第6章ー10
岸総司少尉は、速やかにトラックから飛び降り、部下達と共に目についた地面のくぼみに飛び込んだ。
共産中国軍の戦車部隊が、進み出てきたが、岸少尉の見るところ、1個小隊4両程だ。
他の海兵小隊と協力すれば、何とかなるだろう。
岸少尉は、素早くそう判断した。
一緒に進撃していた戦車部隊が、敵戦車部隊に立ち向かっているが、お互いに手詰まりといった状況に陥っているようだ。
何しろ、こちらの戦車は、89式戦車だ。
57ミリ短砲身の主砲では、敵戦車には、無意味と言っても過言ではない。
敵の戦車も、自分が見る限りでは、ソ連製の軽戦車(史実で言うところのT-26戦車)なので、お互いに敵戦車の破壊ができない、という事態に陥っている。
また、対戦車砲部隊も、すぐには駆けつけられる状況にはないらしい。
結局のところ、海兵(歩兵)による肉迫攻撃が、敵戦車に対しては、一番効果的という状況だった。
幸いなことに、敵戦車は、ほぼ単独で前進してきている。
つまり、味方の歩兵と協働していなかった。
この場に、岸少尉の異母弟、アラン・ダヴー中尉が、岸少尉率いる小隊を、岸少尉の代わりに指揮していたら、鼻を鳴らして、
「馬鹿どもが」
と敵戦車部隊に言って、恐れることなく部下と共に戦車に立ち向かう状況だった。
とはいえ、部下達はともかく、岸少尉は初陣である。
どうしても、敵戦車の姿を見て、足がすくんでしまった。
何とか、口調に震えを出さずにいるのが、岸少尉にとっては、精一杯だった。
「軽機関銃班は、敵戦車に射撃を浴びせろ。擲弾筒班は、敵戦車の履帯や懸架装置を狙い撃て。敵戦車が動かなくなったら、火炎瓶を投擲しろ」
岸少尉は、部下の分隊に何とか命じた。
岸少尉の横では、栗原曹長が、その言葉に肯き、実質的な小隊長として、岸少尉の代わりに、小隊の指揮を事実上執った。
小一時間程、経った頃、敵戦車4両の内2両が炎上していて、その内の1両が、岸少尉の所属する海兵小隊の獲物だった。
そして、残りの2両は、後退していった。
本来から言えば、海兵隊の先鋒を務めている海兵大隊所属の一員として、岸少尉は、部下と共に、敵戦車の追撃に掛かるべきだった。
だが、岸少尉は、部下の救護を優先させることにした。
死者こそいないものの、自らの率いる小隊員の内、5人が重軽傷を負っていた。
他にも部隊がいる以上、それくらいは許されると、岸少尉は判断し、中隊長に意見具申した。
中隊長も、岸少尉の意見を是認し、岸少尉は、部下の救護の任務に当たった。
5人の内の2人の怪我の見た目は、派手に出血したこともあり、酷いものだった。
岸少尉は、思わず嘔吐しそうになったが、何とか堪えた。
栗原曹長は、慣れていることもあるのだろう、テキパキと衛生兵を呼び、岸少尉の意見を確認しつつ、後方の野戦病院に、2人を運ぶように指示を下し、2人は野戦病院に向かった。
2人を見送った後、岸少尉が、何とか気を鎮めていると、栗原曹長が近寄って、声を掛けてきた。
「どうも、代わりに小隊の指揮を執ってしまったようで、すみません」
「いや、いい。頼りない小隊長で済まない」
岸少尉は、素直に自分の指揮が十分で無かったことを認めた。
栗原曹長は、改めて岸少尉の目を見つめながら言った。
「初陣ですから、ある程度はやむを得なかったと思います。明日以降は、どうなされるつもりですか」
岸少尉は、背筋を伸ばし、少し虚勢を張った。
「自分が小隊長だ。積極的に、指揮を執る。もし足りないところがあったら、忌憚なく指摘してくれ」
「分かりました」
栗原曹長は、少し笑みを浮かべながら答えた。
その表情を見た岸少尉は思った。
何とか、古参の下士官から合格の評定を貰えたようだ。
岸少尉の初陣の終わりです。
次話では場面が変わります。
ご意見、ご感想をお待ちしています。