第九十一話
「大翔くんおはよう」
「…………」
「おーい……」
俺が強い……。
強い……か。
「ダメだ。ホントに応答がないや」
「でしょ」
※※※
ヒロの様子がおかしいのは、朝からだった。
「ヒロ、おはよ」
「…………」
「ヒロ?」
なんだか上の空だったヒロは、そのまままっすぐ歩いて……。
「あ、あぶな――っ!」
「いっつ!」
「だ、だいじょぶ……?」
「あ、ああ。サユか。おはよう」
「お、おはよ……」
電柱にぶつかったり……。
「ヒロ、落ちる落ちる!」
「おっ! ありがとう、サユ」
「う、うん……」
側溝に落ちそうになったり、とにかく目を離すと危なすぎた。
そして学校に着いた今もそう。
月に声を掛けてもらったけど、まったく反応しない。
ずっと自分の席で、ただボーっと座っているだけだった。
「おはようございますですわ」
「あ、夢姫ちゃんおはよ!」
「おはよ」
「どうしたんですの?」
事情を説明し、次は鶴巻さんにお願いする。
「日橋くん。日橋く~ん?」
ヒロの顔を覗き込むようにしてかつ目の前で手を振ったりするが、まったく気づいていないようだ。
何をボーっとしているのだろうか。
「ダメでしたわ……」
「おつかれ~」
月と鶴巻さんがなんでだろうと考え込んでいる。
かくいうわたしも考えを巡らせる。
たしか昨日、"オルゲ"をすると言っていたはず。
なら、何かあったとするならそこしかない。
どうにかして聞き出すことができないだろうか。
そう思ってわたしはSNSアプリを開く。
そして"カケル"で検索をかけてみた。
特に気になるようなことは引っかからなかった。
ただ、何人か対戦したという人がいた。
昨日マッチングした人たちなのだろう。
一通り見終えたが、まったく収穫はなかった。
ちらりとヒロのことを見ても、ずっとボーっとしている。
まさに心ここに在らず。
本当にどうしたのだろうか?
※※※
気が付いたら、放課後になっていた。
と言っても、自分で気づいたわけじゃなく、サユが大きく揺さぶってくれて気づいた。
部活に行くかと聞かれたが、俺はなんて答えたのだろうか。
いつの間にか俺は、自分の部屋にいた。
なら、答えはノーだったのだろうか。
わからない。
スマホにメッセージがきている。
開く気にはならなかった。
とりあえず、もう一度"オルゲ"のエキシビションマッチをしよう。
そう思った。
※※※
「エキシビションマッチってオレらもできんのか?」
「残念ですけど、これも登録してないと無理です……」
「なんだよケチだなぁ」
久美先輩は、わたしたちが"オルゲ"のエキシビションマッチをしているのに興味を持ったようで、やりたいと騒いでいる。
そんなにやりたいなら、登録すればいいじゃないかと思うが、めんどうだからいやらしい。
人のことを言えないが、なんてわがままな……。
「あ」
その時、わたしのマッチング画面には、見覚えのある名前が表示された。
「"カケル"って大翔くんのことじゃおまへんどした?」
「そう……」
本物……なのだろうか?
眞智先輩の言葉に反応し、月と久美先輩もこちらにやってくる。
「本物……かな?」
「偽物とかあんのか?」
「好きで偽物になってるわけじゃなく、HNが被っているという可能性もありますから」
「あーなるほどな」
たしかに、名前だけでは判断なんてできない。
「まぁ、やってみればわかる」
わたしがどれだけヒロとゲームを一緒にしてきたか。
ちょっとプレイすれば簡単にわかる。
わたしは、ヒロなら絶対に選択してくるであろうFPSをチョイスした。
相手の選んだゲームとこっちの選んだゲーム、どちらかに決まるランダムルーレットが始まる。
一戦目のゲームは……。
※※※
「"ユキザクラ"……?」
まさかサユ……なんだろうか?
"ユキザクラ"なんてHN、なかなか見たことがない。
サユは序列もかなり上の方にいるから、もう有名プレイヤーと言っても差し支えない。
すなわち、名前を後付けした偽物の可能性もあるわけだ。
「まぁ、やってみればわかるか」
相手がサユなら簡単にわかる。
それだけ一緒にいたし、対戦もした。
なら選ぶゲームはこれだな。
俺は、ポ〇モンを選んだ。
少し前にシリーズ最新作が発売したばかりだ。
最近"オルゲ"抜きに楽しんでいるし、やりたいからちょうどいい。
ゲームを選ぶルーレットが始まる。
選ばれたゲームは……。
「FPS?」
まさかの俺の比較的得意なジャンルだった。
俺は思わず笑みを浮かべる。
「こりゃ、本物だな」
※※※
選ばれたゲームは残念ながら、こちらの選んだFPSだった。
どっちもFPSを選んでいたとしても、こちらの方のFPSが選ばれてしまったので、相手が何を選んでいたのかはわからない。
でも、このジャンルならどっちみちやってる間にわかる。
「ふぅ……」
一度深呼吸をして集中する。
周りの音が一気に聞こえなくなる。
わたしはくせ毛を少し触り、コントローラーを持ち直した。




