第6章ー17
岸総司少尉の大喝が、そこまで聞こえた訳がない。
だが、岸少尉の大喝が聞こえたかのように、各部隊は動いていた。
「やれやれ、スペインから帰ったと思ったら、上の命令で、中国に行って戦う羽目になるとはな」
第3海兵師団の航空支援任務に当たっている加藤建夫空軍大尉は、思わずぼやいていた。
その声が無線越しに聞こえた列機の黒江保彦空軍少尉は、思わず突っ込んでいた。
「それが軍人の定め、上の命令には黙って従え、と以前、空軍士官学校で聞きました」
「昔に比べて、無線の性能が悪くなったようだ。話していないことを、聞こえてきたと言ってくる」
加藤大尉は、思わずとぼけた言葉で返していたが、黒江少尉の耳には、加藤大尉の笑い声が幽かに聞こえ、黒江少尉も思わず笑った。
加藤大尉は、黒江少尉以下の列機の面々に叫ぶように言った。
「何としても、共産中国軍の脱出を阻止する。我々が、制空権を握り、地上攻撃を存分に行えば、それは可能な筈だ。敵の航空機を、味方に近づけるな。それから周囲に目を配れ。いいな」
「応」
列機の黒江少尉達は、加藤大尉の言葉に応えた。
加藤大尉達は、周囲に目を配り、味方の襲撃機が、共産中国軍の地上部隊を攻撃するのを援護した。
敵機が近くにいないと確信すれば、手分けして、一部は、敵機の襲撃に備えた上空警戒に当たり、残りは自らも地上銃撃を浴びせる。
加藤大尉達の上空支援は、共産中国軍の攻撃阻止に効果を上げた。
第3海兵師団の砲兵部隊も、浴びせられる限りの砲撃を行った。
従前に比べて、格段に強化された火力の威力は、共産中国軍の人海戦術の猛威をかなり減殺した。
また、このような状況に鑑み、華中方面軍からも、第3海兵師団救援のために、増援が駆けつけた。
それもまた、共産中国軍の攻勢阻止に役立った。
とはいえ、共産中国軍も、必死である。
ここ、第3海兵師団の防衛線を突破しないと、徐州方面に展開していた部隊は、脱出できないのだ。
共産中国軍は、次から次へと部隊をつぎ込んだ。
また、武漢方面の共産中国軍も、徐州方面の部隊の脱出を支援しようと、一部が助攻を行った。
武漢方面から攻勢に出た部隊の兵力は、諸説あるが、最も有力な説だと20万程度だったとされる。
つまり、一時とはいえ、日本海兵隊、4個師団と増援部隊、併せて10万人にも満たない兵力に対して、東方から30万人程度、西方から20万人程度、併せて5倍以上の兵力が襲い掛かっていたことになる。
しかも、東西からの挟撃である。
第3海兵師団を筆頭とする華中方面軍は、悪戦苦闘を強いられることになった。
南雲忠一少将は、第3海兵師団長として、寝る間を惜しんで戦う羽目になっていた。
土方歳一中佐や神重徳中佐らも、第3海兵師団の幕僚として、同様の目に遭っている。
何しろ、東西からの挟撃だ、息を抜く暇がない。
幸いなのが、通信が上手く行っていないのか、東西からの挟撃の連携が、完全に取れているとは、言えないことだが、それでさえ、却って第3海兵師団司令部にとっては、混乱の種になっている。
「まだ、華北方面軍の機甲軍団の先鋒は、到着しつつある、という連絡は届かないのか」
神がかりの神中佐、と言われている神中佐が、通信担当者に大声で問いただしている声が、離れたところにいる土方中佐の耳にまで届いた。
土方中佐も思いを巡らせた。
神中佐が、そう言いたくなるのも分かる。
華中方面軍には、余力がない。
今や華北方面軍の機甲軍団が、駆けつけるのが先か、共産中国軍に突破されるのが先か、という現状に我々は追い込まれつつある。
「淮河を渡りつつあり、今暫くの健闘あれ、と電文が届きました」
通信担当者の声が聞こえる。
土方中佐は安堵した。
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