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第4章ー4

 宇垣一成内閣の閣議の後、山梨勝之進海相は、海軍省に、一旦、戻った。

 腹心である堀悌吉海軍次官と、今後のことについて、腹を割って話し合い、指示を与えるためである。

 堀海軍次官は、山梨海相が、海軍省に戻るのを待っていた。


「どうでした。閣議の内容は」

 海相室において、堀海軍次官は、山梨海相に問いかけた。

 ちなみに、その場には、山梨海相と堀海軍次官の二人だけしかいない。

 本来なら近侍する筈の海相副官でさえ、海相室から追い出されている。

「うん。陸海軍部に暴走しろ、と宇垣首相から内命があった」

 山梨海相は、にこりともせずに言った。


「内命ですか」

 堀海軍次官は、考えを巡らせた。

 内命ということは、閣議の場で、宇垣首相は明言していない、ということだ。

 それなのに、首相の意を忖度して、軍部が動くというのは、将来のことを考えると良くない。

 山梨海相は、宇垣首相に明言させるべきではないのか。


 堀海軍次官の心を読んだのか、山梨海相は、更に言った。

「あの閣議の場では、宇垣首相は言われなかったが、宇垣首相は、内閣総辞職も考えている」

「えっ」

 堀海軍次官は、絶句した。

 自分の考えを超える事態が起こっている。


 山梨海相は、自分の考えを淡々と話した。

「宇垣首相は、立憲民政党を基盤とする内閣だ。言わずもがな、のことだが」

「それは、その通りです」

 堀海軍次官は、相槌を打った。


 ちなみに、宇垣内閣の私的な外交最高顧問は、幣原喜重郎元外相だ。

 幣原元外相は、憲政会時代から立憲民政党の外交関係については、ずっと最高顧問的立場にある。

 実際、宇垣内閣成立時には、幣原元外相が、外相として復帰するという大新聞の観測記事があった程だ。

 だが、幣原元外相が、現役の外相時代に取った外交政策は、往々にして、国辱、軟弱外交と世論から非難されることが多かった。

 それに、幣原元外相は、欧米重視派であり、宇垣首相が唱えるアジア重視政策とは、相性が悪かった。

 そのために、幣原元外相と相性が悪い広田弘毅が、宇垣内閣の外相に抜擢されるという結果となった。

 とはいえ、世間では、立憲民政党を与党とする宇垣内閣の外交は、幣原元外相の意向が、かなり反映されている、と見る者が多い。


 その幣原元外相の基本的な対中外交姿勢が、対中戦争絶対不可、というものだった。

 戦争回避に日本は努め、ある程度は中国の要求を是認し、どうにも受け入れられない場合は、黙殺する。

 ある意味では、首尾一貫した政策であり、1920年代に、ある程度は日中関係改善に効果があった政策ではあったが、中国国民の排外主義を却って助長する結果になった等、昨今の評判は余り良くない。


「宇垣首相は、自分が内閣を率いたままでは、却って共産中国の挑発行為を助長すると考えておられるようだ。この際、内閣総辞職をし、米内光政立憲政友会総裁代行に、内閣を組閣させるべきではないか、と」

 山梨海相の言葉に、堀海軍次官は、素早く頭を回転させて、言葉を紡いだ。

「対中強硬外交で鳴らしている立憲政友会が主導する内閣ができた場合は、共産中国も、それなりの考えをもって動かねばならなくなります」

 その言葉を聞いた山梨海相は黙って肯いた後で、更に言った。

「それに、与党の立憲民政党の支持基盤を裏切る行為を、宇垣首相はせずに済む、という利点がある」

「成程」

 堀海軍次官も、そう言って肯いた。


 立憲民政党の支持基盤には、厭戦主義者らが集まっている。

 それなのに、積極的な対外戦争主義を取っては、支持者が失望してしまう。


「宇垣首相が、そうお考えなら、こちらも忖度して動くまでだ。今頃、井上準之助蔵相に、宇垣首相は戦時予算編成を準備するように指示している筈だ」

 山梨海相は言った。

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