第6章ー11
そんなふうに、岸総司少尉が、初陣の洗礼を浴びていた頃、少し後方では、土方歳一中佐が、第3海兵師団長の南雲忠一少将に、最新の戦況を報告していた。
「華中方面軍は、敵戦線の初期突破に各所で成功しており、後方も航空支援により存分に叩けています」
土方中佐の報告に、南雲少将は満足気に肯いた。
「このまま前進することに支障は、取り合えずはありません」
最終的に、そのように土方中佐は報告を締めくくった。
「取りあえずは、か」
南雲少将は、そう言って、その報告に少し考え込んだ。
「土方中佐は、何か懸念があるのか」
南雲少将は、土方中佐の目をのぞき込むような素振りを示した。
「ええ、正直に言うとあります」
土方中佐は、南雲少将の目をまっすぐに見返しながら言った後で続けた。
「この徐州作戦に投入される我が海兵隊の兵力は、実質4個師団に戦車部隊を増強したものに過ぎません。残りの兵力、2個師団程は、具体的に言うと揚子江(長江)以南の南京、上海方面に、共産中国軍が反攻を開始した場合に備えて、展開しています」
土方中佐の言葉に、南雲少将は肯いた。
「この徐州作戦に投入される兵力は、余りにも少なすぎないでしょうか」
土方中佐の言葉に、南雲少将は唸った。
土方中佐の言葉は、実は華中方面軍司令部の多くの面々の内心を示していた。
この徐州作戦を最終的に立案した山下奉文中将は、この作戦で敵、共産中国軍の兵力の大半を殲滅できると考えている、だが、と華中方面軍司令部の多くの面々(海兵隊出身者の面々)は考えていた。
西南方面へと脱出を図る共産中国軍の逃亡を阻止する予定の華中方面軍の兵力が少ない、この方面から共産中国軍が逃亡するのではないか。
山下中将の考えでは、東は黄海、南は揚子江(長江)という天然の壁がある以上、そこから共産中国軍が逃亡することは不可能だし、西南方面は海兵隊が立ちふさがるので、共産中国軍の包囲殲滅作戦は上手く行く、という考えのようだが、本当に大丈夫だろうか。
それに、いざとなれば、共産中国軍の兵は、軍服を脱ぎ、武器を隠匿して、住民に紛れ込むだろう。
そうなっては、日満連合軍が、彼らを見つけ出すのは、困難な話だ。
土方中佐らは、そう考えていた。
南雲少将は、暫く黙考した末に発言した。
「ともかく叩ける限り、共産中国軍を叩きながら、我々は前進していくしかない。そして、華北方面軍と合流して、共産中国軍が西方へと脱出するのを阻止する状況を作り出し、後は包囲網を絞って、共産中国軍を包囲殲滅するしかないだろう」
土方中佐ら、懐疑派の面々も、南雲少将の言葉に肯かざるを得なかった。
南雲少将は、師団司令部の重い空気を変えるためもあるのだろう、別の話題を持ち出した。
「ところで、華北方面の戦況は、どうなっている。初日だから、まだそう動いていないだろうが」
情報参謀を務める神重徳中佐が発言した。
「取りあえず、3個機甲師団を集中した機甲軍団は、予定通りの快進撃を行っているとみてよいようです。既に30キロ程も前進しているとの連絡がありました」
その発言を聞いた土方中佐は、素直に感嘆した。
それ程の快進撃を、日本陸軍の機甲軍団が行っているとは。
「華北方面軍の残りの歩兵師団等は、ゆっくりとした前進に務めているとのことです。それによって、共産中国軍を少しでも引きつけ、脱出を困難にしようとしているとか」
神中佐は、更に言葉を継いだ。
南雲少将は、その言葉を聞いて、唸りながら言った。
「予定通りに、今のところはいっているようだな」
土方中佐らも肯いた。
「明日以降、どのように戦況が動いていくか、どちらが主導権を握れるかがカギとなりそうだな」
南雲少将は、そう言った。
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