第7章ー9
1938年9月6日から開催される、ナチスの第10回党大会において、ヒトラーは、チェコスロバキアに最後通牒を発し、ズデーデン問題解決のために動くのではないか、との観測が、同年8月末には、世界各国で行われるようになった。
既に、張鼓峰事件で満韓両軍とソ連軍は衝突しており、小康状態にはなっているが、いつ、再度、本格的に火を噴くのだろうか、と見る観測もあった。
もしかすると、第二次世界大戦が起こるのではないか、世界の多くの新聞でそういう観測記事が載るようになった。
「これでよかったのかね」
1938年9月3日の夜、ホワイトハウスの執務室において、ルーズベルト大統領は、ハル国務長官に、微苦笑しながら言っていた。
「充分です」
ハル国務長官も、同様の表情を浮かべていた。
先程、ルーズベルト大統領は、第二次世界大戦の危機が高まっていること、自らは、世界平和のために、積極的に仲介の労を取り、欧州に赴く用意があることを「炉辺談話」で語り終えていた。
「米国内のユダヤ系のジャーナリズムは、皆、反独ソで固まっていますからね。何しろ、ソ連は、ロシア帝国時代から容赦のないユダヤ人迫害、ポグロムで名をはせていましたし、ナチスの反ユダヤ主義は言うまでもない」
ハル国務長官は、そこで一息ついた。
「そして、日本は、ポーランド政府からの要請もあり、独やソ連からのユダヤ人の亡命を積極的に支援しています。さすがに、パレスチナへ行きたい、というユダヤ人に対しては、いい顔を日本政府はしていないようですが」
「それが賢明だな」
ハル国務長官の言葉に、ルーズベルト大統領は、そう言いながら、内心で思った。
シオニズムとは厄介なものだ。
色々とパレスチナでは、アラブ人とユダヤ人の間で衝突が起こりつつあるらしく、それも沈静化するどころか、過激化する一方らしい。
かといって、パレスチナ以外に、ユダヤ人自身も、それ以外も納得するような居住地は中々あるまい。
例えば、日本政府や満州国政府は、満州に移住しませんか、とドイツやソ連から亡命してきたユダヤ人に水を向けているらしいが、当のユダヤ人の多くが、縁もゆかりもない満州に住みたくない、と思っている上に、既に満州に住み着いている満州人や漢民族、朝鮮人等から、ユダヤ人とは宗教も文化も違うとして、ユダヤ人の移住促進に対しては、反対運動が巻き起こる有様で、全くうまく行ってなかった。
こういった状況では、亡命ユダヤ人の間に、シオニズムが広まるのは仕方ない話だ。
その一方で、パレスチナでのユダヤ人とアラブ人の衝突は、世界のイスラム教徒の間に、怒りを引き起こしているらしい。
英はインド等に、仏は北アフリカ等に、イスラム教徒が、多数住む地域がある上、米も比にイスラム教徒がある程度、住んでいる。
イスラム教徒の過激化は、我が国にとっても、英仏にとっても困った事態なのだ。
そうルーズヴェルト大統領が考えている間にも、ハル国務長官の話は進んでいた。
「我が国のジャーナリズムは、ユダヤ系を筆頭に、この談話を、独ソの野望を押しとどめ、世界平和がもたらされる好機と訴えるでしょう。日本とは、既に話が付いていますし、英仏等も、この談話を歓迎しこそすれ、反対はしない筈です。各国の大使館からそのように連絡を受けています」
「独ソの動きは、どうかね」
「取りあえず、仲裁には応じる用意がある、といったところでしょうな。満足のいかないものなら、蹴飛ばすだけ、というのが、ヒトラーやスターリンの考えでしょう」
ルーズベルト大統領の問いかけに、ハル国務長官は答えた。
「では、後は、首脳会談次第、ということか」
「そうなりますな」
2人は、そう会話した。
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