第4章ー3
宇垣一成首相は、山梨勝之進海相や梅津美治郎陸軍次官を、まずはたしなめることにした。
「確かに、共産中国の動向を見れば、共産中国が、中国内戦の本格再開を行おうとしているのは、事実と考えざるを得ないかもしれない。だが、できる限り、その規模を小さくしようと考えて、動くべきではないのか。そもそも、我が国に中国内戦本格加入の余裕があると思っているのか」
宇垣首相は、こう言って、山梨海相や梅津陸軍次官をたしなめた。
さすがに、この言葉には、山梨海相や梅津陸軍次官も、公然と反論することはできなかった。
宇垣首相の言葉は、全くの道理だったからだ。
山梨海相や梅津陸軍次官を代表とする軍部の主流派と言えど、今の日本は国力涵養の時であり、戦争をすべきではない、と基本的に考えてはいる。
だが、相手、共産中国が戦争を仕掛けてくる以上、日本は戦争をせざるを得ない。
そう、山梨海相や梅津陸軍次官を代表とする軍部の主流派は考えていた。
「宇垣首相の仰る通り、今の我が国に中国内戦本格加入の余裕は、基本的にありません」
山梨海相は、宇垣首相の顔を、まずは立てた。
「ですが、我が軍情報部が、情報を収集すればする程、いわゆる共産中国は、戦争を仕掛ける気になっているとしか、考えられません。このことは、外務省にも情報を提供しており、必要な範囲で、英米韓の政府、更には蒋介石政権にも情報を提供しています。それに、どう対処するつもりですか」
山梨海相は、言葉をつないだ。
その横では、梅津陸軍次官が、山梨海相の言葉に大きく肯いて、賛意を示した。
「だから、共産中国と話し合いをもって、何とかしようと試みているのだ」
山梨海相の言葉を聞いて、宇垣首相の旗色が余り良くない方向に進みかねない、と危惧した広田弘毅外相が、宇垣首相の助太刀に入った。
「できる限り、話し合いで物事を解決する方向で動くべきだ」
広田外相は更に言った。
「甘いですな。万里の長城周囲のみならず、上海近郊にも、共産中国軍は、集結しつつあります。先日の共産中国政府のスポークスマンの発言を考え合わせるならば、上海周辺でも事を起こす気としか思えません」
梅津陸軍次官が、口を挟んだが、その口調は、広田外相を揶揄している、と取られかねないものだった。
陸軍の大先輩でもある宇垣首相は、堪忍袋の緒が切れた。
「梅津、場をわきまえろ。本来から言えば、貴官は発言権がない」
宇垣首相は、梅津陸軍次官を叱責した。
実際、宇垣首相よりも、梅津陸軍次官は、10歳以上若く、陸軍士官学校の卒業期からいっても、10期以上の差がある。
梅津陸軍次官は、宇垣首相に若造呼ばわりされても、仕方ない立場だった。
だが、梅津陸軍次官は、泰然と構えたままだった。
何故なら、宇垣首相自身が、中国内戦本格再開阻止を諦めつつあるのを察したからだ。
その証拠として、山梨海相の発言を、宇垣首相は更に押しとどめようとしていない。
本来から言えば、まずは、山梨海相を、宇垣首相は、更に押しとどめるべきだった。
それなのに、山梨海相を押しとどめないということは、宇垣首相としては、軍部の暴走で、中国内戦本格再開阻止に失敗したという言い訳を覚悟している、ということだ、と梅津陸軍次官は察していた。
要するに、宇垣首相としては、自分の手をできる限り綺麗にしたいのだ。
山梨海相も、同様に考えたのか、仏頂面を徐々にし出した。
「ともかく、日本政府としては平和を望む。山梨海相も、梅津陸軍次官も、政府、内閣に協力するようにしたまえ」
空気を読んだ宇垣首相は、閣議を強引に打ち切る方向に進もうとしだした。
山梨海相や梅津陸軍次官は、それを見て、目で会話をし、勝手働きを決断した。
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