第4章ー9
同様の悩みを、日本空軍も持っていた。
機材は増産を掛ければいい、しかし、人材は、容易に集めることはできない。
「教官を引き抜いて、前線部隊に送るしかないか」
山本五十六空軍本部長の言葉に、腹心の部下である井上成美少将は、色を成して怒った。
「幾ら冗談でも、言っていいことと悪いことがあります。本当にやるつもりなら、私を免職し、予備役編入処分にした上で、それはやってください」
「分かった。分かった」
山本空軍本部長は、腹心の井上少将を宥めた。
空軍も、海兵隊と同様の悩みを抱えていたのだ。
特に搭乗員の確保が大問題だった。
空軍内でも腕利きの最精鋭の搭乗員の多くを、土方伯爵の威光からスペインに送ってしまった。
彼らが帰ってこないと、戦時の急速な空軍の前線部隊大拡張に支障が出てしまう。
勿論、空軍にしても、(第一次)世界大戦の戦訓から、予備の搭乗員の教育、育成体制に、大きな手抜かりがあるわけではない。
総力戦体制に移行して、1年も経てば、充分な搭乗員が確保できるだろう。
この急場に間に合わない、というのが問題なのだ。
「1年後の100円よりも、明日の1円が欲しい、という状況だな」
「お気持ちはわかりますが、それは破綻への一直線の道です」
山本空軍本部長の軽口を、井上少将は更に諫めた。
「となると方策は一つしかない。とりあえずは守勢を採る」
山本空軍本部長は、井上少将に言った。
「大西瀧治郎大佐辺りが、怒りそうですな。大西大佐は、攻勢を主張するでしょう」
「馬鹿を言え。兵力が整わないのに、攻勢を採れるか」
井上少将の言葉を、山本空軍本部長はいなした。
「ごもっとも」
「とはいえ、後方攻撃は行う。攻勢防御という奴だ。それに完全に引きこもって守勢に徹するのは、搭乗員らの士気にも関わるからな」
「その辺りが妥当でしょうな」
山本空軍本部長は、畑俊六参謀次長(空軍担当)とも、その意見ですり合わせを行い、空軍の総意として他の三軍に伝えた。
中村孝太郎参謀総長ら、陸軍の多くとしては、このような海兵隊や空軍の消極的な意見は、正直に言って内心では面白くなかった。
だが、現実を考えれば考える程、海兵隊や空軍の意見に道理があると認めざるを得なかった。
「スペインに派遣されている将兵の帰国を待った上で、攻勢に転ずるしかなさそうだな」
陸軍の小畑敏四郎中将は、参謀本部の部下の面々を集めた席で、そう嘆いた。
「仕方ありません。現実でできる範囲のことしかできません」
宮崎繁三郎中佐は、そう言って、小畑中将を慰めた。
「とはいえ、やれる限りのことはやってやる。予備役も動員して、攻勢の準備を整えておこう」
小畑中将は、部下達に具体的な指示を下すことにした。
こうして、日本は、中国内戦本格再開に対処するために満州や上海への派兵を実行することになった。
上海方面の陸上兵力は、海兵隊が担当し、満州方面の陸上兵力は、陸軍が担当する。
満ソ国境をがら空きにする訳にもいかないので、その方面に部隊を割く必要もある。
空軍の諸部隊の多くは、満州に駆けつけ、共産中国軍の侵攻に対処することになった。
そして、海兵隊は徐々に動員体制を整えていき、予備役士官等の招集にも掛かった。
佐世保鎮守府海兵隊を改編してできる第3海兵師団の作戦参謀への異動辞令が、土方歳一中佐に下ったのもその一環だった。
第3海兵師団は、第1海兵師団と共に、上海方面に展開して、共産中国軍の侵攻があった場合に備えることになっている。
「またか」
その辞令を受け取った土方中佐は、そんなことを想った。
軍人として、中国の土を踏むのは何度目だろうか。
今度で本当に終わりにしたいものだな。
土方中佐は、そんな想いがしてならなかった。
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