけない、いけない」


 ぼんやりしていたら仕事に間に合わなくなってしまう。急いで朝の支度をしてアパートを出る。

 私、坂下椿は大学に入る時に実家を出てこの春社会人2年目のごく普通のOLだ。

 トリトマというメーカーで営業事務の仕事をしている。仕事はやりがいがあるが忙しすぎて毎日が目まぐるしく過ぎていく。

 満員電車に乗ってヘトヘトになりながら会社に着く頃には朝見た夢のことは頭から離れていた。


「おはようございます!!」

「おー坂下」

「間宮さん、おはようございます」


 会社には営業の間宮さんがいた。


「今日も早いですね、間宮さんは」

「少しでも空いてる時間帯に電車乗りたくてね。坂下は今日も朝からへばってるんだな」

「はい、もうヘトヘトです。これでも私も早い方なんですけどね」


 満員電車に乗れないことを考えて何本か前の電車に乗ってくるようにしている。


「そういえば今日の夜予定ある?」

「ないですけどどうしたんですか?」

「取引先の人と飲みに行くから一緒にどうかなって」


 営業さんが取引先の方と飲みに行くことは時々あって、気さくで社交的な間宮さんは仕事で会った人とプライベートでも親しい間柄になることが多いそうだ。でも今まで誘われたことはなかったから少し戸惑う。


「私が行っても大丈夫なんですか?」

「男2人より女の子がいた方が楽しいからさ」


 そういうのは私みたいな冴えない女より美人さんや可愛い人を誘うものだと思うけど特に断る理由もなかった私は答えた。


「私じゃ役不足だと思いますけど良いですよ」

「良かった。じゃあ19持に約束してるから仕事が終わったら一緒に行こう」

「わかりました」


 徐々に社員が出社してきて私は自分の席でメールチェックを始める。

 仕事が始まると書類作成に電話対応にイレギュラーの仕事にと次々と仕事をこなしていく。お昼に行こうとようやく席を立ち上がったのは13時を少し過ぎた頃だった。


「お昼行ってきます」

「はーい。いってらっしゃい」


 同僚に声をかけて携帯と財布を持って部屋を出る。

 お昼は外に行くことが多い。会社の近くにはパスタやカレーなどお店がたくさんある。いつも気分でお店を決めていて、今日はパスタを食べることにする。

 ピークを過ぎた店内はちらほら人がいるだけで2人掛けのテーブル席が空いていた。トマトソースのパスタを頼んで携帯を見るとメッセージが届いていた。相手は高校の時の友達、若菜からだった。


『久しぶりー!!元気?椿に会えなくて寂しいよー!!』


 可愛いクマのキャラクターが泣いてるスタンプに若菜らしいと思わず笑みが溢れる。


『久しぶりに椿の声が聞きたいなー!!今日電話しちゃだめ?』


 若菜は高校の3年間ずっと同じクラスだった。真っ黒のストレートヘアの私と違い茶色で絹のように柔らかい質感のミディアムヘアは優しくて可愛い若菜にぴったりだった。感情豊かな若菜は楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しいと、はっきりした性格をしていた。あまり素直になれなくて、自分の気持ちを言葉にするのが苦手な私にとって憧れの女の子だ。

 若菜は地元でネイリストをしていて、地元から遠く離れた私とはなかなか会う機会がなく、忙しい私を気遣ってくれて時々連絡をくれる。本当は毎日連絡をしたいのだと愚痴を溢していた若菜は思わず抱き締めたくなるほど可愛かった。


『久しぶりだね。私は元気だよ。今日は仕事関係で飲みに行くので遅くなってしまうんだけどそれでもいい?』


 返事をしてからちょうどきたパスタを食べ始める。

 しばらくすると携帯にメッセージの通知が表示された。あいかわらず返事が早いと心の中で苦笑いをしてメッセージを開く。


『椿と飲みに行くなんて羨ましい!!私は半年前にご飯に行ったきりなのに!!浮気しちゃダメだからね!!』

『じゃあ終わったら連絡ちょうだい。電話で話そう!!』


 今度はメッセージと一緒に怒ったクマのスタンプが連続で送られてきた。これはご機嫌斜めだな。


『浮気にならないでしょう。若菜には結城くんがいるんだから』

『わかった。多分21時くらいになると思うから終わったら連絡するね』


 すぐに既読になってメッセージが届いた。


『昴は昴。椿は椿だよ!!』

『りょーかい!!待ってるね!!』



 クマが友達のウサギと手を繋いで歌を歌ってるスタンプが一緒に送られてきた。ここで私は仕事に戻る時間になったのでメッセージを閉じた。

 結城昴くんというのが若菜の幼馴染みで彼氏の名前だ。私たちと同い年で高校2年生の時から付き合いはじめて7年になる。大学を卒業してから同棲を始めて結婚ももうすぐなんじゃないかなと思う。

 よく喧嘩をしてるみたいだけど結城くんはいつも冷静で若菜が一方的に怒ってるだけ。高校生の時も何を賭けるかは後で決める賭けをしていたテストの合計点で、結城くんに負けたって悔しがっていた若菜に私は話を聞いてあげることしかできなかった。だけど当事者の結城くんは賭けに勝ったから若菜が食べたがっていたアイスを奢らせてほしいと言って若菜を喜ばせてくれた。上手く慰められなかった私は結城くんのことを救世主だと思った。

 そうだ、もしかしたら話をしたいっていうのは結婚の報告かな。今朝の夢はそのせいかもしれない。

 と考えているうちに会社に着き仕事に戻る。


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