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第7章ー3

「弱ったな」

「弱りましたな」

 米内光政首相と、吉田茂外相は、1938年7月下旬、首相官邸内で、半ば密談をする羽目になっていた。

 理由は言うまでもなく、張鼓峰を巡る満ソ国境紛争とそれに対応する韓国の動きである。


「駐韓大使からは、何と連絡してきている」

「韓国政府は、正式に満州国側に味方して、張鼓峰に建設されたソ連軍の国境監視哨を、武力で排除することに協力する用意があるとして、韓国軍1個師団をその為の部隊に指定しているとのことです」

 米内首相の問いかけに、吉田外相は答えた。


「先程、梅津美治郎陸相と堀悌吉海相が、連名で申し入れに来た。我が陸海軍の総意として、韓国軍の出動には、何としても反対されたい、とな」

 米内首相は、吉田外相に、陸海軍から圧力があったことを伝えた。

「それは、また。ここまで陸海軍が連携しているとは、有難いですな」

 吉田外相は、苦笑いしながら言った。

 その口調に、米内首相も思わず軽く笑った。


 どこの国でも、陸海軍同士の仲が微妙どころか、悪いという国が珍しくない中で、今現在の日本の陸海軍の仲は良好と言ってよかった。

 日清、日露、世界大戦と、国の総力を挙げて戦うことが多かったこと、また、日本の仮想敵国が、陸海軍で常に一致していて、それに備えた戦争を共同して検討してきたことが大きかった。

 日清戦争までは清国、日清戦争後からロシア革命まではロシア、ロシア革命後はソ連が、日本の最大の仮想敵国というのは、日本の陸海軍の共通認識であり続けた。


 これが、陸軍はソ連を最大の仮想敵国とし、海軍は米国を最大の仮想敵国とする、というように、最大の仮想敵国から陸海軍で異なっていたら、日本の陸海軍の仲は微妙どころか、犬猿の仲になっていてもおかしくなかった。

 だが、そう言ったことは無かったために、日本の場合、陸軍傘下の空軍は、海軍に積極的に協力していたし、海軍傘下の海兵隊は、陸軍に積極的に協力するのが当たり前になっていた。

 米内首相と吉田外相が、笑いあったのは、そういった背景があった。


「とはいえ、韓国の状況を見る限り、韓国軍の出動を止めきることは難しいだろうな。自国の防衛のために軍を出動させるのは、自衛の範囲内だ、日本の干渉は、内政干渉だ、と韓国の世論の矛先が、日本に積極的に向きかねない」

 米内首相は、言葉をつないだ。

 吉田外相も、無言のままながら、肯かざるを得なかった。


「米国政府の態度はどうだ」

「ルーズベルト大統領やハル国務長官からは、何としても対ソ戦は現状では不可と言う話が出ており、日本政府と協調して、今回の事件に対処したい、と斎藤博大使に対して、大統領自身から、直接、伝えられたそうです」

 米内首相と吉田外相は、更に会話を交わした。


「言ってはならないことだと思うが、韓国の政府、国民に頭を打ってもらうか」

 暫く黙考した米内首相は、腹を決めて、吉田外相に話しかけた。

「頭を打ってもらうとは」

 吉田外相も、その内容を察しはしたが、米内首相の言葉で確認しようとした。

「決まっている。張鼓峰で、韓国軍には、ソ連軍に負けてもらう」

「しかし」

 米内首相の言葉に、吉田外相は難色を示した。


「それによって、ソ連軍の本格的な満州侵攻を助長しませんか」

「だが、今すぐということはないだろう。もし、本気なら、もう少し積極的な挑発を、ソ連は行うと思わないかね」

「確かに」

 米内首相は、吉田外相に問いかけ、吉田外相も同意した。


「東郷茂徳駐ソ大使は、韓国と縁もあるしな。ソ連に対しては、これ以上の行為をしないように、日米両政府連名での申し入れをしよう」

「これ以上、ですな」

「これ以上だ」

 米内首相と吉田外相は、お互いに笑みを含んだ会話をした。

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